我が家の懐かしい白いワゴン車は、暫く家を出て走ると、地元のスーパーマーケットの広い駐車場に止まった。
運転席から首を向け、お父さんが後部座席の私達に声をかける。
「キャンプ場に行く前に買い物な。
お父さん達は炭とか、鍋のレンタルとか重いものやってくるから、お前達は夕飯の材料の買い出し頼む」
「はーい」
「夕食はカレー。買って来るものは解ってるわね。リオン君達は、こっちのことやお店は解らないんだからちゃんと案内してね。
無駄遣いしないのよ。お菓子は一人一つまで」
「解りました。行ってきます!!
ほら、行こう! リオン、フェイ、アル!!」
「解った」「行ってきます」「あ、うん。いってくる」
お母さんから五千円札を受け取ると、私は車のロックを解除して扉を開けた。
ぴょんと飛び降りるとおそるおそるといった感じで顔を出すリオン達に手を貸して降ろす。
いつも馬車から降ろして貰う時とは逆のエスコートだ。なんだか楽しい。
「車がいっぱい来るから、良く注意してね」
田舎の小さな地元スーパーだけれども、そこそこ車は通るし人も来る。
私はタイミングを見て三人を促した。駐車場を横断し、店の入り口に来るとフェイが驚きを隠せない、というように息を吐き出す。
「ちょっと、信じられない世界ですね。
馬を使わないで動く車が、こんなにたくさん。
馬車は貴族階級や金持ちだけのものですが、この世界の人間は誰もが移動にこの不思議な車を使っているのですか?」
「誰でも、ではないけどね。
大人になって、練習と免許が必要。事故を起こすと命にかかわるから。車を買うのにも維持するのにもお金がかかるし」
「だろうな」
「でも、やる気があって頑張れば一般市民でもなんとかなるくらいかな。
この辺だと一つの家族に一台以上はもっているのが普通だし」
「ホントかよ」
アルが目を瞬かせる。
田舎程車率高いんだよね。六人家族で一家に五台とかよくある。
「この車があれば、どんなところに行くのにも楽でいいですね。
精霊の力を借りる必要がない。術士無しでもどこにでも行ける。荷物を積み込むのも楽ですし」
「うん、でももっと遠い所に行くのには電車とか新幹線とか飛行機を使ったりするよ」
「デンシャ? ヒコウキ?」
「うーんと、説明が難しいから後で。とりあえず買い物しなくっちゃ」
入り口で立ち話していると迷惑でもある。
私は三人を促し、中に入った。
中に入ると三人はまた、ビックリ、あんぐり。
「なんだ? これ?」
「凄い。明るい上に涼やか。それに、とても広い…」
「しかも、見ろよ。周りにいっぱい積まれてるのみんな野菜や果物だぜ」
入って直ぐの所で買い物かごを取り中に入る。
入り口近くは生鮮食品、その後惣菜とか、ってのがこういうスーパーの割と定番だよね。
「えっと、ニンジン、じゃがいも、たまねぎ。
あとサラダ用のレタスとトマト。デザート用に果物買ってもいいかな? バナナとミカン」
私は呆然としているみんなを連れて、どんどん品物を籠に入れる。今日は六人分だからいつもよりちょっと多め。
あっけにとられながらも、籠を持ってくれるのがリオンらしい。
「こ、これは、ビエイリークの港よりも数も種類も多くありませんか?
しかも加工されている?」
「お刺身とか生で食べるのもあるけど、料理はまだだよ。これを買って帰って家で調理するの」
魚売り場はキャンプのカレーには関係ないのでスルー。
でも、フェイは驚愕の眼差しで売り場を見ている。
まるごとの鯛とか、パッキングされたいわしもだけど、刺身とかにも驚いてる様子。
向こうの世界ではまだ刺身とか料理に使ってないからね。
「えっと、豚肉でいいかな。カレー用は…、あとカレールーとドレッシングも買って…」
肉売り場、調味料売り場に行く頃には皆、言葉も無くただただ周囲を見回している。
箱売りのカレールーやカップラーメン、瓶詰のドレッシングなどは何が何なのか解らないのかもしれない。
「みんな。お菓子一つずつ買ってもいいって言ってたからお菓子売り場に行こうか?
好きなの選んで?」
と言っても実は無理なのは解っている。
何が何だか解らないよね。多分。
「マリカ、これは…何ですか?
さっきまで通ってきたところが買い物が食べ物を小売りするところで、ここが『お菓子売り場』ということは、これ全て甘味であると?」
「甘いもの、ばかりじゃないけどね。
チョコレート、クッキー、飴、あとおせんべいやポテトチップスとかスナック系もあるから」
色々食べさせてあげたいと思うけれど、四つまでの約束だから。
私はパーティパックの袋菓子系をメインに、ポテチとかおせんべい、チョコレートのお菓子などを色々買った。
大きくても一つは一つ。
うん。
他の所は素通りしたけれど文房具売り場や、衣料品売り場にも目を向いたのが解る。
いや、ホント。
改めて感じたけど、現代日本は便利だ。
このスーパーごと魔王城にもってかえりたい。
レジでお金を払い、ビニール袋に小分けした材料をみんなで持って店を出るとお母さんが待っていてくれた。
「お疲れ様。無駄遣いしなかった?」
お釣りを返したお母さんは、レシートとレジ袋を見返しながら苦笑いしてる。
私の『お菓子一つ』の拡大解釈だな。
普段だったらげんこつコース。
でも、今日は他所の子がいるから、怒れないと見た。
「リオン君、フェイ君、アル君。喉乾いたでしょ? 何か飲み物買ってあげるわ」
自動販売機に向かい合うお母さん。
私はまるっとスルーだ。
「えー、私は?」
「マリカは車の中に水のペットボトルがあるからそれでも飲んでなさい」
「ずるーい」
「何が飲みたい? 男の子だから炭酸系がいいかしら?」
希望を聞かれても訳が分からず戸惑っている三人に小さく微笑んだお母さんは、フルーツ系の炭酸飲料やスポーツドリンクのボタンをポンポンと押す。
ガシャンガシャンと音を立てて出て来たボトルを拾い、三人に一本ずつ渡すとスタスタ車に。
ホントに私の分買ってくれなかった。
お母さんのケチ。
「ほら、行くわよ。マリカ」
「はーい。ほら、行こう。みんな」
促す私の後を、三人は着いて来る。
ぼんやりと、貰ったペットボトルを握りしめて。
お昼は近くのフードコートで軽く食べた。
「みんな、日本語読める?」
「読めるけど、どんな料理か解らない…。ラーメンってなんだ?」
あ、そうか。
「じゃあ、カレーは今日食べるから、ラーメンと、かつ丼と、あとお子様ランチにしようか。
私は…んと、オムライスとコーンスープ!」
せっかくだから向こうではまだ食べられないものをメインに注文をした
「うわー、すげえ、パスタにカラアゲ、フライにデザートまで付いてる。
それにこの山になってるの、赤いぞ! ちっこい旗まで飾られてあるし」
「盛り付けの皿も凝っていますね。こちらのラーメンは珍しい。スープの中にパスタが浸っている?」
「こんな分厚くて大きな肉のフライ、初めてだ。
絡んでるのは…卵?」
「うん。こうやって下のご飯と一緒に食べて」
まだ、向こうではご飯は見つからない。
ラーメンも、まだスープの出しにできるのが豚骨と昆布だけだし、小麦を大量に使うので作ってない。
戸惑うリオン達に私は食べ方を教えながら、自分も美味しくオムライスを食べた。
久しぶりもご飯の味。幸せだ。
みんなも、それぞれの料理を美味しく食べてくれたと思う。
今日のキャンプの目的地はそんなに遠くじゃない。
街はずれの森林公園だ。
そこには貸しコテージやテントを貼れるオートキャンプ場、それから水道や竈などがある。
「さあ、テントを貼るぞ! みんな手伝ってくれ!」
「マリカはこっちでテーブルやいすを組み立てて」
駐車場に車を止め、キャンプ場の芝生の上に荷物を運んだ私達にお父さんとお母さんがそう声をかける。
「キャンプの準備が終わったら遊んできていい?」
「夕ご飯の準備まではいいわよ」
「やった!」
この森林公園はアスレチックがあり、側にはお風呂のある福祉センター。
ふもとには児童館があるのだ。でっかいトランポリンやマンガの本棚が好きで来るたび遊びに行った。
「みんな、お願い!」
「ああ」「解りました」「うん」
何が何だかわからないという様子だった三人も、テント貼りならお手のもの。
もっと難しい中世の野営用のテントとか用意するのに慣れているから。
それに比べれば、簡単設営できるように工夫された現代のテントなんてお手の物だ。
むしろ、やっと解るところにきた、という感じで生き生きしている。
「おー、上手いな」
小さな手でがっちりとロープを結んでいく様子に感心しながら、それでも勝手が違う道具に戸惑う三人に教えつつ、お父さんは三人と一緒にテントを組み立てていく。
今日は男子用と女子用二つ。
いつもは家族用一つのことが多いんだけどね。
人海戦術は早いから、小一時間もかからないうちに支度は終わる。
「じゃあ、遊びに行ってきます!」
「暗くなる前に戻ってくるのよ!」
「はーい」
私達は準備を終えると、一緒に森林公園に向かった。
まずはアスレチック!
「色々な建物がありますが、これは何の為の設備、なんですか?」
「子どもが…大人もだけど遊んで、楽しむもの。身体を鍛えたりする意味もあるけど。まずは何と言ってもロング滑り台!」
私はこの森林公園の名物、ロング滑り台に向かって走って行った。
ローラー式の滑り台は全長50メートル。公園の一番人気遊具だ。
「こうやってお尻を付けて、滑り降りるの!
ヤッホーー!!」
私がまずはやってみせる。
滑り台なんて何十年ぶりだろう。
このスピード感がたまらない!
私を真似てリオン達も最上部に腰を下ろしたと、同時にローラーが回転。
「うわああっ!!!」
リオンは悲鳴と共に下へと降りて来る。
運動神経最強のリオンでも、こういうのはやっぱりちょっと勝手が違うようだ。
「び、ビックリした。なんだこれ? なんの為のものなんだ?」
「さっきも行ったでしょ? 遊んで楽しい気分になる為のもの。楽しかったでしょ?」
「楽しいとか、思う余裕無かったぞ。でも…まあ、嫌な気分じゃなかった」
リオンを生贄にして心の準備ができたから、だろうか?
フェイとアルは、少し冷静に滑り降りて来る。
「これは…面白いですね」「ちょっと尻が痛いけど、楽しいな!」
ローラーだから少し振動がキツイんだよね。
っと、降り口で屯ってちゃ邪魔邪魔。
「他の遊具もやろ! あっちのターザンロープとロープタワーお勧め!」
私は他の三人を引っ張って山のあちこちに展開されたアスレチックを楽しむ。
調子を取り戻し、勝手を理解すればリオンもフェイも、ひょいひょい軽々とアスレチックをクリアしていく。
人並み運動神経の私とアルはゆっくりと、その後に付いて行った。
「けっこう、キッツいな」
「うん、急斜面にあるしね」
でも、純粋に本当に、旅の為の障害物を乗り越える、でもなく、身体を鍛えるでもなく、ただ遊ぶ。
身体を動かして、楽しい気分になる。
その為の遊具をリオン達が、真剣に、でも笑顔でやってくれるのが私は嬉しかった。
「おーい!! 早く来いよ! 結構いい眺めだぞ!」
丘陵のアスレチックエリア、一番上のロープタワーのてっぺんからリオンが手を振る。
私達も後に続き、ロープのタワーをよじ登った。
「ほら!」
リオンが指さす先、眩しいくらいの青空と、その下に広がる街並みが見える。
「うわー、すげえ!」
「随分と大きな街だったのですね。城壁も無い向こうの山までどこまでも家が連なっている」
「そんなでもないよ。ここは地方の小都市。
首都でもなんでもない、小さな田舎だからね」
「それでも凄いさ。あれだけの家に、人間がたくさん住んでるんだからな」
「おー、向こうになんだか凄いスピードでなんか走っていくぞ」
「あれは新幹線。ホントに早いよ」
「空の随分高い所を、何か飛んでくな」
「あれは飛行機。あれに乗っていくとね、海を越えて本当によその国まで行けたりするんだよ」
そんなたわいもない話をする。
ここは、けっこうな標高だったっけ。
いいながめだなあ。生きていた頃、ここから街を見るなんてあったっけ?
みんなと一緒に、そんな他愛もない話をしながら、異世界では決して見る事の出来ない遠い光景を見つめていた。
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