お城の中にずっといたから気にならなかったのだけれども、秋の長雨?
もしくは台風? 外は酷い天気になっているようだった。
「ようこそ、悪天候の中、よくいらっしゃいました。
この度は宜しくお願いしますね」
王城のアルケディウス居室、応接間で、私はアルが選んだ、フリュッスカイトの商業代理店を務める商会を出迎える。
「お初にお目にかかります。アルケディウスの宵闇の星。
麗しの『聖なる乙女』
私はフリュッスカイトで装飾品などの販売を手掛けますレフィッツィオ商会のジョワイエと申します。今後ともどうぞお見知りおきを」
「あら?」
丁寧に頭を下げて挨拶してくれた相手に私は見覚えがあって、思わず声を上げてしまう。
「? 何か、失礼でもありましたか?」
「い、いえ。そうではないのです。驚かせてしまってごめんなさい。
どこかで見たようなお顔だな、と思っただけで。もしかしたら、大聖都での儀式の時においでになっていましたか?」
「はい。『聖なる乙女』の儀式を見に参っておりました。市長の晩餐会でも末席におりましたが、お顔を覚えていて頂けたのなら光栄でございます」
嘘だ。
実は一方通行の顔見知り。
あちらは私の事を『聖なる乙女』以上には知らないだろうけれど、私は知っている。
アルケディウスの大祭で、ガラス細工の装飾品の店を出していて『大祭の精霊』に髪飾りをくれた商人だ。
「アルケディウスの商業ギルド長が言っていた気がするのです。
今、アルケディウスで流行している髪飾りやガラス細工の輸入元と……」
「それはますます光栄ですな。
先の夏の戦の時は、アルケディウスの『新しい食』に興味をもって私自ら商品をもって屋台を出しておりました。その時に偶然出会った美しい娘に壊れ物の髪飾りを贈ったのですがなんでもその娘は、祭りに遊びに来た精霊だったとかで、持ち込んだ商品は即日完売。
以後、良い商売の縁も頂けて良い事ずくめでございます」
「私は、直接知りませんがアルケディウスでは祭りに遊びに来た男女の精霊。
俗に言う『大祭の精霊』は幸せを呼ぶと言われていて、衣装やアクセサリーが人気のようですよ。私もほら、献上して貰ったものですけれど、気に入って身に付けているのです」
「あの精霊が私共にも幸運を運んでくれたようですね。そういえば、姫君はあの時の娘。
『大祭の精霊』ですかとよく似ている気がします」
「あら、精霊に似ているなんて嬉しいですね」
リオンやフェイ、カマラが呆れたような目をしているのが解る。
おまいう、とかいけしゃあしゃあと、いう奴だよね。解ってる。
でもポーカーフェイスはわりかし得意な方だと思っているから。
保護者や子どもにマイナス感情とか驚きの顔とかなんて見せられないし。
「精霊のみならず、姫君の髪も我が商会の細工が飾るとなればこれ以上の光栄はございません。今後、もしフリュッスカイトのガラス装飾品をお求めの時は、ぜひお声かけを。
その花の髪飾りは品薄でございますが、姫君の御為であれば最優先で手配いたします」
「ありがとうございます。その時はぜひ。フリュッスカイトの装飾品などはハイセンスで美しいものが多いですからね」
とりあえず濁しておこう。
これ以上しゃべるとボロが出そうだ。
「では、契約を進めて下さい。
今日の私はゲシュマック商会の後見かつ契約の立会人なので」
「かしこまりました」
後は一歩下がってアルに任せる。
アルももう契約交渉は四回目、慣れたものだ。
レフィッツィオ商会はゲシュマック商会のフリュッスカイト代理店として、優先的なレシピの売却や調味料、調理器具の提供を受けてフリュッスカイト内に一般向けの商業店舗を開店させる。
フリュッスカイトからはガラス器やキトロン、オリーヴァなどを輸出して貰い、その他の野菜や穀物栽培も促す。
これは国独自でも展開し始めているらしいけれど一般に販売する店が無いと、食が貴族のぜいたく品のまま変わらなくなっちゃうから。
「フリュッスカイトにおいて今後広がる『新しい味』の規範となるような丁寧な商売をお願いします」
「心得ております」
受け答えや、契約態度なども誠実なので心配はなさそうに思う。
とりあえずスムーズに契約が終わって一安心だ。
「レフィッツィオ商会は、リザッツィオーネ工房と懇意なのですよね?」
「はい。工房長のピラールとは長い付き合いなので。
我が商会も主力は貴族向けの宝飾品でした。ガラス装飾品はどちらかというと一般向けですね」
宝石を使った装飾品が買えない一般人の為に、華やかな色合いのガラスでアクセサリーを作って売っているという。
「私、ピラールに仕事を頼んでいるのです。
結果次第では継続してお願いする予定なので、買い付けや輸送を頼むことはできますか?」
「それは勿論、喜んで」
これで、今後の事も安心だ。
契約がスムーズに終ったので、その後は色々とフリュッスカイトの装飾品や、ドレスについて、最近の流行についてなど話していると
カーン、カーン、カーン。
鐘の音が聞こえた。毎時に時を知らせる鐘とは違う。
大きく、早く打ち鳴らされたこんな鳴り方を聞いたことが無い。
私を始め、随員達が首を傾げると対照的に、レフィッツィオ商会の者達が困ったように顔を顰めている。
「どうしたのですか? 私達はこの国の事に不慣れなのですが今の鐘の音はどういう意味なのでしょう?」
「今の音は、外出を禁止するものです」
「え? 外出禁止?」
「はい。大雨と高波の為、街が浸水する危険がある。不要不急の外出は控えるように、という意味です」
高波、そう聞いて嫌な予感がした。
数日前のソレイル様の告白。
高波などの大きな被害から国を守るのが、フリュッスカイトの王族魔術師の務め。
でも、今はその力は失われている。と言ったあの言葉が頭を過ったのだ。
公主様や公子様は大丈夫だろうか?
その後、間もなく契約を終えたレフィッツィオ商会の者達は部屋を退出して行った。
避難勧告が出て、城からは出られないけれど、いつまでもアルケディウス随員団の居室にはいられない、と言って。
アルは部屋を避難用に貸すと提案したのだけれども、彼等は首を横に振る。
城にはこういう時の為に部屋が用意してあるのだという。
居場所があるのなら、他国の皇族と一緒なんて息が詰まるだろうから止めなかったけど、窓の外を見てみれば。
「うわー、真っ暗」
まだ二の地の刻だというのに外は分厚い雲に覆われて夜のように昏い。
叩き付けるような雨も降っている。
そんな中で、外を駆け回っている者達の影が見えた。
避難勧告が出ているのに危ないな、と思うけれど、多分、ゴンドラや舟を固定する船主とか、街に残っている人がいないか確かめたりする騎士団の人とかもいるのだと思う。
ふと、疑問に思った。不老不死者が水に溺れたりしたらどうなるのだろう?
海に流されたりしたら、苦しみがずっと続いたりしないのだろうか?
そんな事を考えながら、応接室の片づけをする随員達を見ていた正に、その時だった。
バン!!
音を立てて、扉が開いたのは。
「姫君! 助けて下さい!!」
「え?」
私達が驚き、身構えるその前に、全身ずぶぬれの少年が立っていた。
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