廊下を二人が歩いている。
白いリノリウムの床は二人が歩くたび、カツンカツンと音を響かせる。
ここは研究所。病院のようなものだから、生活感が無いのは当然かもだけれど、人も殆どいないみたいだ。接触が禁じられているのか、隠れているのか?
少なくとも、見える所に彼ら以外の人間はいない。
「こうして、二人きりになるのも久しぶりだね」
「そうだな。あの日以来、ずっと二人きりになんてなれなかったし」
宇宙からの流星雨、そこから生まれたモンスターの襲撃。
訳も解らず意識を失って、次に目が覚めた時、彼らは鎖を付けられ、頑丈な一室に監禁されていた。
「私は、先生と一緒だったからまだ良かったけど、神矢は辛かったよね。一人で。いっぱい検査とか実験とかされて」
「そりゃあもう地獄だったぜ。逆らうと電撃ビリビリ喰らわされたし。
先生と星子に面会が許されて、事情を知るまでホントに、何がなんだかわかんなかった」
「今も、私は実感が無いんだ。宇宙の略奪者。奴らのせいで本州は全滅して、生き残ったのは私達四人だけだったなんて……」
「父さんや母さんの葬式どころか、あの後の日本、俺達は一度も見てねえもんな」
「コスモプランダーのナノマシンウイルスで、感染変化していく人たちは何度も映像で見せられたけどね……」
彼らにとって最後の日本の記憶は、軽い気持ちで遊びに行った子ども園で、血に染まった先生と自分達。隕石で崩壊した小学校と、映画かアニメとしか思えないモンスターたちの襲撃。
「先生、あの後、何度も私に謝るんだよ。
ごめんねって。こんなことに巻き込んじゃってって」
「別に先生のせいじゃねえのにな。っていうか、先生に会いに来てなかったら俺らも間違いなく死んでたんだろうし」
「うん……、でも、ね。時々思うんだ。
あの時、何も解らないまま死んでいたのと、今と、どっちが良かったのかなって……」
「星子……」
コスモプランダーの第一襲撃後、各国で発見、保護された十一人の生存者の『協力』という名の過酷な検査、実験によっていくつかのことが判明していた。
コスモプランダーが地球に落とした隕石は人工物。ナノマシンウイルスの結晶体で落下の際全域に、ナノマシンウイルスを散布した。その結果、外宇宙由来の強力なウイルスに免疫の無い人類のほぼ七割が即死に近い形で死亡。
三割が肉体を作り替えられてモンスターに変化した。
「ナノマシンウイルスは、地球環境や生物をコスモプランダーに都合がいいように変化させる環境変異装置だったのだろう」
研究者はそう結論づけた。第一次落下エリアで発見された十一名の生存者の内、八名は偶然、先天的に特殊な遺伝子によってウイルスに対して強力な抵抗力を有する者、だったようだ。それ故にウイルスを取り込みながらも人間の意思と身体を保持できたのだろうと言われている。ウイルスをねじ伏せ、生存の為に進化した『能力者』の誕生である。
救出されるまでの数日間、魔性の中、たった一人の生存者として生き延びた彼らはナノマシンウイルスが溢れる環境下で、それらを操る能力を発現させていた。
モンスターに襲われないという性質と、ナノマシンウイルスが混入した物質、特に自然物を自由意思で操作できる能力は現在、地球存続の唯一の希望とされている。
残り三名の生存者の内一名は能力者の血液に触れたことで、ウイルスへの抵抗力を取得。生存したが能力は発現しなかった。現在は外で研究サポートと警備にあたっている。
そして、残る二名は、同じ条件で抵抗力を得た上で、ウイルスを取り込み進化した『能力者』の血液を浴びたことで、先天性の能力者達とは別種の能力者として進化、誕生したのだと推察されていた。
推察、なのは彼らと同じ能力者を人為的に作ることは未だにできていないので、仮説が立証できない為だ。
先天性の抵抗力保持者を第一世代。そこからさらに進化した能力者を第二世代と現在は呼び習わしている。
第二世代の能力は発現が遅かった。不老不滅の肉体を持つ以外に能力を持たないのかと思われていたが最近、少女、星子ちゃんの方が新種のナノマシンウイルスの精製に成功。少年、神矢君はそれらの操作、維持、増幅に特化していることが判明した。
第一世代の能力は、汚染地域でしか当初発動できなかったが、第二世代の精製、増幅したナノマシンウイルスを混入させることで、まだ汚染されていない地域でも発動が可能になった。また一度、新種のナノマシンウイルスに感染すれば、現時点ではコスモプランダーのオリジナルに汚染されることは無い。それを利用してワクチンが精製され、多くの人を感染から守っている。
故に人類の生存域を守る為に、二人は夜昼もない精製、増幅作業を強要されていたのだ。
その合間も、能力解析の為の実験や検査。
二人がギリギリ持ちこたえているのは、真理香先生や仲間達がいるから。
きっと、皆との時間が唯一の癒しだというのは、冗談と照れに隠した紛れもない、真実なのだろう。
「……丁度、良かった。
もしかしたら、シュリアさんと、先生。
気付いて、私と神矢を理由つけて、二人にしてくれたのかもしれない。
実は……ね。神矢に伝えたいことと、お願いしたいこと……あったんだ」
「な、なんだよ。星子。改まって。お願い?」
星子ちゃんは、立ち止まり泣き出しそうな顔で、神矢くんを見ている。
「あのね……。私のナノマシンウイルス精製の能力って、子宮と卵巣。女性の生命を生み出す機能を利用しているんだって。だから……言われたの。
これから徐々に、卵子を生み出す力は失われて行く。遠くない将来、私は子どもを産めなくなるって……」
「それって!」
「今なら、まだ自然な排卵が観測できる。だから……もし、可能であるのなら能力者達の誰かと身体を交わして受精させなさいって」
「!」
言葉を無くし立ち尽くす神矢君。話す星子ちゃんは、精一杯笑顔を作っているが、表情も言葉も完全に強張っていた。
「……先生みたい排卵誘発剤投与して採卵、人工授精って手もあるけど、今後、事態が深刻度を増していくにしたがって、私には自由な行動は許されなくなる。
これが、きっと許可できる最初で最後の選択になるだろうから、望む相手を選びなさいって言って貰った」
「んな話、あるかよ! お前、ずっと前から子どもが好きだ。欲しい。
大好きな人と結婚して、優しい母親になる。
自分は絶対に、生まれて来る子どもを大切にするって言ってたじゃねえか」
「うん。私のホントのお母さん……所謂毒親だったからね。私は自分のコピーで、自分の叶えられなかった夢を叶える道具で。お父さんが気付いて助けてくれなかったら、きっとお母さんの人生の二週目させられて自由なんて無かったと思う。
だから……自分の子どもは、大事にしたかったんだけど……。まさか、子どもが作れなくなるなんて思わなかった。」
「俺だって、そうだ。最っ低の父親で、いつも力と一方的な思い込みで母さんや、俺を殴ってた。だから、俺は絶対にそんな父親にならないって決めたんだ」
「そう、だよね。こうして、生きているだけでも幸運で……。
お父さんや、お母さん。友達や、みんな。
死んでいった人の為にも先生が言うようにできるだけのことはしなきゃいけない、って解ってるけど……。
神矢!!!」
胸に飛び込み、泣きじゃくる星子ちゃん。その折れそうに小さくて細い肩を神矢君は震える手で抱きしめる。
「どうして! どうして、私達だけこんな目に遭わなきゃいけないの!
当たり前に皆で、笑って一緒に明日を夢見て至れた日は、どうして無くなってしまったの!!」
「泣くな! 泣くな。星子……。俺が。お前には、俺がいるだろ……」
「神矢……」
「そして、俺にはお前がいる。先生達や、気に食わねえけどシュリア達もいる。
いつか、いつか、俺はコスモプランダーをぶっ飛ばす。
ただ、奴らに踏み潰されるだけじゃない力を、先生から貰ったんだ。お前がいれば、お前と一緒なら、きっと奴らに一泡吹かせてやることだってできる。
父さんや、母さん。何にもできずに死んだ皆の仇をとって。
そしていつか、地球を取り戻して、当たり前に笑い合える日を取り戻す。絶対だ!」
「できるかな? 時々、頭に聞こえてくるの。従え。お前達は私達のものだ、っていう意思が」
「そんなの無視しろ。惑わされるな! 俺達なら大丈夫だ。
やつらを倒せれば、子どもだって、作れるかもしれないんだろ? 胎の中で育てられなくても……」
「でも、卵子は取られるって言われた。受精しても、しなくても私の子宮を、子どもに使わせておくわけにはいかないからって……。生まれる前から研究材料として預けられて、コスモプランダー対策の切り札として、研究育成されるって。
普通に育ててあげることはきっとできないって」
「殺される訳じゃないなら、きっと大丈夫だ。そいつが育つまでに俺達が、コスモプランダーを倒せばいいんだから」
「神矢……」
やがて神矢君は、星子ちゃんの唇に強引に自分のそれを重ねた。
星子ちゃんも抗わず、彼の思いに応えるように、顎を上げる。
貪るように確かめ合うように、深い深い口づけを交わし合う二人。
「間違っても、他の連中を相手に選ぶなんて、考えるなよ。
お前の事は、俺が一番知ってる」
「うん。私も……神矢以外は、イヤ。他に選択肢が無いから、じゃない。
神矢と本当の家族に、なりたい……」
「星子……」
戸惑いながら、唇を重ね、思いを確かめ合う幼い二人。
「いつか、コスモプランダーから、地球を、未来を取り戻すんだ。
二人で、じゃなくて、みんなで」
「うん」
彼らは、この絶望的な状況でも希望を見つけ、未来を信じようとしていた。
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