この大陸は何度も言っているけれど雛菊の花のような国の配置になっている。
アルケディウスを一番上の花びらにしてほぼ反対側がプラーミァ。
東側に二国、西側に三国を挟み真ん中に円形の国、大聖都がある。
最初に七国が有り、最後に大聖都ができた形であるという。
神殿側の言い分に寄ると
「宙の彼方より、大陸の中央に星が落下致しました。
黒い禍つの星は天に地に網を張り世界を闇に染め侵食せんとしたと言われます。
けれどその時、大陸の中心より、白光が立ち上がり黒い星を何処かへと追いやったのです。
白き光は自分は『神』であると名乗り、我々にそのお姿と力を表されました」
『神』は告げる。
黒き星は『宙』の彼方からやってきた禍つ星。
魔王 ヴァン・デ・ドゥルーフであると。
そして『神』は『星』の代行者として、星の民を守り、精霊の力を授けるためにやってきた。と。
事実『神』の名の元、今までは各国の王とその一族しか使えなかった『精霊』の力を操る者が現れた。
一方で、それまでは細々とながらも各国を守護していた『精霊神』の力はほぼ消え失せ、各国に安置されていた守り水晶も輝きを失った。
故に『精霊』の力を求める人々は『神』『神殿』に傾向していったのだという。
その後、皮肉なことに人の世に『魔術師』が生まれる様になった。
神殿的には
「『神』の祝福によって地に精霊の力が増したから」
ということらしいけれど、彼らは『神殿』には従わず精霊石を使い、術を持って人々を助け、多くが独立独歩の道を歩んだ。
「困窮する地に『精霊』の化身、薔薇のように美しい女が現れ、郷の長に精霊石を授けた」
とか、
「『精霊の力満ちる聖なる国』から人々を救う使命を与えられた」と語った初代がいる。
いう言い伝えが残っているところもあるらしいけれど真相は定かではない。
この世界、細かい年表とかが残ってなくて、大雑把な言い伝えを寄せ集めるしかないのだけれど、大陸に『精霊神』と『星』の力で国と人が現れたのは今から千年から二千年は経っていないくらいのように思う。
最初期は今ほど大地は豊かではなく、寒さや暑さに震え、ひもじさの中生きてきた人間。
それを『精霊神』が降臨して救い、七国として確立させたのが『禍つ星』の落下の数百年前になるようだ。
向こうの世界のような人類の進化とか、ホモサピエンスとかはなく、人間はこの世界では最初から人間として『星』と『精霊神』に生み出されているのは興味深い。
あくまで『聖典』と『言い伝え』が語っているだけだから、本当の所ではもしかしたら人類の進化もあったのかもしれないけれど実際に『精霊神』がいるのだから間違ってはいなさそうに思う。
大聖都の成立から魔王の討伐まで約七~八世代あったというから約五百年程。
その大体半分くらいの頃から『精霊国』から来たという『精霊の貴人』の伝説が聞かれるようになる。
「『精霊の貴人』という名は本人が、名乗ったモノでは無いそうです。彼女に仕える者達が呼ぶのを人々が真似た、と」
長く風に揺れる金髪、若葉のような碧の瞳の凛々しく、薔薇のように美しい女性は、地方の王家の手の届きにくいところをカバーするかのように現れ、魔性に苦しむ人々に、時に魔性を倒し、時に大地に恵みを与え、救ったという。
「『神』は女性とその振る舞いを人を甘やかす者。
『魔王』の手先でさえある、と各国に伝えていました。
『神』は彼女に幾度も呼びかけ、『星』への帰順の機会を与えましたが無視され、彼女の側からは『神』に対して驚くほどにかかわりを持つことは無く。両者は相容れぬまま、ある時から女性がぱったりと姿を消し、以降二十年程の暗黒時代を経て勇者アルフィリーガの誕生を待つことになります」
これが私が神殿長や『聖なる乙女』になるまでは聞くことができなかった『神殿』側からの歴史だ。
「姫君の疑問を晴らすお役に立ちましたかな?」
秋国への訪問に向けて、大聖都を通らせて貰う代わりに、大神殿で一泊するようにという指示があったのはアルケディウスを出発する前のこと。
仕方ないから、私は要請されたとおり、大神殿に寄り、自分が食べる為のレシピを料理人達に教えて作成を手伝い、こうして『神官長』との夕食に臨んでいる。
今回の夕食会は前と同じ神殿関係者と大聖都の有力者も招いた大掛かりなもの。
「訪問の後はお疲れでしょうし、新年の参賀の打ち合わせもありますので、簡単に致します。その代わり行きにはぜひ、姫君を慕う大聖都の者達にその顔を仰ぐ機会をお与え頂きたく」
そう言って強引にツッコまれた晩餐会の席で、私は神官長 フェデリクス・アルディクスにこの世界の歴史を聞いてみたのだ。
軽く流されるかと思ったら礼拝の説教並みにかなりみっちりと創世神話から不老不死世の形成まで語られた。
流石神職。
にこやかに笑った神官長に私は
「ええ、とても解りやすかったです。ありがとうございます。勉強になりました」
そう思いっきり作り笑顔で返した。勉強になったのはまあ、本当だ。それに
「でも不思議ですわね。『神』はいずこにおいでになるのでしょうか?」
「それは、どういう意味ですかな?」
「いえ、私、御縁がありまして各国の『精霊神』様の復活をお手伝いすることになりました。
『精霊神』様の多くは神殿の精霊石の間から通じる異空間におられたのですが『神』は違うのかな?
とふと疑問に」
「その心は?」
「礼大祭で儀式を行いました時、集めた力は神殿中枢や地下ではなく、遠い何処かに飛んでいきましたでしょう? 空高く、でも無かったので『神』は空でもなく、神殿でもないどこかにいらっしゃりのかな? と」
うん疑問は残る。
「流石真なる『聖なる乙女』明晰な頭脳をお持ちでいらっしゃる」
「え?」
私の当てこすり込みの疑問を神官長は何故か褒めてくれた。
「ただ『神』の命令やその世界に疑問を持たず従うだけでなく、疑問を持つのはとても良いことです。
ええ。『神』の御神体は実は『大神殿』にはございません」
「そうなのですか?」
ビックリ。神殿の者や大聖都の者達の中にも驚いた顔をしている人が多い。
「かつて、勇者アルフィリーガが魔王を捕らえ連れてきた時、反撃を受けたので今は、別の場所においてこの世界を見守っておられるのです。その場所は申し上げることはできません」
「では『大神殿』はここにはいない存在を祀っているのですか?」
「ここは『神』の地上における権能を預かる場所。遠くにおわしても『神』は世界を見守っておられますが、さらにここには『神』に直接繋がる経路があり『神』のお力の一端を直に賜ることもできるのです」
「力の一端?」
「人を不老不死にする『神の慈愛』や人と精霊を繋ぐ『司祭』を作る為の『神石』ですね」
『神石』と聞いて、私は嫌な事を思い出した。
アーヴェントルクで私の中に入れられかけた変な石。
アレは私の中に入った途端、変な触手になって脳や体に絡みついてきたっけ。
普通の人は、アレが中に入って大丈夫なのだろうか?
向こうの世界のSF的に考えれば絶対に、精神浸食、洗脳系だと思うんだけど。
思い出しただけでゾワッとくる。
「新年の参賀の時『聖なる乙女』だけは、神殿中枢、その聖なる間に入ることが叶います。
良い働きをされた場合には『神』から直接お言葉を賜れることもありますので、どうぞお楽しみになさってください」
うわっ。
また嫌なフラグ立てられた。
『神』との直接対決?
皆と対処を考えた方が良さそうだ。
そういう訳で私はせっかくの美味しい料理も殆ど喉を通らなかったのだ。
ぐっすん。
翌朝。私達は早々にシュトルムスルフトに出発した。
「ご無事のお帰りをお待ちしております」
神官長の定例挨拶はスルーして。
馬車が街道をゆっくり進む。
この辺はアルケディウスに比べれば南だからまだ雪は降らないなあ、でも、ブドウ畑はすっかり落葉してるな。などと思ってのんびり窓を開けて外を見ていると
「わあっ!」
急に馬車が止まった。
「どうしたのです? 一体?」
「申し訳ありません。人が急に道に!」
ミュールズさんはとっさに馬車のカーテンを閉めて
外が少し騒めき、静かになって、コンコン、控えめなノックの音がした。
「マリカ様。春にご助言を賜ったブドウ農家という者が面会を望んでおりますがどうしますか?」
「え?」
私が慌ててカーテンを開けると少し先、道端で護衛達に取り巻かれながらも、二本の瓶を抱える男性が見えたのだった。
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