魔術師の杖、というのは基本的に精霊石の大きさや意匠など、見た目と能力は正比例するように思う。
私も魔術師の杖をそんなにたくさん見ているわけでは無いけれど、高位の杖であればあるほど、見ただけで
「ああ、これは高位の杖だ」
と解る外見をしている。
シンプルだから力が弱いというわけではないけれど。杖になっている時点で装飾品にするには大きすぎる石であることは多いから。
各国で出会ってきた魔術師さん達の杖も、ある程度の装飾などは施されていて杖持ち=上位魔術師、と見ただけで解るようになっていた。
フェイの杖はその中でも一線を画す見事な作り。月と星の意匠と黄金の翼が目を引く。
アルケディウスやフリュッスカイトで王が持つ精霊石の王勺や杖と同格、もしくはそれ以上の力があるとみる人が見れば解るだろうな。と思うくらいの流麗な作りだ。
そして今回、それがさらにグレードアップした。
黄金作りだった杖の星飾り。それが透き通るような光を放つ虹水晶に置換されたのだ。
普段は透き通った水晶のように見えるけれど、術の発動の歳にはシュルーストラムの輝きに呼応するように虹色に輝く。
「これからは、下手に杖を出せませんね」
フェイは苦笑してたけれど、目は本当に嬉しそう。
『実際の所、能力の応用範囲がかなり広がった。今まで声が届き辛かった大地の精霊などにもかなりスムーズに力が行くようになるだろう』
とフェイの杖は言う。本人が言うのだからかなりなものなのだろう。
『お前達にはこれから、『星』と『精霊の貴人』を守ってもらわねばならん。
しっかり頼むぞ』
シュトルムスルフトの国境。
見送りに来て下さった風国の『精霊神』ジャハール様。正確にはその精霊獣だけれど、はシュルーストラムとフェイに優しく、そう告げた。
「はい。僕の命と全てを賭けて二人を守ります」
『過ちを犯した私を見限るでは無く、こうして役割を与えて下さった事を感謝いたします。
二度と同じ過ちは繰り返さず、今度こそ主と、自分の護るべきものを守っていく所存です』
『そうしてくれ。道具は、どこまで言っても道具でしかないかもしれん。
だが、お前にはそれを超えて欲しいと願っている』
フェイが杖を地面において平伏しているので、シュルーストラムも同じように膝をついている感じ。
今まで私達に対して上位の精霊として比較的上から目線が強かったから、ちょっと新鮮だ。彼らの敬意と思いに鷹揚に頷いて見せた後
『お前にも、お前達にも世話をかけたな』
ジャハール様は私達の方に向かい合った。私とリオン。
そして、その足元にいつの間にか現れた精霊獣様達に。
「私達は、大したことができませんでしたから」
「はい。結局は『精霊神』様に全てやって頂いたような……」
『国を、我が子らを守るのが『精霊神』の務めだ。
それが叶わず他国の者を巻き込んだだけでもどうしようもない失策なのだ。
この借りはいずれ返す。後、シュルーストラムに土産を持たせておいたから後で受け取るがいい』
「土産……もう、十二分に返して頂いたと思いますが……」
『本人が力を貸してやるって言ってるんだから、素直に受け取っておくのがいいと思うよ』
『なんだかんだで、こいつの力は便利だ。せいぜい使ってやるといい』
『お前らが言うな。まあ、お前達にも迷惑をかけたことは反省している。
フェイとシュルーストラムをよろしく頼む』
親し気な兄弟のような『精霊神』様達の関係は見ていて嬉しくなると同時、少し悲しくもなる。
こんなに仲がいいのに。何百年も会うことも話すこともできなくなっているんだなって。
『お前は優しいな。マリカ』
「わっ!」
ホバリングしていたフクロウが私の頭の上に舞い降りて来る。
勿論、爪が身体を傷つけるようなことは無かったけれど、髪の毛がくしゃくしゃになる。
これはあれだ。
頭を乱暴にいい子いい子された感じ?
『俺達の事はそんなに気にしなくてもいい。
アーレリオスが各国を回って経路を繋いでいるから、最後の『精霊神』が復活すれば今までよりはもう少し、互いに連絡も取れるようになるしな』
「そうなんですか?」
『ああ。だからお前は自分のやるべきことをやっていけ』
「はい。解りました」
『『星』によろしくな。後、『神』に会ったら『いつまでも調子に乗るなって俺が言ってた』って伝言でもしてくれると嬉しい』
『『星』はともかく、『神』に伝えられるかどうかは解りませんけれど』
私の返答に、さらなる返事は返らないまま、精霊獣は空に戻った。
でも、なんだか楽しそうな笑みを浮かべてたような気はする。
フクロウの表情なんて解らないから、カンだけだけれど。
「アルケディウスの宵闇の星。マリカ様。
今回はシュトルムスルフトとその未来をお救い下さいましてありがとうございました。
貴方は我が国にとって正しく、導きの星でありました」
実は見送りと案内役に、シュトルムスルフトの人達も何人かは来ていたのだ。
頭を下げて下さるのは、王太子様、じゃなくって女王陛下の腹心さん。
最初からずっと護衛としてついていた、きっと全てを知っている人の一人だと思う。
「こちらこそ。
これからも女王陛下を支えてあげて下さいね」
「はい。微力ながら全力で」
シュトルムスルフトをこれから孤立無援で導いていくことになる女王アマリィヤ様。
王配もまだいないから、色々と苦労も多いだろう。
シュトラーシェ王女の二の舞にならないように、周囲の人が支えて欲しいと思う。
そうして私達は国境を超え、風国、シュトルムスルフトに別れを告げたのだった。
ちなみに『精霊神』様からの『土産』は実はまたとんでもなかった。
『一つはお前宛だ。アルフィリーガ』
「うわっ!」
シュルーストラムがパチンと指を弾くと杖から細かい微粒子みたいなものが噴出してリオンに吸い込まれていく。
「な、なに?」
「……心配しなくてもいい。マリカ。情報だ。
あの『精霊神』が使っていた武術の」
「武術? あのやたらと実戦向きだった格闘技の?」
息を整えながらリオンが教えてくれたところによると、相手を拘束、無力化することに特化した武術。
その使い方、身体の動かし方などの情報を貰ったのだという。
「マリカを守る為の戦いには必要になるだろう、って。
ありがたい話だ。情報を貰ったからって直ぐにできるようになるわけじゃないけど、訓練して習得できるようにやってみる」
「無理はしないでね」
「ああ」
リオンの武術は日本の剣道に近い剣術をベースに、体術や技術を独学で磨き上げてきたものだ。そこに、身体の動きを研ぎ澄ませ、相手の身体の特徴を把握して無力化させる格闘術が加わればさらに強くなれるだろう。
……どうして『精霊神』が人間の武術を修めているかは今は聞かない。
そして、もう一つの『土産』は
『私にかけられた封印の解除だ。
かつて、不老不死世の前、『精霊』の時代の技術や、技を思い出した』
そう言って、シュルーストラムは『精霊神』直々に与えてくれた、今は失われたいくつかの風の精霊術を披露してくれた。
ただ、敵を倒したりするだけではない。
風、空気を温めたり、冷やしたりする方法や、風に乗せて声を届ける方法などの生活魔術が多い。
そして、
「これって……」
『そうだ。シュトラーシェが編み出した転移魔方陣の術式だ。大地の力を使用しないので一度に移動できるのは一人か二人。荷物の容量も限られるがな』
かつて、シュトラーシェ王女が作り上げた国と国を超えて繋ぐ、持ち運び可能な転移魔方陣の完全な術式もあったのだ。
『かなり、纏まった量のカレドナイトが必要ではある。具体的に言うなら拳大くらいのものが二つはいるな』
石の大きさで言うと多分、200gから300gくらい。
通信鏡を作るのに必要なカレドナイトが100gくらいでそれを買おうと思ったら金貨10枚とかじゃ足りない。
そもそも市場にほぼ出るモノじゃないけれど、カレドナイトは金や銀より、ずっと希少な金属で、爪くらいの大きさで金貨数枚。
大きくなればなるだけ希少価値が高まるから値段はうなぎ上りに上がっていく。
液状化するから、その大きさのものを入手しなくてもいいとはいえ、多分日本円に換算すれば億単位の費用が掛かる……筈。
「とにかく術式が解っただけでも驚きの話です。
国に戻ってタートザッヘ様にご相談すれば簡略化の方法なども見つかるかもしれません」
モドナック様やミリアソリス。文官達も興味津々の様子だったけれど。
私やリオン、フェイに、アル。
魔王城の者達は別な意味で、顔を見合わせ頷き合った。
この瞬間、私達は世界に対して大きなアドバンテージを手に入れたのだから。
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