魔王城に連れてこられたレオ君は、泣くでもなく、暴れるでもなく。
リオンに抱っこされたまま、びっくりするほど静かにしている。
周囲の変化に戸惑っているわけでもなさそう。
子どもらしくないな、と思った時、この子は実際には子どもというわけではなく、転生者であり『神』の本当の意味での息子。
リオンの弟だと思い出した。
「お帰りなさい。マリカ様。アルフィリーガ。
そして……レオ様。ステラ様がお待ちにございます」
「ただいま、エルフィリーネ。直ぐにお会いして下さるかな」
「はい。どうぞこちらへ」
エルフィリーネが気を使ってくれたのか、いつもなら転移陣を使うとすぐに集まって来てくれる子ども達は、今日は誰も来ていない。
後で、紹介するにしてもレオ君の反応や様子も心配だし。
私は、黙って頷いて、リオンと一緒にエルフィリーネの促す先に向かった。
「どうぞ、こちらへ……」
「ここって、ずーっと前に私が最初にエルフィリーネと会った部屋?」
ホールの一角に、いつもはない不思議なドアがあり、私達はそこに促された。
思い出す。私が魔王城に来て直ぐの頃。四人で城の中を探検調査して、不思議な部屋に私だけ迷い込んで。真っ白な空間でエルフィリーネと出会った。
「あれって、疑似クラウドへの入り口だった、ってこと」
「はい。そうです。場内にはあちらこちらにこのような場所があります。
皆様がお使いになっている城は表向きで、真の叡智、機能は裏の部分に隠されているのです。
この城の言わば中枢機構、表との部分は厳重に隔絶されております。
行き来する為にはステラ様の許可と生体認証が必要です」
「生体認証? この間、私が裏に行ったとき、そんなことしたっけ?」
エルフィリーネの言う、表と裏については解る。
裏の部分にステラ様のお身体と、どこかSF機械的な部屋があるのを、この前見たし。
でも、私はあっさりと入れたような……。
「寝台に横たわって頂いた時に、生体データのスキャンを行いました。
通常、城の主の寝台に、そうでない者が上ることはまずありませんし」
「あ、そういう……」
確かに寝台っていうのは特別な場所だ。
部屋の主以外が身体を横たえることは、特別な関係者以外、まず無いだろう。
「とりあえず、こちらへ。ステラ様がお会いになられます」
「あ、はい。リオン。レオ君、行こう」
「!」
「解った」
レオ君がぴくり、と身体を跳ねさせたのは解ったけれど、リオンはしっかりと彼をだっこして離さない。それが彼を逃がさない為なのか、安心させる為なのかは解らないけれど。
エルフィリーネが開いた扉に三人でゆっくりと足を踏み入れる。
微かな火花と共に、目の前に真っ白な部屋が広がった
。
不思議な無重力空間。よく精霊神様達に連れていかれる場所と同じだ。
「いらっしゃい。待っていたわ」
「ステラ様」
私とリオンは軽い会釈をする。
現れたのは端末の白子猫じゃない。
射干玉の髪、黒曜石の瞳。白いレオタードドレス。身体にぴったりとしたロングブーツの少女。
この中世異世界には無い、SFチックな服装は本体の姿を投影させておられるのだろう。
人間の少女形態。でも、力の圧ははっきりと感じる。
私も、こっち側の存在になったからかな。前よりもはっきりと精霊神様や、ステラ様の力が解るようになった。
正直、出力も、力の貯蔵量も、何より年季も、私とはまだまだレベル違いだ。
「この間の結婚式はとても楽しかったわ。あんなに幸せな気分になったのは久しぶり。
貴方達の結婚式でも、できると嬉しいのだけれど」
「お母様が、何か考えて下さると言っていました。ご期待ください」
微笑むステラ様。喜んでいただけたのなら嬉しくはある。
いつか、本当に私もここで皆に祝福されて披露宴をしたいものだ。
「ええ、楽しみにしているわ。他の精霊神様達も期待しているようよ。
でも、今日は別の用事よね……。
始めまして。レオ。
いいえ、フェデリクス・アルディクスと言った方がいいのかしら?」
そう言って、ステラ様は真顔になった。
リオンの前に立つと、ふわりと、その身を浮かび上がらせる。
元々無重力空間ではあるのだけれど、小柄なステラ様が、リオンの腕の中のレオ君と視線を合わせる為にはそうするしかないよね。
「ああ、この子に力を分けているのね。まだ幼いのに無理をしてはダメよ」
「あ……っ!」
ステラ様の手からレオ君の持っていた人形に、ぷわりと、光のシャボン玉のような力が入っていく。
と、同時に同じようなシャボン玉がレオ君の中に戻って、パチン、と割れる音がした。
「心配しなくても、力を分けた以外の事は何もしていないわ。
貴方が、どうしてもこの子を守りたい。他の人の力は借りない、というのであれば、帰りに戻します。
でも、少なくともこの城にいる間は、ちゃんとした『貴方』と話がしたかったから」
「……いえ、感謝いたします。大母神ステラ様」
リオンの腕の中で、はっきりとそう応えたレオ君は、さっきまでとは全く違う感じがする。
例えるなら、今までは寝起きで脳がはっきりしていなかったけれど今は、ぱっちり目覚めたそんな感じ。
降ろせ、というように身震いしたレオ君に気付いて、リオンは彼を下に降ろす。
無重力空間で、足が地面につかなくてもなんとなく、上下はあるので彼は、すっと自分の前に浮かぶステラ様の前に膝を落とした。
礼儀正しい。まだ3歳の子どもの身体なのに作法はばっちりだ。
「『神』の僕。フェデリクス・アルディクス。
このような未熟な身体で、御前に参じますことをどうかお許し下さい」
「大母神……」
噛みしめるように口の中でレオ君の言葉を反芻していたステラ様は、彼を見やる。
その眼差しは少し、厳しい。
「彼は、私の事を貴方になんと説明していたの?」
「この星を支える偉大なる大母神。
ただ、理想を共有できず袂を別った宿敵でもあると」
視線に怯まずつらつらと、流暢に返す三歳児。
私には違和感ありまくりだけど、やっぱり中にいるのは大人以上の誰か、なんだな、と納得はする。
「宿敵とは、酷い言い草ね。我が子に離婚した妻の悪口を吹き込む悪徳DV男そのもの。
彼は、そういうの、ホントに嫌っていた筈なのになあ……」
「は?」
呆れたように肩を竦めると、今度は彼女も膝を床(?)につけるように落として、レオ君と視線を合せる。
「そんな他人行儀な言い方は止めて欲しいわ。聞いているでしょう?
貴方とアルフィリーガは本当の意味で血を分けた私の息子、兄弟なのだから」
「ステラ様の……息子? 僕が……ですか?
それは比喩的な意味ではなく?」
「真実の意味です。
あの人が貴方達に、我が子であることを告げず、自分の分身体だと言っていた事は知っています。でも、貴方達はそんな、機械的な生まれでは無いの。
少なくとも私は彼を本気で愛し、子どもを願って抱かれ、その結晶として貴方達を授かったのだから」
「え?」
一瞬でレオ君が取り繕っていた冷静さが霧散した。
狼狽し、助けを求めるように顔を右左、視線を合わせたリオンはでも小さく頷くだけで何も言ってはくれない。
「ゆっくりと、話しませんか? フェデリクス・アルディクス。
貴方が、どのような意図で私の招待を受けてくれたのかは解りませんが、私は始めて出会う我が子と話がしたいし、私がいない間、彼が何を思って、どういう行動をしたのか知りたいのです」
「は、はい……ですが……」
「『神』の許可と命令が無いと、余計な事は言えない、ですか?
では、貴方の封印を上位者権限で解除します。その上で言いたくない事は言わなくても構いません」
ステラ様の細い指がレオ君の額に触れると薄い金の光が彼の身体全体に広がり、発光させる。
「これから、リオンとマリカはプラーミァでの大祭の為に、外に戻ります。
貴方は一週間、ここに滞在してこの城で、他の子ども達と遊んだりしながら、私に貴方の話を聞かせてくれませんか?
最後まで逃げ出さず、お話してくれたら、最後の日に貴方の望みを一つだけ、叶えてあげますから。それが『彼』との面会であっても」
「え?」
レオ君が目を瞬かせた。
「『神』は、ご無事なのですか?」
「ええ。封印された牢の中で、色々と考えている様子です。元気は元気よ」
「封印?」
「突然力を失った『彼』が心配で、ここにやってきたのでしょう?
『彼』は……もう察しているか、聞いているかもしれないけれど、私達との対決に破れて、今は私が預かっています。壊れたり苦しんだりしているということはないから、安心して。
貴方が望むなら、最後の日に会話を許します。
解放すると約束は、できないけれど、貴方の今後の道しるべにはできるかと思うの」
「解りました」
レオ君は頷き、頭を下げた。思ったより素直。
「マリカ、リオン。貴方達は外で予定通り、仕事をしていらっしゃい」
「いいんですか? 彼が不安になったり、その……暴れたりしたら……」
「貴方達がいると、安心する反面、彼も本当の気持ちや姿を出せない可能性があります。
生活は完全に保証しますし、彼の心身に絶対傷はつけないと約束します。
幼子、我が子の我儘くらい受け止める力量はあるつもりです。
先生に向こうの保育を学んでいますし」
「はい」「解りました」
ステラ様が、レオ君に危害を加える可能性は皆無だし、私達はおっしゃるとおりお任せすることにした。
ここから先は母と子の会話だ。
むしろ他人である私に口を挟む権利はない。
「レオ君をよろしくお願いします」
エルフィリーネに促されて、私達は先に外に出た。
「彼の事はお任せ下さい。私も気を付けて対処いたします。本当に困った何かが起きれば通信鏡でご連絡いたしますので」
「ありがとう。よろしく。エルフィリーネ」
その後、城の子ども達とティーナにレオ君を紹介して、アルケディウスに戻る。
三人でくぐった転移門を今度は二人で。
「仲直り、できるといいね」
「ああ……。あいつも変わってきている。
きっと、大丈夫だろう」
自分が一度は殺してしまった、たった一人の兄弟。
積極的に近寄らないようにしつつもリオンがずっとレオ君を気にしていることは知っている。
彼の変化と幸せを、誰よりも願っていることも。
何百年もたった一人、成長しない身体で『神』の為だけに生きてきた忠実な子ども。
彼が『母』との出会いで、何を思い、どう変わるのか。
私は少し怖いけれど、楽しみにも感じている。
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