【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の保育園

公開日時: 2021年9月2日(木) 08:05
文字数:7,854

 少し、緊張している様子が見える。

 それは当然、仕方ない。


「夕方には迎えに来るからな…」

「…うん、しっかり頑張って来てね」

「待ってるから」


 親も子も、初めて保育園に来るときは緊張する。

 当然のことだ。

 でも、ここでしっかりきっぱり受け入れるのが保育士の仕事。

 親子分離は長引くと色々と、互いが辛い。


「しっかり預かるから心配しないで。

 ウルクスさんもお仕事頑張って下さい」

「よろしくお願いします」


 後ろ髪惹かれるような様子で、仕事に向かうウルクスの姿が遠ざかると私は、


「じゃあ、こっちに来て。みんなに紹介するから」


 二人の手を引いて館の中に連れて行った。

 建物内を案内して、それから、皆で大体の時間を過ごす談話室へ。


 中に入ると、それぞれに過ごしていた子ども達の視線が一気にこっちに向く。

「はーい。みんなー。ちゅうもく~~。新しいお友達を紹介するよ」


 十二の瞳がそれぞれ好奇心に輝いている。


「今日からここで昼間、一緒に過ごすプリエラとクレイス。

 仲良くしてね。二人とも、よろしくおねがいします、って挨拶してみて」

「あ、あの…よろしく、おねがいします!」

「おねがいします!」


 緊張に揺れる二人を


「よろしくな。一緒に遊ぼうぜ!」


 子ども達は、笑顔で受け入れてくれた。





 リオンの騎士試験と、フェイの文官試験が終わった慌ただしかった数日が過ぎ、夜の日が開ければもう風の二月の始まり。

 私はリオンに頼みがあると切り出された。



「俺は、当面の間は皇国騎士団の王都警備部を指導も兼ねて見る事になった」


 文官試験、貴族試験を終え、新体制が始まったある日。

 叙勲式を終え、正式に貴族になったリオンがそう教えてくれる。

 

 この国で言う所の『貴族』は基本的に、司法試験やキャリア試験に受かったエリート国政執務官という形になる。

 一般職員の指揮、指導を行う立場だ。

 子どもで在るリオンのいう事を、騎士団や護民兵がちゃんという事を聞いてくれるかな?

 と少し心配ではあったのだけれども


「大丈夫だ。今のところは上手くやっている。

 ライオがいい副官を付けてくれたからな」


 私の心配を吹き消す様にリオンは笑う。

 新しく編成されたリオンの部隊。

 参謀兼、副官として配置されたのは、なんとヴァルさんだという。

 本戦の準決勝で、リオンが下した槍騎士。

 しかも副長がウルクスと聞いてびっくりした。


 もっと具体的に言うならリオンが部隊のトップで、ウルクスが実質的な指揮を担当するナンバー2。

 で、二人の教育係を兼ねてヴァルさんが付いているという。

 今まで、軍属として小隊長の下にいたリオンなので立場が逆転したことになるけれど、ヴァルさんは、


「負けた以上は仕方ありません」


 と、その辺は吹っ切っている様子。


「ただし、私の上に立つ以上、最低でも基本はきっちり身に付けて貰います。

 皇子やヴィクス様の顔に泥を塗るような事は許しません」


 毎日、ぎっちりと国法や礼儀作法などを叩きこまれているそうな。

 リオンは一応基礎が出来ているけれど、0からのスタートのウルクスはかなり辛そうだという話。

 でも、準貴族になった以上やらなくてはならないことだから、頑張ってもらうしかない。


 ちなみに一般兵士達はリオンにも、荒くれ者上がりのウルクスにも思った以上に好意的だという。

 御前試合の実績で


「俺達の指揮官はすげえ!」

 

 となったらしい。

 なるほど、御前試合は見世物のようにも思えたけど実力を国中に知らしめるというのは大事なんだなあ。としみじみ。




「で頼みたいことって?」 

「ああ、それだ。ウルクスが子ども達をゲシュマック商会で預かって貰えないか? って」

「子ども達? あ、プリエラちゃん達!」


 準貴族となった元荒くれ者。

 ウルクスには二人の子供がいる。

 女の子のプリエラちゃんと弟のクレイス君。


 親子と言っても勿論、実子では無く、プリエラちゃんとグレイス君も実は姉弟、という訳でもないらしい。

 ただ、血のつながりは重要ではあるけど、些細な事であると思っている。

 この世界では特に。

 血が繋がっていてもいなくても、絆が結ばれて互いに家族だと思うのなら、家族。

 それでいい。


「日中、ウルクスは仕事だし、騎士団の仕事で外出も多い。

 貴族区画は比較的治安がいいけど…」

「皆まで言わないで。子どもを子どもたちだけで家に置いておくなんて絶対にダメ」


 ウルクスは準貴族として貴族区画に家を貰っている。

 支度金で子ども達を神殿に自分の養子として登録したそうなので、少しは抑止にはなるだろうけれど誘拐とかの危険もあるし、何より、子どもを子どもだけで一日家に置いておくなんて私が嫌だ。


「皇子とティラトリーツェ様。

 それから、孤児院のリタさんと、カリテさんに話してみる。

 ゲシュマック商会はお店だから、子どもを一日置いておくのは色々と難しいし」

「ウルクスはどっちも多少の仕事はできるから、掃除とかで使ってやってくれと言ってったが?」

「人手は足りてるし、子どもなんだからまずは遊びと勉強が大事。

 勉強して知識や技術を習得したら、いずれお店で雇って保護するにしても、今の時期は勉強と遊びでいろいろなことを知って欲しいの。

 解るでしょ?」


 二年間リオンは、私の保育方針を魔王城で見てきてくれている。

 子どもを向こうの世界程能天気には遊ばせてあげられないけれど、それでも遊びや学習から学ぶモノがこれからのあの子達を作っていくのだから。


「まあ、な。マリカは多分、そう言うと思った。

 金は用意するとも言ってたが?」

「保育料は無料、どうしてもの時は公務員の福利厚生として皇子に出して貰う」


 これから世界で子どもの存在や力が見直されていけば、必要な事。

 我が儘が効くうちにしっかりとシステムは作って定着させておくべきだ。

 

 絶対。



「リオン、明日、朝でも構わないからウルクスに子ども連れて、お店に来てって伝えて。

 軽い面談して様子を聞いて、準備が整ったら受け入れるから」

「解った。でも、なんだか楽しそうだな?」

「あ、解る?」


 リオンに指摘されて、私は自分のほっぺを押さえる。

 顔がにやけているのは自覚してた。


「これって、保育園だなあ、って思って。

 私の知ってるところ。得意分野。専門分野にやっとたどり着いたなあ、ってちょっと嬉しい」

「ホイクエン?」

「うん。働く親が安心して仕事ができるように、子どもを預ける場所。

 私が向こうでしていた仕事なの」

「そうか、向こうでは子どもが放置されてない、って言ってたもんな」


 孤児院や、魔王城で子ども達を育ててきたことも保育士の仕事ではある。

 でも、どちらかというと孤児院や魔王城は養護施設で、身寄りのない子どもを育てるような感じ。

 専門的に勉強してもいないし、対応できていた訳ではないと思っているのだ。

 実習などで体験はしたけど、基本手探り。

 もっとしっかり勉強しておけば良かった、と思う。


 でも、保育園は私が四年、学童保育一年を含めても長くやってきた仕事だ。

 少し、ノウハウは持っているつもり。


「ずっと、保育園で仕事してたいくらいだけど、そこは無理だから…」


 保育助手の女性を一人増やして、リタさんとカリテさんにデイリープログラムを用意して対応して貰うつもりだ。

 その為にも受け入れ当日は一日、保育士に復帰して二人を受け入れるつもり。


「十年ぶりの保育士、かな。凄く嬉しい」


 浮かれる私にリオンがちょっと呆れたように肩を竦めて見せる。


「…マリカはホイクシの仕事が本当に好きだったんだな」

「うん、好きだった。過去形にはしたくないけどね」




 どっからどう見ても普通じゃない保育士の仕事量や、負担、その他については置くとしても、子どもを守り、育てるという仕事を、紛れもなく私は大好きだったのだ。

 この世界には毎週の週案も、一人ひとりの個別指導も、月案も児童表もおたよりもない。

 発表会も、運動会も、行事準備も無い。

 日誌や個票は今後用意していくつもりだけれども、山のような文章仕事、雑用に追われず子どもを安全に守り育てる。

 保育に専念できるという意味では、異世界の方が、条件はいいと思う。

 人数もまだ少ないから、一人ひとりをしっかりと見てあげられるし。

 二歳児一人で二十人とか何の冗談だって思う。

 

 それに…文書仕事が、保育に無意味、とまでは言わないけど。

 そっちを重視して本当の意味で保育に活用する為には保育士の仕事時間や、人の配置をもっと考えるべきなんだよね。

 一日八時間の仕事時間は全て、子ども対応。

 昼休み無し。掃除は勤務時間が終わってから、文書仕事は残業、日曜出勤デフォルトとかありえない。

 


 と、本音が出た。




「とにかく二人は受け入れるから、安心して、ってウルクスには伝えて」

「解った。助かる」


 そうして、ライオット皇子やティラトリーツェ様、リタさんやカリテさんにも相談して話を煮詰め、アルケディウスの王立孤児院は、兼保育園として二人の子どもを受け入れる事になったのだ。



 孤児院にいる子ども達は、朝のご飯や身支度が終わると午前中は、部屋でのんびり過ごしている。

 ブロックや積み木、ままごと道具などで遊ぶ事が多い。


 そこにプリエラとクレイスは合流する形になった。


「いらっしゃい。待っていたよ」

「よろしくおねがいしますねえ~」


 一緒に過ごしてくれるリタさんとカリテさんを紹介して、私は二人の子どもを部屋に促した。


「よろしくな。おれ、アーサー」

「僕はアレクだよ。よろしくね」


 魔王城から連れて来て、子ども達に色々教えて貰っている二人と違い、孤児院の子ども達は固まっている。

 まあ、無理もない。

 いきなり知らない子が来たらこうなるよね。

 

 無理やり挨拶させるとかは避けたい。

 少し離れた所に作った通いの二人用のロッカーに荷物を置かせて私は二人を手招きする。

 

「ここで、ウルクスの仕事が終わるまで待っていようね。

 一緒に遊ぼう?」

「遊ぶ?」


 そう、今まで遊んだことのない子ども達は、遊ぶ、という事がどういう事か理解できない。

 今まで仕事を詰められているか、何もさせて貰えないかが殆どだったので、何が遊ぶという事か解らないのだ。


「そう、これを見てみて」


 私は一番の自信作、文字積み木を棚から出して二人の前に見せてみた。


「うわああ~」「キレイ…」


 魔王城で二年前に作ってから、日々改良を重ねてきて、今は木工の専門家さんの手も借りている自信作。

 手を傷つけないように、角がとられ、丸められた板には日常使うものの名前と絵、そして裏にはそれに対応する文字が大きく描かれている。

 色インクを買ってきて描いているので、見た目も華やかだ。


「これはセフィーレ。こっちはエナ。これは椅子、ね。

 物には名前があるんだよ」


 一枚ずつ、二人の前に並べていくと子ども達は真剣に見つめている。


「触ってみて」

「いいんですか?」

「もちろん」


 おそるおそると言ったふうで、セフィーレの描いてある積み木を手に取るプリエラ。

 可愛らしいリンゴに似た実の絵が気にいったのかもしれない。


「プリエラ、っていう名前はこういう風に並べて作るんだよ」


 文字積み木を並べて、名前の綴りも見せてみる。


「あ、ぼく…のは?」

「クレイスは…こう」


 やっぱり自分の名前、というのは子どもにとって一番の興味。この辺は万国共通かな?


「あ…あの…」

「なあに?」

「お父さん、は?」


 躊躇いがちに言うプリエラに、私はウルクスの綴りも見せた。

 二人とも、自分の名前よりも目を輝かせてる。

 良き良き。


 私、リタさんや、カリテさん、アーサー、アレク。

 他の子ども達の名前も、綴る。

 孤児院の四人のうち、年長の二人は文字の練習を始めている、というしプリエラも興味を持ったら文字の読み書きも教えてあげたいと思っている。


「あ、積み木が足りないね」


 名前を綴っているうちにいくつかの積み木が足りなくなることもある。

 綴りの中に同じ文字を使っているものとかもあるから。


 文字積み木は二セットあるけれど、もう一セットは向こうで子ども達が使ってる。

 どうしようかなあ、と思っていたら…


「…!」


 一枚の積み木が、私の前に指しだされた。

 見れば足りない文字の積み木。

 指しだしたのは小さい手。


「シャンス…」


 シャンスが自分から、積み木を持ってきてくれたのだ。

 貸してくれる、ということだろう。


「貸してくれるの? ありがとう。じゃあ、プリエラに渡してあげて。

 どうぞ、って」


 人間関係が今まで殆どなかったから、他人とどう会話したり、対応したらいいか解らない。

 だからそういうことはゆっくり、一つ一つ教えていく。


「…どうぞ」


「プリエラ、貰っていいよ。そしてありがとう。っていうの。

 何かをして貰った時、嬉しい時は、ありがとう…っていうんだよ」

「ありがとう…」


 ぶっきらぼうに差し出された積み木は少女の手にしっかりと届いた。

 シャンスは、どう返したらいいか解らず目を白黒させているけれど…新しい子達を嫌っている訳ではないと、解る。

 むしろ、興味があって、一緒に遊びたいのだ。


「じゃあ、そっちの積み木も持ってきて、こっちで一緒に遊んでみない?

 いっぱいあると、もっとたくさん遊べるよ」

「おっしゃー、そっちに行こうぜ!」


 まだ戸惑う孤児院の子達の背中を押すようにアーサーが声をかけて、積み木をこっちに運んでくる。

 

「むこうで、一緒に遊ぼう」


 アレクにも促されて、戸惑いながらもサニーやルスティ達もやってくる。

 興味は津々だったのだ。

 特に金髪が綺麗な女の子。プリエラには。

 場所を定めた訳ではないのに、プリエラの側になんとなく子ども達が集まっているのは、解りやすい。


「じゃあね。積み木で重ねて高くしてみようか。

 どっちが高くできるかな?」


 私が言葉かけしたのはそんな程度。

 後は、もう遊び始めてしまえば子ども達の世界。

 それぞれにかかわりあって、遊び始める。

 異世界も変わらない子どもの本質を、私は静かに見守っているだけで良かった。




 午前中の遊びが終われば、お昼ご飯の時間。

 お昼は簡単にマフィンとジュースだけだったけれど、生まれて初めての食事であったらしいプリエラとクレイスは、食事と味の衝撃に言葉も出ない様子だった。


「これはね。ごはん。

 食べると身体に元気が出て来るんだよ。ここに来たら毎日食べられるからね」


 一口、口に入れた後は一気に頬張り、ジュースを喉に流し込む。


「焦らなくていいよ。皆の分、ちゃんとある。誰も盗ったりしないから」


 焦ってむせるクレイスの背中をリタさんがポンポンと優しく叩いてくれた。

 だいぶ大貴族や、上流の貴族などには家で食事をする習慣も出て来たけれど、食品扱いの店が少ないので、材料はゲシュマック商会経由でないと安定供給ができない。

 家でウルクスが食事を用意するのはまだ難しいだろう。

 テイクアウトの店もないし。

 

 食事ができる。

 それを楽しみに二人が保育園に来ることを楽しみにしてくれれば、馴染みやすくなるかなあと私は思った。


「今度から昼にもう少し、ちゃんとした食事を用意してみるかい?」

「ええ、お願いします」

  

 リタさんの提案に頷き、私は料理人さんへの指示を木板に書き留めた。




 午後は、庭に出て遊ぶ。

 最初は本当に何をしたらいいか、戸惑っていたらしい子ども達だけれども今はかけっこや鬼ごっこなどもよろこんでやっているし、庭の一角に作った砂場も人気だ。

 徐々に『遊ぶ』ことができるようになってきた。


「こっちの砂場、面白いぞ。

 ほら、このスコップで穴を掘って…な」


 アーサーが道具を渡してやって見せるとクレイスも真似をし始める。

 子ども達は遊びの天才だから、最初にほんの少し、モデルを作ってあげればいい。

 後は自分達で動き始めるから。


「?」

 見れば、砂場で何やら騒ぎ。

 

「どうしたの?」


 近寄ってみればルスティとシャンスが何やら言い争っている。

 横には戸惑うような、プリエラ。


「ぼく!」「ぼくだ!!」


「なあに? 何があったの?」

「…あの子と、いっしょにあそびたい!」

「ぼくが、いっしょにあそぶ!」

「そっか、二人は、プリエラと一緒に遊びたかったんだね」


 人形のようだった男の子達が、自己主張できるようになってきたのは喜ばしい事だと思いつつ、私は二人に『共感』する。


「でも、二人がケンカしたらプリエラが困っちゃうよ。

 プリエラは、何をしたい? 誰とあそびたい?」


 その上で、当事者であるプリエラに話を聞く。

 相手の気持ちを考える事を、知ってもらいたい。


「…私…、ケンカはしてほしくない。いっしょじゃ、ダメ?」


 大人な子だなあ、とプリエラの対応を見て思った。

 周囲の様子を伺って、合せながら苦労してきたのかもしれないと、少ししんみりしてしまう。


「プリエラは、そう言ってるよ。どうする?」


 二人は気まずそうに顔を合わせると

「いっしょでいい」「いっしょに、あそぶ」


 妥協案に同意した。

 プリエラに嫌われたくない、という思いがあったのかもしれないけど。子ども達が自分で出した答えを嬉しく思う。


「そうだね。一緒に遊ぼう」


 二人の手を取り、プリエラの側に連れて行った。


「はい、どうぞ。

 プリエラやクレイスはここで遊ぶの始めてだから、どういう風にしたらいいか教えてあげて」


 それぞれの手に同じシャベルを渡すと二人は、猛然と穴を掘ったり、土を集めたりし始める。

 プリエラにカッコいいトコ見せたいのだろう。

 実に解りやすい。


 

 人生で生きるのに必要な全ての事は砂場で学ぶ、という言葉もある。

 仲良く遊んで、ケンカして、我慢や譲り合いや人とのかかわりを学んでほしいなあと思った。


「どうしたんです?」

「あ、なんでもありません。ちょっと欠伸がでちゃって」


 目元に涙がにじんだ。

 指でそっと拭う。

 私はずっと、こんな風景が、見たかったのだ。

 子ども達が、何の憂いも無く、幸せに遊ぶこんな姿が。


 

 そんなこんなでのんびり遊んで、過ごして二の火の刻も半ば。

 日もすっかり落ちて周囲が薄紫に染まる頃。


「遅くなった。プリエラ、クレイス、迎えに来たぞ!」

「「おとうさん!!」」


 迎えに来た「お父さん」に二人はおもちゃを放り出して走り寄る。


「二人とも、元気にしてましたよ。

 いっぱい遊べました」

「あのね。美味しいの食べた。すっごくおいしいの…」

「いっぱいあそんで、字も…おしえてもらった。すごく、すごく…たのしかった」

「それは、良かった」


 今日の話を一生懸命に伝えようとする二人。

 それを聞いてあげるウルクス。

 向こうの世界での親子と何も変わらない。

 血は繋がっていなくても、この三人は親子だと、私は確信する。できる。


「お世話をおかけする。

 これからもどうか、よろしくお願いしたい」


 深々と頭を下げるウルクスに、私は首を横に振った。


「いえいえ。これも保育士の仕事ですから」


 個人的に言うなら、とても楽しかった。私も。

 


「じゃあ、プリエラ、クレイス。

 さようなら、また明日!」


 保育園ならえいえいおー、と送り出すところだけれど、ここは異世界。

 パチン、と手を合わせるに留めた。

 手と手が触れる感覚が楽しかったのか、それとも他の理由か。


「にいちゃんたち、またあした!」


 クレイスはワザワザ少し離れた所から遠巻きで見ていた孤児院の子達のところに走っていくと、私がしたように皆にパチパチ、手を合わせていく。

 そして、プリエラも。

 

「また…明日」


 重ねられた手にぬくもりと一緒に伝わった言葉は、優しい約束。

 手を繋いで、仲良く帰る親子をやはり寂しそうな目で見つめながらも、孤児院の子ども達はそれでもどこか、幸せそうに笑っていた。




 それから、毎朝、私は王宮への出勤前、孤児院兼保育園に通うようになった。

 一日保育士できるのは週一回くらいだけれど、毎週の計画を立てて、子ども達の様子を聞いて、より良く育てていく方法を考える。


 私は、心底保育士の仕事が好きだったのだなあ、と再確認した。

 

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