不老不死を得ていない子どもには『能力』と呼ばれる精霊魔術とは違う異能が目覚めることがある。というのは既にアルケディウスの上層部では認識されている。
フェイを中心に研究が進み、孤児院の子どもやゲシュマック商会の者達の中にもそれらしいものを発現させている子が出てきているとか。
ジェイドは防御力が高いようだ、という報告を受けている。
店に難癖をつけてくるゴロツキ達の攻撃に、平気な顔をしていたという。
無理をしているのではないかとガルフが声をかけたら、痛くもなんともないという返事。
検証実験をしてみたら、叩いたりナイフで傷つけても痛みを感じない体質だと判明。皮膚も丈夫でダメージが通りにくい、いわば疑似不老不死。
傷を全く負わないわけでは無いので注意が必要だけれど。
イアンは計算の達人。現在は八桁の掛け算、割り算もあっという間にしてしまう。
この世界にはそろばんに似た計算機があるけれど、彼は暗算でパパっと正確な数値を出してしまう。小売店の経営にかなり役立っている。
ニムルは別の力が出る可能性もあったけれど、魔術師としての精霊を見る力に落ち着いた。そしてグランは、カンが強く、敵や獣の気配を察知することに優れているそうだ。
今回はそのおかげでいち早く魔性の襲撃に気付いて避難を促したりできたのだけれど、逆に作業員を庇って怪我をしてしまった。
大貴族達にはまだ教えられていないので公式にでは無いけれど、近い将来、魔術師のように国に登録の義務が出て来そうだという話。
皇女マリカの『能力』は『精霊の書物』
夢や不思議な意識の元、見知らぬ知識を知ることだ。と上層部には認識されている。
実はそれは嘘設定で、異世界転生の知識チートなだけ。
本当は『物の形を変える』で最近はそれに、不老不死者ではない子どもの怪我の治癒も加わった。
フェイ曰く
「『能力』は進化、成長するようです。使い、成長させたいと訓練させる事で今までできなかったことができるようになることがあります」
だとか。例えばフェイはその気になって見た本や風景などを一瞬で完璧に記憶して忘れない『能力』だけれども、身体と『能力』の訓練を続けるうちに相手の動きなども覚えトレースできるようになったらしい。
リオンの『『能力』は瞬間移動。最初は自分以外を連れて移動できなかったけれど、今は座標が確認できれば言ったことの無い場所でも、他人を連れて安全に移動できるんだって。
アルもステルス機能で『見えなくなって』いる『精霊神』様を見つけることができる。
ジャンケンや二択問題を外したこともない。
私はその『能力』の成長に加えて、自分の身体を何度も成長させたりしているうちに身体を作る細胞を動かせるようになった感じだ。
損なわれたモノをあるべき形に戻す。それが私の治癒能力だと認識している。
壊すこともできるのでは? とお母様は言ったけれど、試してみるつもりはない。
怖いし。やるとしたら自分の身体でだろうけれど、そういうことするとエルフィリーネやみんなに怒られるし。
今回は、ニムルの怪我の治癒に『能力』を使う。
今年の新年の参賀。魔性の襲撃で傷を負ってショック症状になったエリクスを助けた時には止血と人工呼吸と心臓マッサージ。
正攻法の応急処置を行ったけれども、今回は状況がさらに悪い。
『能力』を使うのが確実だと思う。
覚悟を決めて転移術で、私達が移動するとそこは工場の中。
人々が集まっていて、私達の登場に騒めく音が聞こえた。
「マリカ! 皇王陛下も」
「構わなくていい。急な魔性の出現によく冷静に対応してくれた」
膝をつくリオンや作業員達を手で制して、皇王陛下はただ一人の怪我人、グランを見やる。
工場の一室の床にグランが寝かされていた。
傷口は背中。右肩から左わき腹にかけて猛禽類の爪のようなものでバッサリ。
動脈が切れているのかもしれない。
一応、包帯が巻かれてあるけれどシーツ代わりに敷かれた布共々既に真っ赤だ。
「遅くなってごめんなさい。状態は?」
「あんまり良くない。ずっと話しかけていたんだけど、意識が戻らないんだ」
「解りました」
服を捲り、包帯をハサミで切って傷を露出させる。
包帯で止血されていたのに、血は止まらない。
出血が多い。躊躇っている余裕は多分もう無い。
「リオン、フェイ、ニムルを除く作業員たちは外に出ていろ。
これから魔術によってグランの傷を塞ぐ。騒がれると邪魔だ」
お父様の命令で、心配そうにしていた作業員さん達は別室に移され、ここに残るのは私とお父様、リオン、フェイ、ニムルと後は皇王陛下とタートザッヘ様だけ。
「どうだ? マリカ」
「思った以上に傷が深く、出血も多いです。普通の応急手当ではもう無理だと思います」
「……そうか。解った。頼む」
「はい。そちらはお願いします」
頷くお父様に後はお任せして、私はニムルの横にペタンと私は膝をついた。
傷口にそっと手を当てて、祈る様に力を籠める。
(傷口が、塞がりますように。血液が戻りますように……)
強く想像する。傷が無くなったグランの背中を。
すると直ぐに目に見えた変化が出てくる。
ぷくぷく、泡立つように細胞が増えて、グランの傷口を塞いでいく。
体感、一分も無いくらいでぱっくり開いていた三本の傷口は、薄い線が残るだけになった。
「おおっ!」「これは!!」
驚く皇王陛下達の声が聞こえた気がしたけど、気にせず私は目を閉じる。
ここから先は体の中の治療になる。視力には頼れない。
(大量出血で弱っている心臓を支え、血液を増やし身体に循環させて……。
切れた筋肉も血液も……表皮のように戻って)
向こうの世界で学んだ、生物や医学、保育士の基礎知識が私のイメージを助けてくれた。と思う。当てた掌の下、身体の中で起きていることに確信は持てないけれど、見る見るうちに蒼白だったグランの顔に赤みが戻っていく。
「あ……う」
「グラン!!」
微かな唸り声と共に頭を振り、意識を覚醒させたグランにニムルが駆け寄って声をかけた。
「大丈夫か? 俺が解るか?」
「……ニムル……。あれ? 俺は?」
「魔性が襲撃してきたんだよ。怪我をしたお前をマリカ様が治して下さったんだ」
「え……マリカ様?」
「とりあえず、傷は塞がりましたが大量出血もしていますし、危険な状態を完全に脱してはいないと思います。
ニムル。ゲシュマック商会に連れ戻り、ガルフに事情を話して休ませて下さい」
「こちらの護衛については気にするな。
店の対応が整うまでは皇国騎士団が護衛すると伝えろ」
「かしこまりました」
ニムルは服が汚れるのも構わず、グランに肩を貸して立ち上がらせた。
「子どもの身でありながら、己が仕事を全うし、作業員や工場を守った忠義、誠に見事である」
「……あ、皇王陛下?」
まだ朦朧としているようなグランが目を瞬かせる。
それはそうだ。山奥に皇王陛下がいて、自分を褒めてくれているなんて状況は理解不能だろう。
「貴方は立派にゲシュマック商会の警備担当として仕事をやり遂げたのです。
詳しい話は後にしますから、まずは戻って体を休めて下さい」
「あ、ありがとうございます」
ニムルが首飾りに手を当てて呪文を詠唱すると、二人は目の前から瞬く間に消えた失せた。風の精霊術っていうけれど、転移術はどっちかというと空間に左右する術なんだよね。
などと思いながら立ち上がり振り返ると。
うわー、振り返らなきゃ良かった。
お父様とお祖父様がなんとも言えない表情で顔を合わせている。
「さて、幾度となく隠し事は許さぬ、全てを語れ、と言ってきたにも関わらず、まだ隠し事を持っていた息子よ。孫よ。申し開きはあるか?」
「ありません。マリカの新しい『能力』について報告を怠り隠していたこと。
真に申し訳ございません」
「新しい、と申すしたか? あれは元々所有していたものではなく、新規に目覚めたものであると?」
「はい。大祭の後に。それを知りながら黙っているように命じたのは俺です。
マリカとティラトリーツェには咎の無い事」
「ならば、城に帰り改めて説明を。今度こそ、隠し事は無しで頼みたいものだが」
「かしこまりました」
お父様は皇王陛下に深々と頭を下げてそう言ったけれど、振り返り、私達に送った視線にはまだ悪戯っぽい子どものような光を宿している。
それを見て私達は理解した。
お父様、まだまだ、全然反省していない確信犯だって。
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