まるで良くできた舞をみているようだった。
究極に磨き上げられた人の動きが美しさを感じさせるのは、異世界に転生して何度も見てきたけれど、目の間で繰り広げられる二人の戦いは、正にその究極と言えた。
正直、瞬きするのも惜しいくらいに、研ぎ澄まされている。
リオンとお父様。戦士ライオットの戦いを見るのはこれで三度目、だろうか?
一度目は魔王と戦士として滝つぼの裏で。二度目は魔王城で。そしてこれが三度目。
二人は広場の中央に顔を見合わせ立っていた。リオンは少し緊張したような様子だけれども目には揺るぎない自信が見てとれる。対するお父様の方は、長い、長い年月積み重ねてきた落ち着きがあり、厳しさと揺るぎない強さ宿っていて、聳え立つ壁か立ちふさがる山を思わせた。
「始め!」
ヴァルさんの合図で戦いの火蓋は切って落とされた。先制はリオン。開始の合図と同時に一直線。その動きは単調な表現ではあるけれど、目にも止まらない。あるいは稲妻のような。
としか表現できないくらい。力を貯めるかのように身をかがめた次の瞬間。引き絞られた弓から放たれた矢が敵を射抜くがごとく一直線に飛び掛かっていった。
迎え撃つお父様はさっき例えたように、山のように泰然として有る。受け止めた長剣の鋼がガチンと音を立てた。
ああ、本当に本気の真剣勝負ではないのだな。と気付く。リオンはエルーシュウィンでは無い普通の短剣を使っているし、お父様も魔王と戦っていた時の大剣ではない。普通にいつも腰に帯びている長剣だ。多分、滝つぼでの戦い程本気じゃない。少し力を抜いているのだろう。
でも、その技は少しも他と比較して霞むものではない。むしろ最高峰の輝きを宿しているのが解った。
刃を弾いたお父様は返す手で、リオンに向けて剣を奔らせる。リオンは手にした軽量な片手剣を軽やかに弾き、機敏な動きでお父様に応戦している。
濃厚な連撃をいなしたリオンは、またお父様の懐に飛び込んでいく。軽いように見えて、しっかりと重みのある攻撃を、両手でしっかりと握った長剣で、受け流し捌いていく。
二人の一番の違いは体格と筋力で、お父様の磨かれ鍛えられた鋼のような筋肉と動きからは、自らの戦い方に対する揺るぎない自信が見て取れた。
一方のリオンも無駄な贅肉なんか一欠けらもないのだけれど、まだ未完成の子どもの身体で安定性には欠ける。そこを多分、転生を繰り返し得てきた豊富な戦闘経験と計算で補っている。
身のこなし素早く、敏捷さを活かした連続攻撃を繰り出すリオン。 でもお父様は冷静にそれらをかわし、受け流し。連撃の一瞬の隙を狙い、強烈な一撃を放つ。見ている女性達から小さな悲鳴が零れた。
でもリオンは慌てず冷静にそれを回避、次なる攻撃を狙いまた踏み込んでいく。刃を合わせる度に打ち鳴らされる鋼の音は本当に楽し気で、歌うようで。何より二人がこの戦いを楽しんでいるのが解った。
時間を忘れ互いに力を競い合う二人。
お父様の技術と経験はリオンに対して間違いのないアドバンテージ。でもリオンは持ち前の俊敏さを活かし、巧妙な攻撃を仕掛け続けている。一進一退の攻防はいつまででも見ていられそうだ。けれど……
「……リオン」「はい」
「え?」
小さな呟きと共に二人は同時に後ろに下がり、間を開けた。
「訓練としてはここまだ。これ以上やるとタダではすまなくなる。本気でやりあってマリカの護衛の仕事に支障をきたしては本末転倒だ」
「はい。ありがとうございました」
剣を鞘に収め、互いに礼を取る二人。
もう終わりかあ。
最後にガガーンと必殺技開帳、とか、本気の打ち合いとかがあるんじゃないかと思っていたのでちょっと拍子抜け。他の皆もなんだかポカンとした顔をしている。
「ほらほら。ぼんやりしているんじゃないぞ。
模範演技は終わり。基礎訓練と手合わせ開始だ。俺が気付ける範囲内であれば矯正の助言をしてやるから」
「大聖都に入ったら悠長に訓練している暇もなくなるぞ。しっかりやれ」
「は、はい!!」
パパンと鳴らしたお父様の手の音にみんな蜘蛛の子を散らすように持ち場に戻っていく。
一般随員さん達は荷物の片づけ、護衛兵達は訓練に。
「ああ、お前も見ていたのか」
「一言声でも、ってあの状態では無理か」
人ごみの影に私を見つけたのだろう。お父様とリオンが近寄ってきた。
「素晴らしい技を見せて頂き、ありがとうございます」
私が丁寧に礼をとると二人、特にお父様が照れたような顔つきで頬を指で掻いた。
「ああ、ちょっと久しぶりの楽しい旅だったので、羽目を外してしまったか」
「一緒に馬首を並べて歩くなんて本当に久しくな……ありませんでしたからね」
リオンも嬉しそう、いや違う楽しそうだ。
「夕食も楽しみにしているぞ。興が乗ったら、冒険時代の事を話してやってもいい」
「本当ですか?」
「ああ。色々な事を思い出した。……ずっと、あの冒険の話は俺一人の中にしまっていたが、もう解き放ってやってもいい頃だ」
「お父様……」
噛みしめるようなお父様には、遠い輝きを懐かしむような思いが見て取れる。
「お任せ下さい。美味しい食事、全力でご用意しますから!」
そうして、その日の夕飯に私は腕を振るった。
テーマは冒険風ディナー。メインは冬だし、暖かいクリームシチュー。それに薄切りにしたお肉を大きな鉄串に巻いてじっくりと焼き上げたケバブ。サラダはスティック風にして食べやすく。後はカナッペで彩を添える。デザートは取りやすく食べやすいパウンドケーキとクッキー。
既に恒例となった旅行初日の立食パーティ。大人数でワイワイ食べると本当に楽しい。
「美味いな。これは……」
お父様も気に入って下さったみたいで
「そういえば旅の定番はシチューや焼き肉だったな。料理はいつもリーテに任せていた。時々、ミオルが手伝っていたが『ライオとアルフィリーガは手伝わなくていいから! 仕事が増える!!』っていつも怒られていた」
お約束通り、というわけではないのだろうけれど、旅の時代の話を懐かしむ様にして下さった。
今まで、自分から旅の時代の事を殆ど話すことが無かったという戦士ライオットの話に子ども達は勿論、随員達も目を輝かせて周囲に集まる。
みんな、不老不死後、勇者伝説を唯一に近い娯楽にして生きてきたわけだから。
リオンも止める様子はなく、少し離れた壁沿いで静かに目を閉じて聞いているようだ。
「俺と、精霊国の戦士 アルフィリーガとの出会いは旅を始めて間もなくのことだった。
魔王討伐の任を受け、俺と魔術師リーテ、神官ミオルの三人がアルケディウスを出て数か月。たどり着いた山奥で俺達はそいつと出会ったんだ」
戦士集結は何時の世も夢とロマンがある。
いつしか私も聞き入っていた。
「金色の獅子のように思えた。
たった一本の短剣で、自分の数倍もあろうかという巨大魔性を切り刻んで立つ美しい男の姿は」
時の彼方から現代に蘇る勇者の物語に。
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