【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 ビールの復活

公開日時: 2021年11月7日(日) 10:50
文字数:3,648

 秋の大祭が今日から始まる。

 初日は神殿で、戦勝を感謝し、指揮官の妻が祈りと奉納の舞を捧げるのだと聞いた。


「御覧なさい。これが、奉納の式典で身に付ける舞の装束なのです」

「素晴らしく…美しいですね」


 そう言ってメリーディエーラ様が特別に見せて下さったドレスは純白で、サークレットで止められた薄いヴェールも白で本当に美しい花嫁衣裳のようだった。

 チェルケスカと似たイメージの白い上衣は肩の所から長くショールのように腕に乗り、内側に着るドレスは二腕の所から袖が二つに分かれて、長く下に流れている。

 どちらも、ふんわりとした柔らかい布なので舞うと風にたなびくように美しく揺れるのだ。

 胸元は精緻な白銀の糸の刺繍。同じように細かい刺繍が施されたベルト。

 舞の衣装なので裾はそんなに長くない。靴が見えるか見えないか位の丈のドレスでメリーディエーラ様が踊ればそれはとても美しかろうと思う。


「踊った後は、とても疲れるのであまり好きではないのですが、これも皇子妃の務めです」


 本来国の皇女、王女などが神に祈りと感謝を捧げるものらしい。

 今、どの国にも未婚の王女、皇女はいないし、この国は皇子ばかりで皇女がいないから皇子妃が舞うのだとか。

 なるほど。

 ちなみに奉納の儀式は皇族でも、皇子妃とその伴侶しか入れないし見れない。


 奉納の儀式が終わり、二の木の刻、こっちの感覚で言うとお昼から大祭が始まる。

 のだけれども…。


「うわああっ! な、何これ?」


 大祭開始二刻前。

 私達ゲシュマック商会の者達が、広場に辿り着いた時には、もうとんでもない光景が目の前に広がっていた。

 広場の南端に配置されていたゲシュマック商会、本店の屋台前にはまだ二刻前だというのに広場の端まで続くような行列が既にできあがっていたのだ。

 その数、ざっと数百人。


「ああ、来たな。マリカ」

「リオン!」


 列の横で兵士達に声をかけていたリオンが私達を見つけて駆け寄ってきてくれる。

 大祭の警備があるから、と。本当に朝早く出かけていたけれど。


「な、何、これ?」


 呆気にとられる私にリオンは首をしゃくって説明してくれる。

「去年のことがあるからな。念の為と思って土の刻に来てみたら既に何人かが入り口近辺に屯ってってな。

 入り口を開ける為に列を作って並ばせといたんだ」

「あ、ありがとう。でも、これ、本当にゲシュマック商会のお客でいいの?

 今年のゲシュマック商会の料理は、ビールセットと持ち帰り菓子だけだよ。一食小額銀貨二枚だよ?」

「一応確認はした。張り紙もしてあったから見ろ、とな。

 でも、数はそんなに減らなかった。他の料理の店にもそこそこ並び始めてるけど、ここに並んでいる連中は少額銀貨二枚でも、ゲシュマック商会本店の料理が食いたいって奴だ」 


 ごくりと、唾を飲み込んだ喉が音を立てる。

 張り紙には

『麦から作られた酒が復活 つまみ、カップ込み 限定二百食 小銀貨二枚』

 としか書いておかなかったからまさか、ここまで人が集まるとは思わなかった。

 銀貨二枚のランチに、しかも初日なのに。

 どうして、ここまで期待が膨れ上がっているのかよく解らないけれど、とにかく今は対応あるのみ。


「皆さん、開店の準備、急いでください。男の方は騎士団から列を引き取って横入りされないように厳重注意で。

 あと、どなたかエクトール様をお連れしてきて下さい!」


 今回初お目見えとなる麦酒の作り主。

 エクトール様は、空の日の夜からオルジュさんと一緒に王都に来ている。

 アルケディウスの麦酒復活の瞬間を見たい、というのが最初の時の約束だったから。

 木の刻に開店の様子を見て頂く予定だったけれど。


「こ、これは…」


 使用人に案内され、やってきたエクトール様はお抱え魔術師オルジュさんと、広場の端から端まで続く列を目を白黒させながら見つめている。

 私はエクトール様の元に駆け寄り、集まった人々を指し示す。


「どうか、ご覧ください。エクトール様。

 全て麦酒の復活を待ちわび、どんなに高くても並んでも味わいたいと願う人々でございます」

「本当に…麦酒の復活を人々は待ちわびてくれていたのか?」


 今まで私達が絶賛し、皇王陛下直々にもお褒めの言葉を頂きはしたけれども、多分、実感は湧いていなかったのだろう。

 五百年の時を超えて世に出た麦酒が本当に受け入れられるか、不安もあったと思う。

 でも、これを見ればそんなのは杞憂だったと解る。

 麦酒は、本当に人の世に必要とされていたのだ。

 契約店主達が自慢し、振舞った豪商や上客。その話を聞いた移動商人。

 そして意外な事に、リオンの部隊で麦酒の味を覚えた一般兵とその話を聞いた仲間などもちらほら。

 貴重な給料を握りしめて並んでいるようだ。


 感慨深げにエクトール様が目を細めるその頭上で、鐘がなる。

 木の刻。

 大祭の開始を告げる、一際大きな鐘だ。


 私は大きく深呼吸をして、傍に立つエリセと共に前に踏み出す。


「お待たせいたしました。ゲシュマック商会の大祭屋台、開始いたします。

 どうか押さないで順番にお並び下さいませ」


 一刻も早く、という急いた顔の客たちは、その声を聴いて少し足を緩めてくれる。


「今回のゲシュマック商会の商品は、『新しい食』ビールと料理のセットメニュー二種類になります。

 少額銀貨二枚ですがよろしいですか?」

「ああ。構わない」

「軽い味わいのピルスナー、濃い味わいのエール。どちらにいたしましょうか?」

「両方、はダメなんだな?」

「はい、申し訳ありませんがどちらか、となります」

「では、ピルスナーとやらの方を」

「かしこまりました」


 程なく供せられるのは温めたプレッツェルと焼きたてソーセージ、ベーコンの乗ったお盆と、並々、金色の液体の入ったジョッキのセットだった。

 盆とカップ込みで少額銀貨二枚。受け取った男性は、その盆を持ったまま広場の端にしゃがみ込む。

 周囲の注目を浴びているとも、麦酒の製作者が目を見開いて自分を見ているともの知らず、彼は、恐る恐るという様にまずは、ジョッキを手に取った。


 そっと金色の液体に口をつけると、ひんやりとした感覚が唇に伝わったようだ。

 彼の眉が微かに上がる。

 肌寒くなってきた空の二月に、冷たい飲み物? そんな微かな失望は、けれど次の瞬間消えて失せただろうことが解った。


 ごくり。

 喉を黄金の液体が滑り降りた途端、彼の顔つきが変わった。

 ごくりぐびり、ごくごく、ぐびぐび。

 貴重で高い、少額銀貨一枚以上のピルスナーは、彼自身止める事もできない勢いで、その喉に吸い込まれていく。全て飲み干さんばかりの勢いを、必死の意志で三分の一残して、彼はジョッキから唇を話した。


「はああっ」

 吐き出した息には、熱く甘い酔いが宿っている。

「酒だ…。本当に、これは酒だ…」

 目つきも、表情も、それを飲む前と飲んだ後ではまるで別人に見える。

 彼はそのまま塩味のプレッツェルに歯を立てた。

 小麦の香ばしい味わいと、微かな塩気が口の中に広がっていく。それを麦酒で洗い流すとまた吐息が零れた。

 今度はソーセージ。食べやすいように串にさしたそれにかぶりつくと、皮が音を立てて弾け、脂の濃厚な味が口一杯に広がる。

「こんな、奇跡が…幸せが…この世にあったのか…」


 彼が、何の嘘も飾りも無く溢した賛辞は決して彼一人のものではなかった。

 買う客、飲む客、全てが同じように、歓喜、感嘆の思いを溢れさせ、麦酒を飲んでいたのだ。


「このピルスナーと言う奴は、爽やかでキレがある。そっちのエールという奴はどうだ?」

「こっちは濃厚だ。味わいが深いな」

「どうだ? 半分交換しないか?」

「いいのか?」


 飲む人々、全員が笑顔になる。

 酒精も入って気持ちも明るくなる。


「素晴らしい!」「美味い!」「最高だ!!」「不満はただお代わりができないことだけ」

「最高の酒に乾杯!!」


「エクトール様?」

 店を、麦酒を買う人々を、そして、それを飲む人々を。

 固唾を呑む様に見つめていたエクトール様は気が付けば眦を押さえていた。

 頬には銀色の雫が流れ落ちる。


 無理も無い、と思う。

 この瞬間、本当の意味でエクトール様と蔵人さん達の五百年の努力は報われたのだから。


「エクトール様。どうかこの冬にはぜひ麦酒蔵拡大の為のご指導を。

 荘園も設備拡大するというのであれば、ゲシュマック商会がお手伝いいたします」

「ああ、そうだな。麦畑も拡大し、使っていなかった釜も修理しよう…。

 できるなら、もっともっと多くの者達に、気軽にこの酒を味わってもらいたい」


 麦酒 ビールはもっとも身近な穀物で作られてきたが故に、庶民に一番近い酒だった。

 エクトール様が言う通り、叶うなら麦酒は一杯一万円なんて金額ではなく、仕事帰り疲れた人達がポケットに入れた小銭で疲れと渇きを癒す。

 そんな飲み物になって欲しい。

 私は、本当に幸せそうな顔で、商売も何もかも忘れて麦酒を飲み干す人々を、エクトール様と同じ思いで見つめていた。



 かくして、ゲシュマック商会本店の用意したビールセット四百食は、僅か一刻と持たず完売。

 ビールの復活は王都の伝説となり、夏の大祭と同じか、それ以上の力で『新しい味』食の力を人々に知らしめたのだった。


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