もうシュトルムスルフト滞在最終日になった。
女王と女王は今も、まだ会話をしている。
フェイを囲み、精霊の書物から発見された様々な知識、蒸気機関の話や精製技術、石油から生み出される繊維など石油製品の話など。
従者達の心配をよそに国を少しでも良くしたい、という会話は日が代わっても止む気配がない。
そんな彼らを遠くから見つめる者達がいる。
「熱心だねえ。これはプラスチックとかスマホとか、ナイロンとか生まれるのも時間の問題かな?」
「この世界なら、『精霊の力』で分解もしてやれる。向こうのように環境問題になることもなかろう。
うむ、石油繊維に『精霊の力』で保護加工を施せば、耐熱に優れた新素材ができそうな気がするな」
「そうだね。色々と楽しいことがまたできそうだ。楽しみにしてるよ。ジャハール」
「まさか、五百年以上も手付かずだった論文クラスの書物をああも簡単に読み解ける者が出るとは思わなかった。トンビが鷹を生む、とは先生の国の言葉だったか?」
「『そういう言葉はトンビに失礼。トンビにはトンビの、鷹には鷹の役割がある』までが一セットだよ? ジャハール」
「ああ、確かに先生ならそういうな。多分」
肩を竦め、懐かしものを思い出すように、少年は少年に頷き返した。
不思議な青白い空間で、彼らを見つめる不思議な窓を開けて。
一つの国での冒険の終わり。
それを見つめる保護者達の眼差し。
精霊達の内緒話。
不思議な無重力空間に彼らは浮かび、空中で子ども達の映像を眺めている。
もし異世界知識を持つマリカが冷静な状態でこれを見るなら
「どんな方法でこれやっているんですか? どこかにカメラとマイクがあるんですか?」
と目を輝かせるかもしれない。
この世界において、そして『精霊神』達にとって。
空気も、水も、時には人間自身でさえもカメラであり、マイクなのだがそれを説明するつもりは彼らになく、権利も権限もない。
人の器をもっていた時にはまだ、もう少し抗えたのだが。
「……ジャハール。すまなかったな。我が子らの愚かな行動で、お前の国と王を傷つけてしまった」
「気にしないでくれ。アーレリオス。
最後の引き金を引いたのは俺の子ども達だ。プラーミァの者達がやったことはきっかけに過ぎない。
子ども達に力を持つものとしての自覚や責任を教えきれなかった俺のミスだ。
自分の力に調子に乗ったり人の話を聞けなかったり。
相手の気持ちや立場も考えず、自分の思い通りにならないと怒ったり、力を持つものを羨んだり。
本当にあの子らは悪い方で俺に似た」
「ジャハール」
火の精霊神の謝罪に風の少年神は笑って首を横に振った。
自分に与えられた力は人間の夢、空間を飛び越える正しく魔法だった。
遠い昔、思うさまそれを使って悪さを働いた自分を、先生は決して声を荒げることなく丁寧に、寄り添ってくれた。
そして、他人の為に力を使う喜びを教えてくれたのだ。
彼女と同じことは自分にはなかなかできそうにない。
「そうは言っても……」
「マリカも言っていただろう。過ぎてしまったことは取り戻せない。
でも、新しく始めることはできる。要はこれからだ。
ネットワークもかなり繋がったのだろう?」
「ああ、まだ『星』の支配権は七割あちら側だが、完成の暁は五割に戻せるだろう。
『星』の力を足せば奴から『星』を取り戻せる」
「そう簡単な話でもないよ。なんせ『星』の上にいる子ども達はほぼ全てあっちの支配下にあるんだから。子ども達を人質にされちゃうと僕らは手も足も出せないからさ」
「それもそうか……。だが、少なくとも自国の者達の『気力』を全て奪われる現状は打破できた。後はあちらの出方を待つしかあるまい。下手に手を出せば藪から蛇を出すことになる」
「あいつも『守るべきもの』がある。
一度目覚めさせてしまったら、二度とやり直しは効かない。
手駒を失った今、なかなか攻勢に出ることは難しいのではないか?」
「その間にマリカとリオンが育ってくれればいいのだが……。
そんな顔をするなラス。こればかりはどうしようもないことだぞ」
「解ってる、解ってるけどさ……」
不服そうに頬を膨らませる木の少年神は、懸命に自分に言い聞かせているようだった。
「正直、もう無理だろう? あれからもう何百年、いや何千年も経っているのに。
どうして戻れるって思ってるのかな? 戻ったって先生も、誰も知っている人はいないのに。
知っている風景だって、きっともう無いのに」
「理屈では無いのさ。俺達には皆がいた。
必要な時に間違っていると教えてくれる人がいた。
奴にはそれがいなかった。それだけの話なんだきっと」
「ジャハール」
「だから、結局のところ、最後には究極言語で解り合うしかないだろう?
あいつを力で叩きのめして、諦めさせて、そして受け入れる。
俺は先生じゃないから、きっとそれしかできないし、あっちももうそれ以外受け入れられないと思う」
「結局、君はそっちの方向に行くんだね。でも……この場合は真理かな」
「ああ、もう話し合いでどうにかなる線は超えている。
後は、こちらが『彼』を凌駕する力を手に入れて、『彼』を止めるしかない」
「……止められると思う?」
少年神の真摯な問いかけを二人の年長者は真剣に受け止める。
「二人の成長次第だな。
俺達七人揃えば五分に持っていける。後は言葉が悪いが手駒がどこまで使えるか、だろう?」
「力が上回っている今のうちに、とあちらが攻勢を仕掛けてこない理由がそこなのだ。今、『彼』には使える手駒が殆どいない。
手駒を育てるか、こちらの手駒を奪い取ろうとするか。必死で考えている筈。それが為の空白期間なのだ、今は」
「チェスと同じだな。こちらの手駒を奪って相手のものにされたら負け。その前に攻勢をかけるか、相手の手駒が弱いうちに奪い取れるか倒せれば勝ち」
「今、盤面はほぼ相手のものだが、調子に乗って手を広げすぎて、手駒をすべて失っている。
こちらには駒が増えているが、まだ一人一人は弱い。もう少し時間が欲しい所だが……」
「時間は与えれば与える程、向こうも有利になる。手駒が増える。難しいな。
俺が拳で片付けられば早いのに」
「それに、勝ったとしても、その後の事も考えなきゃならない。
……十万。なんとかなる?」
今度こそ、場に沈黙が流れた。
冷静に彼らは試算し応える。そこに感情が入り込む余地はない。
「……今の時点では、無理。あいつを倒すということは、力を引かせるということだから。
あいつの力を計算にいれないで、この星と俺達だけの力で、となると難しい。
『星』も限界に近い。
ギリギリの『力』を、あいつに奪われないように全力で捕まえて力を送り込んで、子ども達の尻を叩いて技術を育てても……あと三年は欲しいな」
「そんなところだろう。正直空白の五百年があまりに痛い」
「あと、三年……か。その間に、マリカはきっと僕を追い越して大きくなるね」
「ラス……」
少年神が見せた憂いは一瞬の事。
「ううん。いいんだ。それはとっても喜ばしい。
あの子を大人にしてあげられないのは、ちょっと悲しいけれど、でもその時までは絶対に守るから。
僕も全力で大地に力を送る。まずは食料を確保しないとそれどころじゃないからね」
彼の笑顔という名の決意に他の二人も今は余計な事は言わない。
「ああ、頼んだぞ。何かあったらすぐに駆け付けて助けるから」
「お前なら、それが口約束にならないのがありがたいな」
「ネットワークに移動用の回路を積んでおく。
完成すれば、楽になるだろう? あの子達じゃないが情報と連携を支配したものが世界を制する。
後一か所、頼んだぞ。アーレリオス」
「ああ、任せておけ」
ただ、やるべきことをやるだけだ。
「『彼』は一人。僕らは八人と+α。その時点で勝負はついてるんだけどね」
目を伏せた少年神の背を、もう一人の少年が強く叩く。
勇気づけ、励ますように。
「逆に、九人に戻れれば怖いものはないんだ。
だから、早く教えてやろう!」
「うん、頑張るよ。
僕らの為にも、あの子達の為にもね」
笑いあう、二人、いや三人の『精霊達』
彼らの視線の先には、今もなお未来を見つめる子ども達の笑顔が輝いていた。
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