【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 魔王エリクスの罠 後編

公開日時: 2024年6月23日(日) 08:38
文字数:3,663

 瞬間、時間が止まったような気がした。

 呻き声さえも殆ど立てずに、血を吐き、崩れ落ちるリオン。

 それを、モノを見るような眼差しで、微笑さえ浮かべて、微笑む私。


「な、何故、姫君があそこに?」


 驚愕の表情を浮かべるスーダイ大王や、エルディランドの騎士達。

 でも、私達には解った。まさか、こんな最悪なやり方をしてくるとは!


「ノアール!」

「やりすぎですよ。ノアール。本気で殺しては困ります」


 ぴたりと、自分に寄り添う『私』をちょっと困ったような笑みを浮かべながらエリクスが諫めていた。

 私の声なんか聞こえていないのだろうけれど『私』だった外見が溶ける様に変わって別の白いドレスの少女に変わる。


「大丈夫ですわ。エリクス様。

 とっさに、身体を捻って急所を外したようです。それに、重要なのは精神と魂であり、肉体はある程度作り直せると、あの方は申していたではありませんか?」

「それでも、です。今日、明日で簡単に作れるものでは無いですから。魔性の戦士として相応しい容に作り直すとしても時間がいるのですよ。間に合わなかったらどうするのです?」

「そうですね。申し訳ありません」

「まあ、これくらいしないと彼は大人しく、私達に着いてきてはくれないでしょうか仕方な……!」

「あっ!」


 余裕を浮かべた表情で、訳の分からない事を話し合っていた、彼らが慌てた表情を浮かべている。

 誰もが驚きに身動きもできないでいた、空白の中。

 一人、冷静さを失わないでいた人物がいた。


「ソレルティア!」


 彼女は二人の魔王の間に瞬間移動。地面に膝を付き倒れたリオンを掻っ攫って戻ってきたのだ。瞬きの間の神業だった。


「リオン!」


 私はリオンに駆け寄った。ナイフが深々と胸の中央に突き刺さっている。

 凄い出血だけども、まだナイフが蓋になって大量出血は防止されているのかもしれない。

 息は、弱いけれど、まだある。

 直接現場を見てはいないけれど、戦いの側に『私』の姿をしたノアールが登場。

 驚愕したリオンは、とっさに敵に背を向け『私』を庇う。その私が、心臓の中央を一突き、という感じだろう。

 抵抗した感じは見られない。

 ただ、ノアールが言ったように、至近距離から刺された割にナイフが浅いのは女性の力ということもあるけれど、私じゃないことに気付いて、ギリギリの瞬間、離れようとしたのかもしれない。


「ノアール!!!」


 私はもう一度彼女を睨みつけた。

 これが、魔族流の戦士の抵抗を封じる方法なのかもしれないけれど。

 いくらなんでもこれはやりすぎだ。

 でも、私の怒りなどどこ吹く風。


「……どうしましょうか? 奪い返されてしまいましたわ。リオン様の身体。

 持ち帰ってくるようにとの御命令なのでしょう?

 奪い返しますか?」


 ピクリと、ノアールの言葉に周囲の戦士たちが身構える。

 さっきのソレルティアのように、転移術でノアールが私達の間に飛び込んで来ることを警戒したのだろう。

 私も、リオンに覆いかぶさるように抱き着く。ソレルティアやカマラも同じようにリオンを守ると、表してくれた。

 転移術は、手に触れている者などを一緒に運ぶことができるけれど、複数人が身体に触れていれば全員、連れて行ってしまう筈だ。


 完全に警戒されていると解ったのだろう。

 エリクスは肩を竦めて首を横に振る。


「仕方ありません。次の機会を待つとしましょう。彼らを怒らせた状況で無理をするには、少しリスクが大きすぎます。

 主には、私から謝っておきますので」

「待ちなさい! エリクス! ノアール!」

「僕達に構っている暇はあるのですか? 彼を治療するつもりなら時間はあまりないのでは?」


 私の叩きつけるような怒りを軽々と受け流してエリクスが哂う。

 確かにそうだ。私の腕の下のリオンの鼓動や息が弱まってきている。


「魔性もだいぶ減らされましたが、ある程度の『精霊の力』は回収しました。

 まあ、今回は痛み分けと言う事にしておきましょう。では」

「ごきげんよう」


 余裕綽々という顔で彼らは姿を消した。

 本当に一瞬の間に消えたので、ノアールの転移術だろう。

 追いかけている時間も、気にしている時間もない。


『マリカ!』

「エーベロイス様」

『出血がかなり酷いし、肉体の損傷も大きいぞ。私がやるか?』

「大丈夫です。私がやります。リオンの治療を他の誰にも任せません。

 邪魔されないように周囲の警戒をお願いします」


 側に寄り添って下さる精霊獣にも正直気を向けている余裕は無い。

 私は改めてリオンの傍らに正座した。

 ナイフを抜いてから一瞬の勝負。深く集中、自分の中の『精霊の力』を高める。


「マリカ様」


 後で聞いたら青紫の不思議な光が私を包み、発光していらしいけれど、そんなことを気にしている余裕は無い。目の前のリオンに集中。

 胸上のナイフに手を触れ、そっと引き抜いた。


 ぶしゃあ、と。

 まるで噴水のように血が立ち上がり、私の身体と服を赤く染める。

 多分、心臓か、肺か。動脈系が切れている。

 でも気にしない。傷口の上に、血を押さえつけ、体内に戻すイメージで両手を重ねて、祈り、願う。


(リオンの傷を、塞いで! 血も止まって、元の健康で強い、戦士に戻りますように……)


 皆が固唾をのんで見守る中、私の身体から、力がぎゅんぎゅんと音を立てるような勢いで、リオンに、治療に引き出され、流れていく。

 同時に傷口がぷくぷくと泡立つ.。鋭利な刃物で切られた傷口が泡の下で、ゆっくりと修復されるように閉じていく感じ。私からは表面しか見えないけれど、内部の血管も塞がっている筈だ。そう信じたい。


 力が一気に引き出されて行くので、なんだか頭が朦朧としてきた。走馬灯まがいの色々な思い出が流れていく。

 リオンとの出会い。猪に潰されそうになったところを助けて貰ったコトから始まってリオンの転生者、元勇者の告白から、一緒に魔王城で過ごしたあれやこれやが。

 走馬灯、っていうのは人間の頭の検索機能だという説を聞いたことがある。

 自分のピンチに、助けてくれる情報が無いか探している状況なのだとか。


 助けてくれる情報はともかく、思い出す度、力は湧いてくる。

 リオンは、私にとって大事な人だ。この世界にとっても失ってはならないかけがえのない存在。魔王達にとっては、どちらにしても邪魔者。死んでくれても問題なしって感じなのかもしれないけれど。

 自分自身に気合を入れ直す。

 こんな所で死なせない。絶対に!


 前に、毒のナイフで刺された時の傷を塞いた時と桁違いの力を使われ、奪われて行く。

 ここまでに、他の人の治療で力を使っていたこともあるし。

 もう、すっからかん。これ以上引き出されたら、ヤバい。と感じたその時、だった。

 固く、閉じられていたリオンの目が動き、薄く開いた・


「……どうして」

「リオン!」

「……『私』を治療する?」


 リオン、いや魔王マリクだ。

 言われて、私はハッとした。

 治療の前に丸薬を飲ませるつもりだったんだ。でないと魔王マリクを封じられない。

 すっかり忘れていた。

 でも、今から丸薬を取り出している余裕は無いし、手を傷口から離せない。

 それに……


「貴方も、リオンでしょう?」


 私はどこか、惑うような瞳の魔王マリクに微笑みかける。

 うん、そう感じる。


 根は真面目で、周囲に迷惑をかけられない気遣いの固まり。

 戦いの中で、とっさに現れた私を、見捨てられずにきっと庇って刺された優しい思いはリオンと同じ。ううん。この人を元にしたからこそ、リオンという人格が生まれたのだ。

 きっと。


 魔王になれ、と役割を被せられなければ、きっと人々に思いやりを向けられるいい指導者になっていたのだろう。

 そんなに長い間じゃないけれど、一緒に過ごして、私は『魔王マリク』もそんなに嫌いでは無くなっていた。


「お前らは……同じような事をいう。『星』の精霊はつくづくお人よしなのだな」

「え?」

「痛いし……、疲れた。

 暫く眠るから、返してやる。いずれ……、あの方に、真意を……確かめる……まで……」

「マリク?」


 開いていた目がまた閉じて、身体全体に戻っていた力が抜ける。

 傷は、完全に塞がって、鼓動もしっかりとしてきたのに、反応がない?


「しっかり! しっかりして!!」

「……マリカの声。なんだか……久しぶりだ」


 必死で呼びかける私の頬に、すっと手が伸びる。


「あっ……」

「ああ、やっぱり……世界は、暖かいし、キレイだな」

「リオン!」


 その手を握り、私は彼の瞳を見つめる。露に濡れたような優しく暖かい夜の瞳。

 全てを包み込むようで、どこか照れくさそうな笑顔。

 エミュレートなんでできない。この仕草は、微笑みは。

 大好きで世界に一人だけしかできない、彼だけのもの。


「リオン!」


 私はリオンの首にしがみつく。

 毒に犯されて、魔王マリクと入れ変わった時、と同じシュチエーション。

 でも、あの時とは違う。今度ははっきりと解る。間違えない。

 彼は、私達のリオンだ!


「お帰りなさい。リオン」


 私の思いを、身体を、リオンはしっかりと受け止めてくれる。


「ああ……ただいま。マリカ」


 ホッとして、安心して、全身の力が抜けた私は、リオンの腕の中で意識を失った。

 力を使い果たしていたこともあったのかと後で思う。



 ドクン。

 胸の奥、何かのスイッチが入った音に気付く事もなく。


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