風の一月第二週 火の日。
今年もいよいよ騎士試験本選が始まる。
年に一度、この日の為に作られた闘技場は、既に観客でいっぱい。
超満員だ。
騎士試験の本戦は御前試合。
主催は騎士団長である第三皇子ライオットで、その傍らには皇子妃ティラトリーツェ様で、私の席も今回はその隣に在る。
去年は、お二人の従者としてこの場にいたんだよな。と思うと感慨深いけど。
皇王陛下、皇王妃様。第一皇子、第二皇子も夫人同伴で席に着いた。
アドラクィーレ様はかなりお腹が大きくなっているけれど、安定期に入っているので顔色は良さそうだ。
王宮魔術師見習い、フェイは去年と同じ、皇王陛下の後ろにソレルティア様と一緒に立っている。
リオンは本来ならライオット皇子と私の護衛に立つが今回は私の希望もあって、カマラの付き添い、セコンドについているのでここにはいない。
騎士試験はある種の人達にとっては予選がメインだ。
無位無官の人間達にとって、コネや金銭が無くても騎士試験の予選を通れば準騎士としての資格を得て、地位と力を持つに相応しい存在、上位者、支配階級の一人として尊重される。無位無官の人達はまずそれを目標にするから。
そこからさらに上を目指す人は騎士試験の最高位、優勝。
騎士貴族を目指す。
本選参加、準騎士が公務員試験合格とすれば、騎士貴族は司法試験合格と言う感じ。
一段上の士官として扱われる。
気力の無くし日々をただ生きる者が多いこの世界で、戦士達にはまだやる気がある人が多いというのは意外だが納得できる話でもある。
「出場者、入場」
厳かな宣言に背を押され出場者たちが入ってきた。
万雷の拍手が鳴り響く中、今年も一六人の戦士が入場してくる。
ショートソードを身に帯びたカマラと、長い槍を持つミーティラ様。
ミーティラ様の得意武器が鎗だと私は、今初めて知った。
「剣も槍もどちらもそれなりに扱うわよ。護衛として室内で戦う時には槍だとどうしても邪魔になることが多いですからね。
逆に広い場所や一対多数になる戦の時には槍を多く使っていたかしら」
とは親友であるお母様の談。
なるほど、TPOに合わせて使い分けてるんだ。
本選参加者に二人の女性が入っている事は騎士試験の歴史上初めてだと聞く。
過去五百年の歴史の中で女性が騎士試験に合格したのは僅か三回だけ。彼女らの誰も本選で一回戦を勝ち抜いた者はいないそうだ。
やがて参加者が、正面に設えられた皇王陛下と皇子達の席の前に並んで跪く。
皇王陛下に軽く会釈をして前に進み出たライオット皇子。
彼が立ち上がった瞬間、会場内が正しく、水を打ったように静かになる。
国内騎士の最高位、生きた伝説。
崇拝する者も多いお父様のカリスマをこういう時感じる。
立つだけ、動くだけで人を引きつける魅力、人心の吸引力は怖い位だ。
「皆の者! 見るがいい。ここに新たなる皇国の守護たる騎士が生まれた」
彼の言葉に会場が揺れた。
「ここに立つ者は皆、一騎当千の勇士である。それを今、披露しよう。
彼等の活躍を目に焼き付け、そして安堵するがいい。
護国を志す戦士達。彼らがある限り、この国の平和は守られると!」
去年も聞いた定型セリフっぽいけれど、皇子が語ると強い説得力をもって心に響く。
「これより、騎士試験 本戦。御前試合を開始する!」
割れるような喝采と、歓声と共に年に一度の祭典。
騎士試験本選が幕を開けたのだった。
トーナメントのくじ引きには予選と違ってお父様の操作は利かない。
だから最悪の場合は一回戦でカマラとユン君、ミーティラ様とヴァルさん。
身内が当たることも在りうると思っていたけれど、どうやらバラけてくれたようだ。
第一戦に出て来たのはヴァルさんだった。
相手は騎士試験合格率は高いけれども、上にはなかなか行けない(偏見)タイプの鎧騎士。
騎士試験ベテラン(ごめんなさい)のヴァルさんにはあしらいやすい敵だったのだろう。
雷と呼ばれる動きで敵を翻弄し、足を鋭い穂先の連撃で縫い止める。
鎧騎士が扱う大ぶりの戦斧は当たれば一撃のダメージは大きいけど、当たらなければ意味が無い。
ヒット&アウェイで敵の体力を削り、相手の手元をピンポイントの槍履きで狙い、武器を落す。
終始ヴァルさんのペースで戦いは進み、安定した強さで勝利を勝ちとった。
アルが教えてくれた、今回の騎士試験の下馬評。(騎士試験は半ば公認でトトカルチョが行われているのだ。本人達は嬉しくないだろうけれど、禁止するほどの害はないとお父様も皇王陛下も黙認しているので仕方ない)一番人気なのが伺える強さだ。
ちなみに下馬評によると「若き英雄の有能な副官」「騎士試験本選常連 安定した実力」と評価されて一番人気がヴァルさん。同じく騎士試験の常連、大貴族パウエルンホーフ侯爵家の剣士レスタード卿。その次が第三皇子妃の護衛、アルケディウスで少し名の知れた女騎士ということでミーティラ様。
後は均等にと言う話らしい。
ニューフェイスは今年も三人で、カマラと、ユン君ともう一人若手の剣士。
その中では外国の騎士貴族ということでユン君の人気が一番高く、その後ろが若手騎士。
カマラが最下位と聞いている。まあ、順当と言えば順当かな。
第二戦にまた知った顔が現れる。ユン君だ。
ということは二回戦、第一試合はヴァルさんとユン君か。
去年はリオンに準決勝で負け、今年はユン君に負ける。
ヴァルさんも気の毒に。
いや、負けると決まったわけでは無いけど、ユン君はリオンの師匠クラージュさんだ。
ヴァルさんに去年勝ったリオンが未だに完全に勝つ事はできてないというのだから、厳しいんじゃないかな?
そんな事を無責任に思っていたら、一際高い鋼の音が響く。
いけない。ユン君の試合開始を見逃した。
と思っていたら、
「勝負あり! 勝者 エルディランドのユン!」
「へ?」
審判が高らかに宣言している。
相手は、どうやらニューフェイスの若手戦士だったらしいけれど、開始一秒。
勝負はついていた。
剣を取り落とし、手首を押さえる若手戦士。
彼の前で悠然と剣を鞘に戻すユン君。
誰もがあっけにとられる中、お父様だけは、昨年のリオンの圧勝を見るような楽しげで、納得したような笑みを浮かべている。
騎士試験本選。
後に『聖なる乙女の騎士達の舞』
そう語り継がれるアルケディウス伝説の戦いの幕が上がったのだった。
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