ちょっと信じられない自分の変身ぶりに私は完全に硬直していた。
元のマリカの面影は確かにある。でも、明らかにバージョンアップというか、マリカを基本に作り替えられたというか違う容になっている。
「今、貴女の変化を知るのはフリュッスカイトの元公主様と、公子妃様。そしてここにいる貴女と私の腹心だけです。
リオンやフェイにもはっきりとしたことは知らせていません。おそらく察してはいるでしょうけれど」
私はお母様の言葉が聞こえないくらい、自分でも呆れるくらいに狼狽していた。
そもそも、身体の成長というものは、こんなに急激に行われるものじゃない。
少しずつ目に見えないような小さな変化が積み重なって大きくなるものだ。
こんな一日二日でここまで変わるなんてありえない。
レベルアップして進化やクラスチェンジするゲームじゃあるまいし。
「な、なんでこんなことになっているんですか?」
「それはこっちが聞きたいわ。どうして貴女が急にこんな著しい成長をすることになったのか? 魔王城の精霊や『精霊神』様から話を聞いてはいませんか?」
「い、いえ、特には……」
目覚める前に見た薄ぼんやりした夢の記憶を思い出す。
あの時ラス様は、私の身体が変化したことを知っていた筈だ。
詳しい説明は無かったけれど
『君はもう今までのように子どもとして自由に生きることはできなくなるだろう』
という言葉はきっとこの成長を指していたのだと思う。
「水の『精霊神』様は『進水式で『精霊神』様が力を使わせたことで不安定になっていたあの娘のスイッチが入ってしまったようだ』『『星』から『精霊』と『人』を繋ぐ使命を授けられしマリカは『成人』の暁にはその使命に相応しき容になる』とおっしゃっていましたが」
「つまり、私は『精霊』として成人して大人の身体になった、ということなのでしょうか?」
確かに初潮、月経の訪れというのは女性にとって子どもを産める身体になったという意味で大人への第一歩だと言える。
でも、こんなにいきなりやってくるものなのか……。
それに私の成人型と言われていた『大祭の精霊』ともこの外形はどこか違う。本当に。一体何がどうしてこうなったのだろう?
「リオン様もご自分は『精霊』としての封印が解けてほぼ完成された身体になった、とおっしゃっていました。『魔王』によって封印が破られてしまっていたそうです」
「え? リオンが?」
はい、とカマラは頷いた。リオンの秘密と成長の現状。
私は聞いていなかったけれど、カマラには伝えられていて、リオンはいずれ時期が来たら私に説明してやって欲しいと頼んでいたのだそうだ。
「肉体が完成するまで『神』はマリカ様に無理を強いることはできない。『魔王』も目的を果たすことができない。マリカ様と肉体を交わした者は『星』の代行者の全権委任を受ける。
故にマリカ様の肉体が女性として、『精霊』として完成された時こそが『神』が動き出す時だろうと、リオン様は型っておられました」
「肉体を……交わす」
以前、リオンの身体を魔王マリクが支配していた頃、彼は何度か私の部屋に忍び込んできていた。そしてその都度言っていたのだ。
「早く目覚めろ」「自分の使命と力を自覚しろ」
と。彼の言う『目覚め』はこの変化を指していたのだろうか?
精神の成長と自覚が、肉体の成長を促すのだとしたら。
私は本当に『人間』ではなく『精霊』なのだと思い知らせられる……。
「とにかく、貴女が今しなければならないのは、安静にし、自分自身の肉体の変化に慣れること。能力の確認をする事。
そして、暫くの間身を潜める事です」
「身を潜める……ですか?」
「ええ。少なくとも二週間は外に出ることは禁止します。魔王城にでも籠って守護精霊と話をするのもいいでしょう。とにかく外の人間に今の姿を見られないように」
「あ、はい。そうですね」
お母様の言う事の意味が解った。
リオンの時もそうだったけれど、急激な成長、肉体の変化は周囲に違和感を持たせる。
ましてリオンよりも私は、外見の変化が著しい。
外はともかく、ナインペタンだった胸が、数日で巨乳、とまではいかなくてもボリュームアップしたと知られたら絶対に不審がられるだろう。
人間じゃないと変な目で見られたり、逆に生き神みたいに扱われたり、なんてことになればかなり厄介な話になる。ただでさえ、私は進水式で『精霊神』をその身に降ろしたばかりなのだ。アドラクィーレ様が言っていた通り、私やリオンの確保を狙う人達が、私達の変化を知ればさらに確保しようと血眼になることは予想がつく。
「大聖都に連絡を取ってリオンも魔王城に戻すように話をしてみます。魔王を内封しているので危険だという話は聞いたけれど、魔王城の守護精霊は対処可能だと言っていたのでしょう?」
「はい」
どうしてもの時は連れて来ていい。力技で対処する。とエルフィリーネは言っていた。
幸い、リオンは戻ってきたけれど、魔王の現状がどんな風になっているかは解らないから心配で今まで連れて行くことができなかった。
「悔しいけれど魔王城の守護精霊が一番、今の貴女の状態を理解して的確な対処をできると思うの。これからどうしたらいいかも含めて聞いていらっしゃい」
「はい」
これを機にエルフィリーネの力を借りて、魔王を何とかする方法を探してみるのもいいかもしれない。知らない間にまた魔王になられて夜這いをかけられたりしたら超面倒だし。
「マリカ」
「はい、お母様」
私がそんなことを考えていると、お母様の静かな声がした。
言い聞かせるような、導くような柔らかい眼差しに思わず背筋が伸びる。
「以前、貴女とリオンに言ったことを覚えていますか?」
「はい。覚えています」
私一人ならお母様に怒られたことは何度もある。
けれども私とリオンに、という事はリオンが私の部屋に転移術で忍び込み、二人で大祭に遊びに行って、注意を受けた時の事だろう。
「互いに、今後『皇女として』『護衛騎士として』自覚のある行動を」
お母様とそう約束をした。
「私は今も、貴女を娘として守る義務があると思っていますし、貴女には自分自身を大切にして欲しいと願っています」
「はい」
本当の娘どころか、皇女でもない私を慈しみ、加護と保護を与えてくれるお母様には感謝以外の想いも言葉もない。
「ですが、貴女ももうすぐ成人。
肉体的にも一人前の女性としての力を宿しています。
自分自身を大事にする選択の先、愛する相手に身を委ねるのであれば、私はそれを制することはもうしないつもりです」
「お母様。それは……」
「貴女が軽々に、他人に身体を開く娘でないことは解っていますから。
……大事に守り、その時が来たら、大切な人に捧げなさい。
愛し、愛される喜びを貴女にもいつか、知って欲しいと思います」
「はい」
お母様は知らない。
リオンは誰も抱かないと己に誓い、守り続けていることを。
いつか、私とリオンが結ばれる日が来るとしても、それは肉体的なものではなく、精神的なものになるだろうということも。
でも、お母様の言葉はそういう意味を超えた、私へのエール。
お母様の庇護を受ける娘としてだけではない。一人の女として幸せになりなさい。
という励ましだと私は受け取った。
いつか、お父様とお母様のように優しい家庭を作れる大人になりたい。
できるなら、リオンと一緒に。
話を終え、とりあえず私は他の人達に姿を見られないようにそっと、魔王城に向かうつもりだった。
フェイに報告し、リオンと落ち合い現状を話しあってから。
一本の直通通信鏡が、着信と事態の急変を知らせるまでは
『マリカ様!』
「どうしたんですか? ガルフ?」
『大変です。アルが消息を絶ちました! 誘拐かもしれません』
「なんですって!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!