リオンとフェイが秋の戦に出かけて行った。
私達がアルケディウスに来て二度目の戦。
この戦と大祭が終われば、冬はもうすぐそこだ。
戦に関しては、私はほぼ役に立たない。
不老不死者の中で、唯一の子ども。
しかも指揮官として大人を指揮しなければならないリオンは大変だと思う。
でも一緒に行けるわけでもない以上何もできない。
初陣であるリオンの役に立つ様に、荷物を少し預けた後は無事を祈って待つだけ。
あ、ちなみにリオンには試飲会で空いた残りの麦酒と胡椒と塩、それからコンロセットを持って行って貰った。焼き菓子も少し。
麦酒の残りをリオンにあげることにはガルフ達は良い顔はしなかったけれど、多分皇子以外の味方がいないリオンの手助けをしたいと言えば二人も納得してくれた。
どう使うかはリオン次第だけれども、リオンならきっと有効に使ってくれる筈だ。
リオンは無事に勝って戻って来る。
そう信じて私達は、私達に今できる事。
毎日の生活と大祭の準備を始めたのだった。
「おはよう。元気してる?」
私は、仕事の前に毎日孤児院に通っている。
アーサー、アレク、今日はエリセも連れて。
「おはよう」「おはようございます。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
孤児院の男の子達も大分元気が出てきたようだ。
笑顔で挨拶してくれる。
良き良き。挨拶は一日の大事な始まりだもんね。
「おはよう!」「おはよう。今日は何して遊ぼうか?」
「かくれんぼ!」「積み木」「またお歌、聞かせてくれる?」
「いいよ。何の歌がいいかな?」
アーサーとアレクの仕事は、ここで子ども達と遊ぶ事だ。
毎日来てくれて、一緒に遊んでくれる二人に子ども達もすっかり懐いている。
そして今日からは
「プリエラちゃん。クレイス君、おはよう!」
「プリエラちゃん! おはよう!!」
「おはよう…ございます。マリカおねえさん、エリセおねえさん」
「おはよう」
ウルクスの所の姉弟。
プリエラちゃんとクレイス君にも挨拶をする。
ウルクスがリオンと一緒に秋の戦に行っている間、孤児院で預かることになったのだ。
家族となったウルクスと離れるのは寂しいようだったけれど、ここでの生活そのものは嫌がらないでくれているのがありがたい。
エリセは今まで年上の女の子ばかりしかいなかったので、自分より小さな女の子プリエラちゃんが可愛いらしくてよく面倒を見ている。
あ、プリエラちゃんは七歳だというので、エリセとほぼ同じ歳らしいけれど。
でも栄養による身長差とか勉強のことからプリエラちゃんはエリセを「おねえさん」と呼ぶ。
「えへへ、おねえさん、だって」
照れてる。見るからに嬉しそうだ。
うーん。
「エリセ、プリエラちゃんと少し遊んでいく?」
「いいの!?」
「午後からやって欲しいお仕事があるって言ってたから、お昼ご飯までにお店に戻って来れるならね」
「うん! ちゃんとお店に行く!」
「リタさん、カリタさん、いいですか?」
「勿論、構わないよ」
「やったー。プリエラちゃん、一緒に遊ぼう! おままごとしようか?」
「はい! …うれしいです」
やっぱりプリエラちゃんも周囲が男の子ばかりだから女の子と遊べるのは嬉しいらしい。
「私は、今日はお城でお仕事だから、お昼にグランに迎えに来てもらうね」
「もう道おぼえたから、大丈夫だよ」
「そう? じゃあ、気を付けて来てね」
「はーい。いってらっしゃい」
エリセは手を振ってはいるけど、こっちを見ていない。
プリエラちゃんと遊ぶので頭がいっぱいの様子。
まあ、エリセには色々無理させてるし、同じ年頃の友達と遊ぶ経験も大事だし。
だから、私は一人で店に戻った。
私も大分アルケディウスに慣れて、つい危機感が無くなったのだと後で心底反省した。
夏の戦の時、私は護衛を付けて貰って毎日通っていたというのに。
…この世界は、子どもにとって優しい場所ではないと解っていたのに…。
「エリセが誘拐された?」
「いや、未遂で済んだんだけどな」
お城での仕事を終えて、戻ってきた私はアルからの報告を聞いて青ざめた。
聞けば孤児院から店に向かう途中、いきなり知らない男に声をかけられたのだという。
「貴方はゲシュマック商会のお嬢さん?」
「はい…そうですけど…」
「私は旅商人なんです。ゲシュマック商会に行きたいんですけど道に迷ってしまって…」
「なら、案内しますよ。こっちです!」
エリセは多分親切心からそう言い、男に背を向けた。
その次の瞬間! 後ろから口と身体を抑え込まれ路地へ連れ込まれたのだという。
「! ううっ! う!!!」
七歳の女の子と大の大人で男。
そのまま連れされてもおかしくなかったのだが、
「エリセ?」
そこに運よくグランがエリセを迎えに出てきてくれていた。
大丈夫、とエリセは言ったけれど、念の為、時間があったら迎えに行って、と言っておいたのだ。
「貴様! 何をしている!!」
「ちっ!」
男は駆け寄ったグランが武器を帯びているのに気が付いて、そのままエリセを離し逃げて行った。
「大丈夫か? エリセ!」
「グ、グランさん!!」
エリセはグランに保護されて店に辿り着き、ゲシュマック商会から騎士団に連絡通報済みであるという。
「エリセ! 大丈夫?」
私は奥の部屋で休ませているというエリセの所に全力疾走で駆け込んだ。
「マリカ姉!」
「ごめんね。私が油断したせいで…」
「怖かった。本当に怖かったよ!」
縋りつくエリセを一生懸命抱きしめる。
不安な気持ちを少しでも慰めてあげられるように。
と、同時に私の心はふつふつと湧き上がる怒りでいっぱいだった。
ゲシュマック商会の子、と確認して連れ去ろうとしたのなら、目的は間違いない『新しい食』。
同一犯では勿論ないだろうけれど、私が皇王家の加護を得て手出しが出来なくなったから、今度はエリセを狙ったのか?
旅商人だと言ったというけれど、本当かどうかは解らない。
でも、許さない。
私は、子どもを傷つけ、哀しませる者を絶対に、許さない。
いかのおすし…「不審者対応の基本約束 いかない、のらない、大きな声をだす、直ぐににげる、知らせる」は徹底させて、護衛も付けるにしても。
せっかくアルケディウスに慣れて友達もできてきたエリセを悲しませた相手は絶対に捕まえて処す。
私は、そう心に決めていた。
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