リオンやフェイ。アルやクラージュさん達と今後の事について話し合った夜。
「やあ、マリカ」
気が付いたら、私は白い空間に浮かんでいた。
目の前には白い礼装を身に纏ったラス様。
後で時間を取って欲しいと言われていたっけ。
二人だけの異空間で。
精霊達の内緒話。
私は自分の状況を鑑みた。
確か、皆で日が代わる直前まで色々な相談をした。
魔王を名乗るエリクスの事。新しい産業の話、新年の参賀について。
その他、情報交換をいろいろしているうちに
「今日はお疲れでございましょう。皆さま、ゆっくり休んだ方が良いのでは?」
エルフィリーネにやんわりと、そろそろ終われ。寝ろ。と言われたのだ。
「確かに、マリカはもう休んだ方がいいのかも。
明日は朝から料理をするつもりなのでしょう?
昼過ぎには皇王陛下もおいでになるとおっしゃっていましたし。
夜遅くまですみませんでした」
「俺達はもう少し話していく。部屋に送って行こうか?」
そう気遣ってくれたフェイやリオンの言葉を断って、
「別にいいよ。自分の部屋に帰って寝るだけだから。皆も適当に切り上げて寝てね」
「ああ、おやすみ」「おやすみなさい」「良い夢を」「おーやすみ!」
私は自室に戻った。
最後に記憶に残っているのはエリセやセリーナたちを起こさないように気を付けようと思いながら扉を開いたこと。
で、気が付いたらここにいた。
「ラス様」
「話があるって言っただろう? 僕達も随分できることが増えたし、『神』と対するに当た君には伝えておかなければならないことがある。エルフィリーネも抜きでね。
みんな、君と話したがっていたのだけれど、あんまり沢山で迫られても怖いだろう?」
「ご配慮、ありがとうございます」
なんだかんだで『精霊神』様達との付き合いにも慣れてきた。
ここは『精霊神』様達が作った異空間。
原則作った『精霊神』の許しが無いと入れない。
異空間だから、外に声も漏れない。完全な内緒話用の部屋。
「エルフィリーネに聞かれたら困ることですか?」
「困りはしないけれど、彼女は君に関しては心配性だから。
内緒。では無い。けれど、今はあまり口外せず心に止めておいて欲しい。
アルフィリーガ達にも。どうかな?」
どちらにしても、ここに引き込まれた以上『精霊神』様の許しが無いと出られないし、大事な話をべらべらと吹聴する趣味は無い。
多分、エルフィリーネは異空間での会話は聞こえなくても、私と精霊神様が話をしていることは解っている。
というかラス様が待っていることに気付いて、私を誘導した可能性が高い。
ならば。
「解りました」
「ありがとう」
素直に頷くとラス様は、嬉しそうに頷いて話し始めたのだった。
「まず、最初に言っておくよ。
君のおかげで『神』に封印されていた僕達。
子ども達が呼ぶところの『七精霊』は封印される前の力を取り戻した」
「それは良かったです。でも封印される前の力、ですか?」
「うん。自分の専門範囲でやりたいことをほぼやれるくらいには」
「最盛期、では無いんですか?」
「長い事封印されていたし、そうでなくても今の僕らは、能力的には最盛期じゃないんだ。
何かを得れば、何かを失う。
引き換えたものは……二度と戻っては来ないのだから」
「それって……」
遠い、手の届かない星を見るような眼差しで空を仰ぐラス様は、直ぐに振り切った眼差しで私に笑いかけ、肩を竦めて見せた。
「まあ、無いものねだりをしてもしょうがないよ。出来る範囲の事でできることをするしかない」
「それは、そうかもしれないですけれど……」
「それでさ、君にお礼をしたいんだけど何がいい?」
「へ? お礼?」
思いもかけない流れになって、私はちょっとビックリした。
何か、打ち明け話でもあるのかと思ったのに。
「そう。なんだかんだで君には迷惑をかけっぱなしだから。
これからも、色々と世話になるだろうし、お願いもあるしね」
「……なんでもいいんですか?」
「僕達があげられないもの以外は」
しまった。先に釘を指された。
ってことは真相を教えて下さいはダメってことだ。
でも……。
「じゃあ、私の質問に答えて下さい。言えないことは言えないでいいですから」
「了解。言える事は教えてあげる」
うん、きっとこれが正解。
物理的に欲しいものは無いし、必要な時にはお願いやご褒美でなくても、皆さん、助けてくださる。
こうしてその上で改まって、ということは精霊神様達、ご自身にかけられた制限の許す範囲で私に真実の欠片を教える機会というか口実を作って下さったんだ。
「七人の精霊神様達って、兄弟なんですか?」
だから、私は慎重に質問を選びつつ、聞きたかったことを聞いてみる。
「血が繋がった兄弟じゃないよ。外見も性格も全然違うだろう? まあ、同じ運命を背負った義兄弟、ってやつ?」
「『神』と『星』もその義兄弟なんですか? それとも親だったり?
聖典にあるように二人から一緒に生まれたから、とか」
「はは。君、神話とか本気で信じるタイプ?」
「え?」
哂われた。笑う、じゃない。
ハナからあり得ないと嘲笑されたに近い感じだ。
「無い。無い。あの二人から僕らが生まれたとか絶対無い。
むしろ、君が最初に言った通り、義兄弟とかの方が近いかな。
「そもそも、僕らは『神』なんてがらじゃないし、生まれでもない……」
「ラス様」
「能力的にも立場的にも彼らの方が強くはある。
でも、命令されて、はい解りました。って嫌な事を聞く義理は無いって感じ」
「アーレリオス様も、そう言えばそんなことを言ってました。
立場は上で敬意はもっている。でも逆らえないわけじゃないって」
「そういうこと。一番近い言葉を探すなら上司かな?」
「上司ですか?」
「元々、この世界は『星』と精霊神が作った。
『神』は後からやってきた。
『神』は目的があって、それを成し遂げる為に『星』と精霊神に手伝えと命じた。でも、僕らはそれに反対した。
だから僕らを封印して、孤立無援になった『星』を乗っ取って、『精霊の力』と子ども達の『気力』を奪おうとした。
それが『精霊神封印』の真相さ」
「目的、というのは……やっぱり?」
「うん。言えないこと。でも、君ならいずれ気付けるんじゃないかな?」
多分、この世界の基本は私の記憶にある地球に由来している。
ご本人の言葉や態度からしても『精霊神』『星』『神』は地球に生まれた元人間なのではないだろうか?
何かの理由で異世界転移して力を得て『神』になりこの世界を作った可能性大。
どういう理由で、とかどうやって? とかは解らないけれど。
魔王の雲を払った時、光の精霊神様が唱えた呪文詠唱の中にあった「アースガイア」
それがこの世界を意味する名前なら、どこからどう見ても向こうの地球をインスパイアしたとしか思えないもの。
「精霊神様達は、この星の子ども達を守って下さっていますよね」
「うん。それが僕達の決めた道で使命だからね」
「じゃあ、『神』の目的や使命は違うんです?」
「違うみたいだね。実際の所、話す事すら、碌にできてないんだけれど。
いつまでもアップデートできない、古い目的と使命に、今も縛られているお馬鹿だと僕は思ってる。
叶えられる筈もないし、叶えても意味も無いのにね」
叶えられる筈の無い、古い目的と使命を胸に抱いてそれを果たす為の力を集め続けている存在。
それが『神』
「『神』って、精霊神様や『星』にとって悪や敵じゃないんですね」
「悪や敵をなんて、どう定義するかによるだろう?
人によっては誰も死なないこの不老不死世界は、多くの人間が夢見てきた理想世界そのものと思えるかもしれないし」
「はい」
「『神』は『神』なりに子ども達を守ろうとしているのかもしれないと。
けれど、精霊神を封じてまで彼が作った今の世界は何の進歩も、未来もない。
ただ搾取されるだけの燃料畑だ。
精霊神はそれを我慢できない」
「ラス様……」
「君はどう思う?
子ども達を守る為にと言って、箱の中に閉じ込め永遠に変わらない日々を送ることが正しいと思うかい?」
「いいえ。それは緩やかな虐待だと思います」
向こうの世界で学んだ保育理論を思い出すまでもない。
子ども達の安全は勿論、大事。第一だ。
でも、だからと言って閉じ込めたり翼を切って空を飛べなくしていい筈がない。
子どもの安全を守りつつ、未来へ導く。
それが保育士。ううん、大人の役割だ。
「やっぱり、マリカはマリカだね」
小さく微笑んでラス様は私の頭を撫でてくれた。
意味がよく解らないけど、多分褒めてくれたのだとは思う。
「マリカ」
「はい」
ラス様が私を見つめていた。
真剣に、何かを告げようとしているのが解る。
でもそこに迷いを宿しているのも感じられたのだ。
「どうかしたんですか?」
「助けてくれたお礼、って言っておいてこんなことをいうのも、頼むのも間違っているって解っているけどね。
この件に関して頼れるのは君しかいない」
長くて、短い逡巡の後、ラス様は私に告げた。
「君に頼みがあるんだ。精霊神みんなから」
と。
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