国境を出て街道を行く事丸二日。
私達がアーヴェントルクの王都に辿り着いたのは風の日の夕方だった。
けっこう険しい山道のようなところもあって手こずったりもしたけれど、旅そのものはスムーズに行っている。
「ここから先はかなり長い上り坂が続く。
焦らずにゆっくりとペースを崩さないようにな」
「解りました。ありがとうございます」
外から声が聞こえる。
御者に声をかけて下さったヴェートリッヒ皇子の声だと思う。
ちょっと窓から外を覗いてみると馬を巧みに操り、馬車や全体を気を遣って見守って下さっているのが見える。
宿でのうましかな様子からは考えられない程、案内役を務める皇子は真面目そのもの。
ケジメは付けられる人、なのかな?
と思っていたら
「おや、姫君。
僕に見惚れたかな いいよ。じっくり見てくれても」
私の視線に気付いたのだろうか?
皇子が私の馬車の真横に馬を付けてゆっくりと歩き始める。
ちょっと見直すと直ぐコレだ。
からかうような声に私は顔を背けた。
「違います! 私は美しいアーヴェントルクの風景を見ていただけです」
嘘ではない。
新緑の絨毯の上に宝石をまき散らしたように黄色や白、紅色の花が青天の光を弾いて輝いて見える。。
切り立った銀灰色の岩肌に清涼さを与える残雪と紺碧の青空。
陳腐な表現だけれども、見惚れるように美しい。
というか既に見惚れている。
「…そうか。それは、ちょっと嬉しいな。
確かに、アーヴェントルクの景色は美しい。
景色だけは…本当に。どんな国にも負けないと断言できるかな」
高慢に笑う皇子と、故国の自然を褒められて嬉しそうに目を細める皇子。
「天候にも恵まれた。
変わりやすい山の天気が三日も変わらず、姫君の旅路を守っているなんて、やはり姫君は精霊に愛されているようだね」
最初の時と、言葉遣いから態度も全然違う。
誠実で賢く、優しい皇子。
まるで二人の皇子がいるようだ。
人の話も聞かず、自信満々。
何でも自分の思う通りになると思っているような、第一印象最悪、好き勝手放題のうましか皇子と。
…こうして公務を真面目にこなし、戦の采配もしっかりと行える皇子とどっちが本当の皇子なんだろう。
「後、三つ向こうの丘を乗り越えれば、風景がガラッと変わる。
王都も見えてきますからあと少し我慢して頑張って」
馬首を上げ、前に向かった皇子はリオンと何やら話をしている。
経路確認だろうか?
リオンはあれだけ騒ぎを引き起こし、私へのモーションをかけた皇子なのに、そんなに仲が悪くないように思えるのは気のせいだろうか。
少なくとも大聖都のエリクスよりも、誠実な態度で接しているのが解る。
不思議。
強国の第一皇子を五百年以上張っているのだし。
頭の良い方ではあるのだろうと思う。
なら、どうしてあそこまでバカ皇子しているのか…。
「うわー。凄い! 凄いよ!! 見て見て!!」
「どうしたの? アレク?」
窓の外を見ていたアレクが、驚嘆の声をあげる。
私も横から同じ窓を覗き、同じ方を見て、同じ声を上げた。
「うわー。山の上にお城がある」
皇子がおっしゃった通り、丘を越えると風景ががらりと変わった。
山を背にした渓谷のような場所に築かれた都市が見えて来る。
城壁が築かれ、その中に町があるのは他の国と変わらない様子。
でも、その城壁から頭一つ飛び出た様に、大きなお城が見えるのだ。
多分、街の中に岩山というか丘があって、その丘の上にお城があるのだと思う。
近代大砲とかがあったら狙い撃ちにされそうな、と一瞬思ったけれどここは中世。
そんなものがあるわけはない。
むしろ外城壁と、多分貴族区画の城壁と二重壁に加え、高所に築かれた城は責め辛く、守りやすく難攻不落と言えるだろう。
「あれが、ヘイエングラーニツァ城。
流石、噂に名高い『傭兵王』の城でございますね」
横でミュールズさんも瞳を輝かせて見ている。
彼女も箱入りの貴族。
私に着いたのは今まで見る事ができなかった世界を見ることができる良い機会であるから、とは前に言っていた。
「噂に名高い?」
「はい。アーヴェントルクは古くから、岩塩や鉄鉱石などは産出されるもの、農業関連に恵まれず、食の確保を巡り、他国や大貴族同士での争いが絶えなかったそうです。
時には人民の反乱も。
故に、歴代の王は城壁の中でもさらに攻め込まれにくいように、岩山の上に城を立てたのだとか」
「ふーん。…あれ? でもこの国の王の呼称は『皇帝』ではありませんでしたか?」
「『皇帝』を名乗られるようになったのは、今代 ザビドトゥーリス陛下になってからの事ですわ。
不老不死の少し前、先々代と、先代の国王陛下が立て続けに亡くなられ、その後を弟であるザビドトゥーリス様が継がれた後、
『動乱の時代を我が国が生き抜くためには王よりも、強い力で人々を導く者が必要だ!』
と皇帝を名乗られたそうです。
反発も少なくありませんでしたが、その後、間もなく不老不死社会となり、食が不要になったこと。
加え、『聖なる乙女』の誕生でアーヴェントルクは今までの弱国から一気に国力最大の強国へとのし上がったのですわ」
そんな話をしているうちに城門に辿り着き、私達は王都ベルクリュストックに辿り着いた。
門の一つで手続きをし、中に入ると。
「皇子のお戻りだ!」
「お帰りなさい!」
「アルケディウスの姫君をお連れになったぞ!」
「アーヴェントルクに新しい恵みを齎す姫君だ!」
人々の熱のこもった歓迎の声が聞こえる。
馬車の速度がゆっくりになったので、ちょっと窓から外を覗いてみた。
私の馬車の斜め前横で、ゆっくりと馬を進める皇子は自分を慕う人々に、微笑んだり、手を振ったりしてあげている。
時々上がる女たちの黄色い声。
凄い人気だね。
っと、私もやるなら最初から。
窓の外の人々にニッコリ笑顔で手を振ってみた。
嬉しそうな人々の背後の街は、アルケディウスと似ている。
白漆喰とレンガ、石で造られた町並みはいかにもヨーロッパって感じだ。
町のあちこちに鉄製の看板がぶら下がっていて、アンティークなヨーロッパのイメージをおしゃれに彩っている。
特徴的なのは街の間を二分する大きな川が流れている事だろうか?
貴族区画と、市民区画は城壁では無くその川が隔てている。
川には中央に大きな橋が一つ。
その左右に小さな橋が二つ。
大きな橋には立派な欄干があって馬車も行き来できるくらいだけれど、小さな橋は橋と木の手すりだけてちょっと怖そうだ。
私達は大きな橋を渡って、貴族区画へ。
貴族区画のほぼ中央。
丘の足元に来ると、頂に築かれた城の強大さがよく解る。
見上げるように大きくて圧倒されてしまう。
「ここからは少し道が険しいので気を付けて」
声をかけて下さったのは皇子だろう。
本当に、ガクンと大きな音がして馬車の揺れが激しくなった。
道の両側は固い石壁と切り立った岩肌。
定められた道以外からはかなり入り辛くできているっぽい。
多分、いろは坂のように鋭角な曲道を何度か曲がった後
「あれ?」
場所から劇的に揺れが無くなったな、と感じて間もなく、馬車が止まり、私達は城内に到着した事を知った。
外から開かれた馬車の扉からゆっくり出ると、そこは割と入り口近くの小さな離宮だと解った。
本殿と思われる宮殿からは少し離れている。
「ここは、来客用の離れだよ。滞在中はここを使うようにとの皇帝陛下からの仰せ。
かつて王の家族が住んでいた場所だから、それなりには整っている筈。
足りないものがあったら声をかけてくれれば準備できると思う」
「それは、ありがたいですが、皇帝陛下にご挨拶しなくてもよろしいんですか?」
馬車から私をエスコートして降ろしてくれた皇子に私は問いかける。
今までの二国ではまず、最初に国王陛下のとの謁見と挨拶をしたのだけれど、いきなり離宮に降ろされたということは面会は後ってこと。
「皇帝陛下に旅疲れの顔で拝謁するの止めた方がいいと思う。
旅で埃っぽくもなってるだろう?」
皇子はそう肩を竦めて忠告してくれた。
「明日の二の火の刻から、君を迎える歓迎の舞踏会が行われる予定だ。
宴会の無い簡単なものだけれども、それだけに君達は衆目に晒されることになるだろう。
あの方は礼儀作法とか、対面とかをとても気にするし、アンヌティーレも来る。
謁見は明日、とあっちがいうのだから、しっかり準備を整えてから行く事をお勧めするかな」
「あ、ありがとうございます」
今まで経験してきたことからして
『舞踏会』
は、軽食やお菓子、飲み物を用意して挨拶に来た人達を迎える形式の交流パーティ。
タイミングが重要だけれど、望む人と直接話ができる社交の場でもある。
じっくりと対策を練って準備をしろと、言って下さっているのだ。
身支度を整えるのは勿論だけれど、パウンドケーキやクッキー、チョコレートなどを用意しておいた方がいいかもしれない。
後、お酒を出して良ければお酒やジュース、テアなども。
「時間間際になったら僕が迎えに行くよ。僕の姫君。
皇女らしく、聖なる乙女らしく、神殿長らしく、アンヌティーレに負けないように、高貴に可愛らしくておいで」
「!」
リオンが止める間もなく、皇子は私の肩を抱きよせ頬にキスを落した。
「ちょ、ちょっと止めて下さい!」
「ハハハ。照れない照れない。
僕の宮は隣だから何かあったら声をかけに来るといいよ」
ひょいっと私の抗議に身をかわた皇子は馬に跨るとそのまま先に行ってしまった。
皇子の宮という隣では無く奥の本殿に向かったようなので、到着の報告に行ったのかもしれない。
「本当に、あの皇子様、わかんない。
真面目なのか不真面目なのか、優しいのか面白がってるのか…」
とりあえず、皇子の姿が見えなくなったことにホッとして、私は随員達に支度を頼もうとしたのだけれど。
「あれ? どうしたの?」
振り返った私が見たのは、蒼白になった随員達。
「マリカ様。お気づきにならなかったのですか?」
「え? 何が??」
「ヴェートリッヒ様のお言葉です。
『神殿長』と姫様をお呼びになりましたでしょう?」
ミュールズさんの声が震えている。
「うん、呼んでたね。でも、どうしたの?」
「良くお考えになって下さい。
姫君の『神殿長就任』が決まったのは先週の風の日。
式典があったのは今週の木の日です。
それなのに皇子は、アーヴェントルクはマリカ様の『神殿長』就任を知っている、と言ったのですよ」
「あっ!」
「大至急対策会議が必要です。
明日の舞踏会で、これからのアーヴェントルクの滞在で、姫様の安全を守る為に…」
アーヴェントルクの太陽は夜の名に似つかわしくない程に、輝かしく輝いている。
でも、私達には、さっきの皇子の言葉が夜のように、鉛のように暗く、重く、強くのしかかっていた。
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