私は白い空間の中に立っていた。
地面は無いのに足が立つ不思議な感覚。
でも別に驚かない。
多分、いつもの『精霊神』様のお呼び出し。
大事な話があるのだろう。
「……マリカ」
思った通り、私を呼ぶ声がする。
振り返れば、そこには『緑の精霊神』。
私をずっと側で見守ってくれた兄のような守護神が立っている。
「ラス様。何かあったんですか?」
「ごめんよ。マリカ」
「え?」
ふと、気付いた時、私はラス様に抱きしめられていた。
肩に手を回し、抱き寄せる所謂ハグ。
でもなんだか違和感。
ラス様が、妙に小さく感じる。今までは身長は同じくらいでもお兄さん。私の保護者という印象だったのに、なんだかこうどこか危ういような、守らなければならないような……。
「もう少し、時間があると思っていた。
ギリギリまで、守ってあげたいと思っていた。
でも……どうやら時間切れが近いみたいだ」
「え? それってどういうこと、ですか?」
「目覚めれば解る。目が覚めたらきっと、君はもう今までのように子どもとして自由に生きることはできなくなるだろう」
「だから、なんで?」
「それでも、僕達は君を助け、守るよ。たとえ、あいつを敵に回しても。
子ども達に逆らわれようとも」
「ラス様?」
「僕らは、君が好きだ。誰の代わりでも、転生でもない君自身が。それは、それだけはどうか信じていて」
何かを胸に抱いて懸命に告げたであろうラス様の言葉は、何か見えないモノに怯えるような震えと迷いが感じられた。
だから、私も細い少年の肩に手を伸ばす。抱きしめる。
思いを込めて。
微かに肩を揺らした少年神は、そのまま私の胸に甘えるように身を委ねた。
理由は最後まで帰ってはこなかったけれど。
だから、私も言葉では返せなかったけれど。
『精霊神』様は私を愛してくれている。それは疑うまいと思ったのだった。
この幻の一時、確かにそう思った。
夢からの目覚め。
覚醒は、驚くほどに軽く明るいモノだった。
薄ぼんやりと開いた瞳に、見慣れた天井が見える。豪奢ではあるけれど、シンプルで爽やかな紅色の天蓋。
アルケディウスの私の私室。そのベッドの上にいると私は直ぐに気付く。
確か、フリュッスカイトでの儀式の後、私は女の子の日になって。
この身体で初めてのアレはあんまりにも重くて、辛くって。
意識を失ったのだ。多分。よく覚えてはいないけれど。
今も、下腹に微かな痛みがある。
身体全体も怠くて重くて痛い。特に関節や筋肉は引きつるようだ。
でも、頭はなんだか妙にクリア。
今まで見えていなかったものが見えるような、目の前がパッと明るくなったような。不思議な感覚だ。
うーん。この感覚には覚えがある。確か『精霊の貴人』のサークレットを被って、頭と体の中のスイッチが入った時と似ている。
あの時も周囲を照らす電灯が急に明るくなったような気分になったのだ。それから他人を癒す『能力』が使えるようになったり、『能力』の出力が上がったりしたっけ。
ってことは、私の身体が何か変化して『精霊』としてのステージを一段上がってしまったということだろうか?
周囲の明るさから目元を隠そうと、無意識に持ち上げ顔を覆った掌を見て、私は気付く。
あれ? 何かおかしい?
私の指、こんなに細かっただろうか? 真っ白でしなやかな白魚のような指先。
整った爪の形。
貴族の娘、皇女ではあるけれど、料理もするし、農作業もしてきた。
だから、傷や変形もけっこうあって、こんなに綺麗ではなかったと思うのに。ぐーぱーと握って開いてを繰り返した私の指先は、でも確かに思う通りの反応を示して私の身体であることを証明している。
違和感はそれだけではない。
持ち上げた腕の付け根に妙な動きを妨げるものがある。
首を下げて、胸元を見てみれば、柔らかい胸元の開いた夜着だっただけにはっきりと解る。見慣れない二つの球体が私の顔の下についている。
「え? えええ?? な、何これ?」
思わず悲鳴を上げてしまった。おかしい。
確かに私が意識を失う前、フリュッスカイトの式典に参加した時にはこんなものはついてなかった。偽胸でドレスを膨らませて誤魔化したのだから。
異世界転生前の北村真里香してた時だってこんなに大きなのはついてなかった。あの頃はBカップだったもん。って言ってて悲しくなるけれど。今、私の胸についているのはDかそれ以上。かなり大きい。
何なんだ? 一体? 私の身体、なんでこんなことになってるの?
それとも意識を失ったまま一年とか経ってたりする?
パニックになった私の悲鳴を聞きつけたのだろう。
「失礼いたします。マリカ様。お気付きでいらっしゃいますか?」
ノックはしたけど、返事を待たずドアが開き、女官長ミュールズさんが入ってきた。
「あ! ミュールズさん。私、一体どうしちゃったんですか?
もしかして何年も寝ちゃってたとかですか?」
「ご安心下さい。マリカ様が参加されたフリュッスカイトの儀式からまだ一週間と経ってはおりません」
そう言って貰えて、少しホッとする。でもなら何がどうしてこうなったのか?
逆に謎は深まるばかりだ。
「その点に関してティラトリーツェ様が、お話があるとおっしゃっておられます」
「お母様が?」
「はい。お呼びして構いませんでしょうか?」
「お願いします」
ここは大神殿ではなく、アルケディウスの第三皇子家だ。多分、フリュッスカイトで意識を失い何らかのトラブルが発生した私を、お母様達が連れて来て下さったのだろう。
女の子の日の対応とかは神殿では色々な面で不向きだし。
そうして待つこと暫し。
「良かった。気が付いたのね。マリカ」
少し焦ったような表情でお母様が入室してきた。ミーティラ様とカマラも一緒だ。
「お母様。私は一体、どうなったのでしょうか?
何か、あったのですか?」
「……まずは、自分の状況を把握して貰わないとなりませんね。
起き上がれますか?」
「だるいですけど……なんとか」
「カマラ。助けてあげて。ミーティラ。姿見の用意を」
「かしこまりました」
「マリカ様。失礼とは存じますが、お手を」
「ありがとう」
カマラに支えられて、私はゆっくりと身を起こし、ベッドに半身を起こした。出血も落ちついたみたいだ。
そして、体の向きを変えゆっくりと立ち上がる。
と。
「うわっ」
足を床に着け、立ち上がろうと思った瞬間、身体が揺れた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。身体の感覚がなんだかおかしいだけ」
なんだかこう、高底のサンダルを履いたような、身体のあちこちに重りを付けたような。自分の身体なのに、そうじゃないような変な感じだ。
「体格が随分と変わったので、前と同じように動こうと思うと違和感があるのでしょう」
「体格が、変わった?」
「説明は後です。まずは、自分の目で見て把握しなさい。自分自身を」
お母様に言われて、私は身体を上げ、姿見に向かい合った。
そして、息を呑む。ちょっと言葉にならない
「……これ、本当に私ですか?」
まず、目を引くのは髪の毛。
長い黒髪の内側に黄金の光を宿した金のメッシュのような金髪が輝いている。
全体がシュッと細くなった頬と顎。
筋の通った鼻筋に、ロッサの花びらで染めたような薔薇色の唇。
白く艶やかな肌、きゅっと細く引き締まったウエストに、細い足首。
身長はそんなに変わっていないような気がするけれど、多分、少し伸びた気がする。
胸のふくらみに関してはさっき驚いたから今更、だけれども、全身で見ると均整がとれているようだ。
元がアルケディウス皇女マリカであるのは、間違いない。
でも、今、鏡に映った私は成長型であると言われた『大祭の精霊』とも違う。
明らかに成長、そして過剰美化された外見になっていたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!