二人の少女シリーズ

萌(紫音 萌)
萌(紫音 萌)

屋上

公開日時: 2020年9月2日(水) 07:52
文字数:2,608

「なーに、さぼってんの」

学校の屋上で鞄を枕に寝っ転がっていると頭上から声が聞こえた。目を瞑ってても声だけで幼馴染みだと分かる。

「寝てんだよ、起こすな」

目を瞑ったまま私は答える。

「寝てる人はへんじしませーん」

「目を開けるまでは寝てるか寝てないかわかんないだろ。ほらしゅー、しゅーなんとかの猫ってやつ」

「シュールストレミングの猫」

「なにそのめっちゃ臭そうなねこ。かわいそうだから連れてかえってめっちゃ洗うわ」

目を開けると幼なじみのスカートの端が視界の中央に入る。思ったより近くに立っていた。

「……パンツみえるぞ」

そう言いながら私は目を軽く伏せる。

「あ?みせもんちゃうぞ?」

「キレるな。ま、ちょうど逆光でみえないけど。見たくもないし」

「は?なんで?」

「キレすぎでしょ。同性にはそういう興味ないし」

「そっか、私とは遊びだったのね」

「そりゃまあ。毎日のようにうちに来て遊んでるし。んでなんかよう?」

「んー、別に用はないけど、頼まれたから」

「何を?」

「マネージャに君を探してくれって」

「まじか」

私は放課後の水泳部の活動をさぼっていた。

「まあここにいると思ったから、ってちょっ」

慌てて起き上がった拍子にスカートの端に引っかかりスカートの内側に頭がすっぽり埋まる。

「だいじょうぶ!マネージャー連れてきてないから!うごかんといて!」

幼なじみは慌ててスカートを押さえて、後ろに下がった。周りを見回したが、人影は無い。

「もー。手分けして探すことにしてるから。今マネージャーはたぶん体育館裏と探してるんと思うよ。ここは私が行くって伝えてるからまずこない」

「なんだ、よかった」

「君は空を眺めるの好きじゃん?だからここかなって」

幼なじみはそう言いつつ私の横に正座を少し崩して座る。

「その座り方つらくね?私みたいなあぐらかくと楽だぞ」

「はしなたくない?それこそちょっと足あげたらパンツ見えるじゃん」

「ま、誰もいねーし。みる?」

スカートの端を摘み少し持ち上げる、見えない程度に。

「いや、私もみたくないし」

「は?キレそう」

「ほら最近の若者はすぐキレるー」

幼なじみはあぐらに切り替える。

「あ、ほんとだ楽だねこれ。家とかでやろうかな」

「やってみ。でも授業中にやると怒られるけどねl」

「あーたまに頭叩かれてるねー」

「ついやっちゃうんだよな」

私は手を後ろについて上半身をそらし、空を見あげる。

日はやや傾いている。雲がその快晴の中、その身をゆっくりと風に従い漂わせていた。私は幼なじみの言うとおり、空を眺めるのが好きだ。今みたいに

「好きな気持ち何となく分かるかも」

そう言う幼なじみも空を見上げていた。

「そうそう、なかなか悪くないっしょ。いつでもみれるし」

しばらく、二人で空を見上げていた。

「てかなんでさぼってるの?大会近いとか言ってなかった」

変わらず空を眺めながら幼なじみは尋ねてきた。

「まあな。でももうのびないんだよ、タイム」

「そうなの?でも千里の道も一歩からじゃん?毎日続ければちょっとずつのびたりしないもんなの?」

「700里ぐらいまでいくと一歩がとても重くなるんだよ。しかもその一歩が踏み出せるまで何日かかることか。その」

「そっか……大変なんだね……。帰宅部が適当な事言ってごめんね」

「ま、半分冗談で今日はなんか眠いからさぼってんだけどな」

「……謝って損した」

「じゃ半分だけ許すわ」

「おかしくない?」

幼なじみは軽くあくびをする。

「わたしも眠気が移ったかも」

幼なじみは身体を傾けて寝転がろうとする。私は自分の鞄を幼なじみの頭の下に置く。

「使っていいの?」

幼なじみは聞く。

「いいよ。どうせ私も枕にしてたし」

「それなら君の膝枕がいいなー」

「膝枕って正座のやつ?」

「そうだけど、別に冗談のつも」

「それは足がしびれっから、こっちで膝枕するならいいよ」

私はあぐらの姿勢から足を伸ばす。身体を動かしてちょうど太股の外側に幼なじみの頭が乗るように調節する。もう片方のスカートは顔にかからないように股の方に寄せる。

「これでよし。骨とか当たって痛くない?」

私は尋ねる。

「だ、大丈夫……ありがと」

「おう。え、照れてんの」

「ん、んなわけ」

その台詞とは裏腹に幼なじみは目をそらす。

「そういやマネージャーに見つけたって言わないの」

私は尋ねる。

「んなわけ。親友売るわけないじゃん、見返りもないし」

「見返りあったら売るんかい。悪いの自分だし別に言ってもいいけどな」

「あと探してくれとは頼まれたけど教えてとは言われてないし。てか、さぼるなら見つかる校内じゃなくて帰ればいいのに」

「いや、それもな……マネージャーになんか悪いし……途中から行こうかなって迷ってて」

「あ、だから見つかりやすい屋上にいたのね」

「そんなとこ。でも後でさぼった罰としてプールの掃除させられるからやっぱり行きたくないんよな」

「じゃ帰る?今日ぐらいいんじゃない?体調悪かった事にして明日謝れば」

幼なじみは身体を起こしつつ、そう提案する。

「そうするかー。もう部活の時間も30分ないし」

私も鞄を持ち立ち上がる。

「そういやおもしろい映画見つけたんだ」

幼なじみは私の手を引いて屋上のドアに向かいつつ言う。

「いいね。ホラー映画?一人でみれないから一緒にみてほしいとかじゃないの」

「んなわ……そうです……おもしろそうなんだけど怖いから……」

「ビビりだもんな。まあいいよ。でも飛びつくのだけはやめてな」

「うう、がんばる」

幼なじみは屋上のドアを開ける。

「あ」

「あ」

開けたドアの向こうには水泳部のマネージャーが腰に手を当てて仁王立ちしていた。




「ねえなんで私も掃除してるの」

プールサイドで幼なじみはむくれていた。濡れないように裸足にシャツを腕まくりしていた。両手には床磨き用のブラシを持たされている。

「ごめんな私のせいで……。マネージャマジギレしてたからかばえなかった」

私は競泳水着のままブラシで床を磨きながら謝る。

「まーいいけど。親友を売らなかった私が悪いしー」

「ごめんて。帰りなんかおごるから」

「じゃ映画用のコーラとポップコーンね。それにさっきの膝枕と映画で飛びついてもいい権利と」

「要求多くない……? まいいや、しばらくなんでも言うこときくよ」

「なんでも? 本当に?」

幼なじみの声がたちまち明るくなった。

「いいよ。本当に」

「やった!」

「いやここで抱きつくのはやめろ!プールに落ちる!」

日は落ちはじめ、校内の帰宅を促すチャイムが流れていた。

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