●前回のおさらい●
ある程度の自分の行く末についての回答を得た倉津君は、路地裏で必死に練習を続けた。
そして崇秀に呼ばれ楽屋に向かった後、いよいよ本番のステージに……
っと思ったら、崇秀に止められた。
果たして、その理由は?
「おっと、ちょっと待てよ、倉津。テメェの出番は、まだだ」
なにを思ったのか崇秀は、後ろから付いて行こうとする俺を、不意に楽屋の入り口に押し留め様とする。
一瞬、何事かと思ったのだが。
……出たよ。
この様子からしてこの馬鹿は、まだこの期に及んで何か企んでやがるみたいだな。
「なんだと?」
「そう焦りなさんなっての。テメェの出番は、まだなんだよ」
「はぁ?そりゃあ一体、どう言う了見だよ?」
「なぁ~にな、他愛もない話なんだがな。オマエがステージに上がる前に、俺と、嶋田さんで、もぅ一段階会場の温度を上げてやるって言ってんだよ。だからテメェの出番は、その後だ」
「ふん、なんだそりゃ?なにを言うかと思えば、そんなんで俺にプレッシャーでも与え様って算段か?……笑わせるなよ」
これはまたツマラネェ事を考えたもんだな。
だが、オマエは珍しく目測を誤っているぞ。
俺は、もうプレッシャーなんて微塵も感じちゃあいない。
それ以前に、それを感じる程、オーディエンスに期待もされて居なければ、当然それに見合う実力もない事も自覚している。
要するに俺の立場なんざ、観客からすれば、ただのド素人が、オマエ等に混じってベースを弾く程度の認識でしかないって事だ。
だからそんな俺がベースを弾いて失敗したところで、オーディエンスの反応は、なにも変わらない。
寧ろ、誰も気にも留めないだろうよ。
なら、なにも考えず無茶が出来る俺が、今更、なにを恐れるものがあろうか?
んなもんは、元よりねぇんだよ。
俺は、そう言う所だけは自覚している。
「いや、そうじゃねぇ。テメェのベース音を会場内に響かせるには、この会場の温度が低過ぎるってだけの話だ。オマエのベースってのは、客が最高沸点に達してこそ真価が発揮される。その為にも、息も出来ねぇぐらいの熱気がなきゃダメなんだよ。……ただ、それだけだ」
「おもしれぇ。……なら、そのオマエの言う『最高沸点の盛り上がり』って奴を見せてみろよ。その瞬間、俺が問答無用にステージに飛び出して乱入してやるよ」
「おっ!!それ、良いな。なら俺も、ご期待通り、初っ端から全力で飛ばしてやるよ。その代わりテメェの大事な彼女を借りるぞ。ボルテージを上げる為には、彼女の声が必要だからな」
「えっ?」
俯いていた奈緒さんは、この崇秀からの提案に驚いている。
この反応から見て、明らかに奈緒さんは、なにも知らされてなかった様だ。
だったら此処は1つ、出来ない也にも少しフォローしてみるか。
まぁどうせ、コイツが1度言い出したら、絶対に聞かねぇだろうけどな。
「奈緒さんをか?……アリスじゃダメなのか?」
「ダメだな。アリスのなりきりは万能じゃねぇ。どうやっても出ねぇ声質ってもんが存在する。その点、向井さんの声質は、どんな音にも対応出来る。……声に掛けては、アリスよりズッと万能だな」
ほぉ~~~、そうなのか?
凄ぇな、奈緒さん。
馬鹿秀の中では、奈緒さんの声は、アリス以上の高評価なんだな。
まぁ俺は、カラオケボックスで1度、奈緒さんの歌を聞いただけだから良くは解らんが、オマエがそうしたいなら、そうすれば良い。
別に自分の彼女だからと言って、そう言った事で、彼女を束縛する気は無いからな。
「良いんじゃねぇか。ただし下手な事をして、奈緒さんに恥を掻かせたら、ただじゃおかねぇぞ」
「クラ……」
「元より、んな心配は必要ねぇよ。それに今日は嶋田さんも一緒だ。その時点で誰もブーイングなんて出来ねぇよ。寧ろ、ブーイングって言葉すら忘れるんじゃねぇか」
「だな」
「ちょ……クラ」
相変わらず、おっかねぇな。
この2人のギタープレイは、恐ろしくシンクロ率が高い上に『変幻自在』を絵に描いた様なプレイだ。
現時点でも、ステージ上で、どんな音を出すのかすらも計りかねる。
だがそれだけに、絶対的に信頼の置けるプレイヤーだ。
ただ、そんな空気に奈緒さんは焦っている様だな。
出番が早くなった事や、緊張なんかもあるんだろうな。
……が、決まった以上、今回に限り、俺はなにも言うつもりはない。
此処のライブを仕切っているのは崇秀であって、俺じゃないからな。
「あぁそうだ、そう言えば仲居間さん。このステージでも『IBANEZ・UVー7』を使うつもりなのかい?」
そんな中、今度は嶋田さんが、崇秀に声を掛けた。
ひょっとして、これは、あれか?
話の内容からして、奈緒さんに時間の余裕を与える為に、崇秀に話し掛けてるのかもしれないな。
「あぁ使いますね。コイツの低音は最高にクールですからね」
「なるほど、確かにそうだね。スティーブ・ヴァイの7弦シグネイチャーモデル……早弾き好きの仲居間さんらしい、実に良い選択だね。じゃあ俺も対抗して、取って置きのギターを使うかな」
「おっ、嶋田さん、なに使うんッスか?」
「これ」
嶋田さんがハードケースから出してきたギターは、やけにボロイギター。
特徴としては、菱形の先を一箇所だけ尖がらせた様な形をしている。
崇秀も興味を引いたのか、嶋田さんのギターに目をやってる。
「おぉ~~~!!それってB.C.RichのMocking-bird。しかも80sハワイアン・コアとは、これはまた珍しいものを……でも、これ、嶋田さんのコレクションには無かった物ッスよね。最近購入したんですか?」
「いやいや、これがね。ちょっとした笑い話なんだけど。これね、粗大ゴミの日に捨ててあったんだよ」
捨ててあった?
いやいや、ハードケースに入ってるギターって基本的に高い物じゃないのか?
ひょっとして俺の楽器の価値観って、なんか間違ってる?
「ほぉ、それはまたラッキーでしたね。……って事は、今日が初卸しとか?」
「実はそうなんだよ。でもまぁ、元々、見つけた時は酷い状態だったからね。即修理に出して、今日、漸く戻って来たところなんだよ」
「ソイツは良い。倉津のベースも合わせりゃ、初卸しが3本。こりゃあライブでも滅多に見れない光景ッスね。……コイツは、嶋田さんの良い門出になりそうだ」
こう言うのって満が良かったんだろうな。
心機一転を図る嶋田さんにとって、新しい楽器で門出をお祝いするのは悪くない。
それに、アリスも初お披露目だし、山中も関東初お披露目、奈緒さんのボーカルも初お披露目。
新しい事だらけじゃねぇか。
「まぁけど、あんまり期待しないでね。コイツは、さっき軽く調整しただけ機体だから、何所まで良い音が出るかは未知数だからね」
「ははっ、なにをおっしゃいますやら。……んじゃま、ギターも決まった事だし。次の曲が終わったら、ちょっくら行ってみますかね」
「そうだね」
「じゃあ、向井さんも行くよ」
「ちょ……待って下さい。私、まだ無理です」
あぁ……奈緒さん。
今の段階で、崇秀に一番言っちゃイケナイ言葉を言っちゃったよ。
しかも、それに対して崇秀は満面の笑み。
あれは、絶対にロクデモナイ事を言う前触れだ。
流石に、これはフォローしなくちゃマズイそうだな。
幾ら、アイツが主催のライブだからと言って。
これ以上、余計なプレッシャーを奈緒さんに持たせる訳にはいかないからな。
最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>
どうやら、この時点でも奈緒さんは、まだステージに上がる決心がついていないようですね(笑)
まぁ第一部の最後で一度ステージに上がってるとは言え。
第一部と、この第二部とでは、観客から伝わってくる熱気が雲泥の差ですから、普通なら過度のプレッシャーになってもおかしくはないですしね。
(奈緒さん自身も、そこまでステージ慣れしている訳ではないので)
さてさて、そんな奈緒さんの煮え切らない態度に、崇秀は次回どんな反応を示すのでしょうね?
まぁそれは、恒例になりましたが、次回の講釈(笑)
また良かったら、遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
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