●前回のおさらい●
崇秀からのバンド勧誘に悩む倉津君。
そこに、ある危険な影が迫っていた(笑)
そんな中、深い思考の迷宮を迷走中の俺の肩を、不意に誰かがポンポンッと叩かれた。
今の心境では、誰とも話したくないのだが、誰かが呼んでいるなら、それは仕方がない。
奈緒さんや、山中じゃない事を望みながら、自分の心境を隠して振り向く。
『プスッ』
振り返ると同時に、何故か俺の頬には何かが刺さった。
けど、これって、指だよな?
「あはっはははっはは……今時こんなのに引っ掛る?ライブハウス内に、時化た顔した葬式参列者みっけ」
俺の頬に突き刺さった指の感触を確かめ大笑いしている女は、よりにもよって樫田千尋。
今の心境で、一番関わりたくない女に出くわしちまった。
この期に及んで、この女に、ちょっかいを掛けて来られるとは……何所まで運がねぇんだよ。
奴は、そんな俺の意思を他所に、指を頬から離すと、俺の横で壁に凭れながら、なにやらドリンクを飲みはじめる。
最悪な展開だ。
早く打開しないと、いつまでも絡まれちまう。
故に俺は、少し威圧を掛ける為に樫田を睨んで、一言付け加える。
「オマエなぁ、いい年こいて、ツマンネェ事してんじゃねぇよ」
「おぉ、怖ッ……友達のいない真琴が、1人寂しそうにしてたから、優しいあたしが声を掛けてあげたのに、そんな事を言うんだ。……出来れば、感謝して欲しいもんなんだけど」
「るせぇ~わ。こちとら、いい迷惑だ」
「はいはい。素直じゃないんだから……本当は、嬉しいくせにさぁ」
ダメだぁ。
コイツ、マジうぜぇ~。
俺はオマエと絡む気はねぇから、絡むんじゃねぇよ。
今、オマエと遊ぶ様な気楽な気分じゃねぇんだからよぉ。
少しは、俺が纏って居る『向こう行けオーラ』ってもんを感じて来るよな。
ホント、空気の読めねぇ女だな。
信じられねぇ程の無神経だ。
「あぁ嬉しい、嬉しい……嬉しいが、今はどこか行ってくれ。とてもオマエと話す気分じゃねぇんだよ」
「あらら、奈緒と付き合い始めたら、もぉ昔の女はいらないってか。アンタも、崇秀同様、酷い男になったもんだねぇ」
「誰が?誰の昔の女だつぅんだよ?俺は、テメェと付き合った記憶なんぞ微塵もねぇぞ。それに馬鹿秀と同列に見んな。失礼にも程があんぞ」
「なに言ってんだか。アンタは、崇秀と同様冷たい男だよ。……前世では、あんなに激しく愛し合ったのにさぁ」
「オマエは電波か!!何所から、そんなおかしな毒電波を受け取ってんだよ。そんな余計な毒電波を受信してずに、さっさと自分の星に帰りやがれ!!」
チッ……面倒臭ぇ。
それでも、この馬鹿と馬鹿話して、少しは気が楽になったのかもな。
まぁこんなもん、現実逃避には、なんら変わらねぇんだろうがな……
「お忘れになったのですか、真琴王子様?毎晩の様に愛し合った仲だって言うのに……」
「なぁ、お前さぁ。良かったら、崇秀と一緒に死んでくんねぇか?そうしてくれたら、葬式代ぐらいなら、俺が全額負担してやるし、30年に一回ぐらいは、気が向いたら墓参りに行ってやるからよ」
「ヒデと一緒ねぇ。……嫌ぁ~よ、あんな底抜けの女誑し」
「プッ!!」
最近、逢う奴、逢う奴の崇秀に対する高評価には、正直うんざりしてたん面があったんだが、奴の本性を知ってる奴なら、普通こう言うよな。
思わず笑っちまった。
そんな風に、スッカリと樫田のペースに嵌っていく俺。
……って、ダメだ、ダメだ。
数時間後には解決しなきゃいけない重要な問題が有るのにも拘らず、この体たらく。
これは、流石にマズイだろ。
この場合、兎に角、この馬鹿をどこかに行かせるのが先決だな。
「……もぉ良いだろ。オマエ、どっか行けよ」
「い・や・だ。今んトコ、他に知り合いが見当たらないから、まだ真琴と遊んであげる」
「イ・ラ・ネ・ェってんだろがよぉ」
「あぁ、また懲りずに、そんな事を言うんだぁ。じゃあ仕方がない。アンタが、そう言うつもりなら、奈緒に、アンタが小学校3年まで、義理のお母さんと風呂に入ってた事を言ってやろ」
はぁ?
「ちょ!!オマエねぇ……そう言うの、奈緒さんとは関係ねぇだろ!!」
「知らない。じゃあね。バイバイ真琴。奈緒とお幸せにね……その未来があればだけど」
樫田の馬鹿はイラネェ1言を付け加えて、足早にこの場を立ち去ろうとする。
あぁ、そうかいそうかい。
なら、それで結構だ、そうしてくれ。
俺と、奈緒さんの愛は、テメェ如きが邪魔出来るもんじゃねぇ。
これ以上、今の俺にややこしい問題を提議するんじゃねぇよ。
イラネェ問題増やすな、ホント迷惑だ。
けどよぉ……
「待て待て待て待て……」
「なによ?」
「悪かった、悪かったよ」
「何が悪かったのよ?ちゃんと言ってみなさいよ」
「オマエを粗悪に扱って悪かったって。もぅ2度と言わねぇよ」
「じゃあ『此処に居て下さい千尋様』って言いなさいよ。そこも言うべきじゃない?」
この野郎……図に乗りやがって。
しかし、俺ってよぉ。
時間がねぇ時に限って、狙った様に変な奴に絡まれるな。
なんなんだよ、この悪夢?
面倒臭ぇにも程があんぞ。
「チッ……此処に居て良いぞ」
「じゃあね、バイバイ真琴。奈緒とお幸せにね……そんな未来があればだけど」
再び、スタスタと立ち去ろうとする。
つぅか、余計な天丼かましてんじゃねぇわ!!
「あぁ解った、解った。こっ、此処に居て良いぞ、樫田」
「えぇ~?良く聞こえな~い。今、なんて言ったのぉ?」
「えぇ~い、もぉ面倒臭ぇ。ゴチャゴチャ言ってねぇで、良いから此処に居ろ千尋」
「此処に来て、呼び捨てするかねぇ。……まぁしょうがない。真琴が、そこまで私と一緒に居たいなら、居てあげるよ」
「頼むから死んでくれ……(ボソッ)」
「なんか言った?」
「なんも言ってねぇよ」
これで漸く奈緒さんに『小3まで、義理の母親と混浴事件』を話されると言う最悪の事態は免れた。
かと言って、一番面倒臭くも、厄介な人間が此処に残った以上、事態の好転は何も見えていない。
結局、フリダシに戻っただけで、なにも解決はしていない。
ってか、何処でそんな情報を仕入れたのかは知らないが。
マジでコイツ、この後、何事もなく、どっか行ってくんねぇかなぁ?
そんな思案中にも拘らず、樫田の馬鹿は空気も読まず口を開く。
「真琴。アンタ、私を引き止めたんだから、なんか面白い話しなさいよ。若しくは面白い事して」
アホかコイツは?
なんで俺が、そんなピエロを演じなくちゃならねぇんだよ?
断固お断りだ!!
「オマエに話す事なんぞなんもねぇ……喋りたければ、オマエが喋れ」
「あぁそう……じゃあアンタが、アキバのオタクショップに出入りしている『生粋のオタク』だって事を、奈緒に教えてあげなきゃね」
もぉ勘弁してくれよぉ。
確かにアキバには、週一で行ってるのは認めるがな。
あれって、一応は変装して行ってるんだぞ。
なのに、なんでオマエが、そんな余計な事まで知ってんだよ?
俺の知り合いは、エスパーの集まりか?
もしそうなんなら、FBIに連行されるか、超能力戦隊でも組んで地球の平和でも守っててくれ。
それで忙しくなって、俺には構うな、迷惑だ。
とか言いながら……
「イヤイヤイヤイヤ、待て待て待て待て……」
「なによ?」
「あのなぁ、俺は、崇秀や、山中じゃねぇんだぞ。そんなそんな面白いネタなんか出てこねぇよ」
「あぁ、そう言われれば、そうだよね。アンタって、昔から喧嘩しか能が無い、滅茶苦茶退屈な人間だったよね。……じゃあ、しょうがない、私が喋ってあげるから、アンタは、絶対答えなさいよ」
「いや、オマエさぁ、なんで、そこまでして、俺に絡む必要が有る訳?」
「なんでって……暇潰しのオモチャよ、オモチャ」
「ったくよぉ、誰がオモチャだよ。……んで?なんか俺に聞きたい事でもあんのかよ?」
馬鹿な俺は、無警戒にも、そんな言葉を吐いてしまった。
「あぁっと、特には何もないんだけど……あぁいやいや、そう言えば、アンタに聞いておきたい事が、たった1つだけあった」
……たった1つかよ。
ドンだけコイツの中で、俺は、ツマラナイ人間扱いなんだよ。
多分、この分じゃ、ゴキブリ並みの最低ランクに位置付けられてるな。
「あぁそうですか。んで、なんだよ?それを答えたら、奈緒さんにイラネェ事は言わずに去れよ」
「腹の立つ奴……まぁ良いわ。もし答えれたら、その条件を呑んであげる」
なんだよ、その微妙な条件は……
まぁ良い。
この馬鹿を、さっさと他に追いやって、さっきの続きを考えよう。
兎に角、今の俺には、オマエと遊んでる時間は皆無なんだよ。
「んで?」
「あぁ、あのさぁ、この間のコンパの話なんだけど……」
うん?
なんだ、イキナリこの得も言えぬ不安なキーワードは……
この手の話は、不安材料しかねぇぞ。
「アンタさぁ、なんで、ほわほわしてる感じの咲じゃなく。キツイ感じの奈緒を選んだの?アンタの最低な趣味から考えたら、咲の方が、よっぽどアニメっぽい訳でしょ。だから絶対に、咲を選ぶと思ったんだけど……なんで奈緒だったの?」
いや……オマエ、何言ってんだ?
そりゃあ俺もな。
奈緒さんと話をするまでは、そうかと思った節も有るが。
話をしたら、別に、奈緒さんがキツクねぇ事ぐらいわかるだろうに。
まぁ確かに、突然、気紛れ起こして意地の悪い事をしたりするけど。
それは冗談の域であって、本気で、そんな事をしてる訳じゃねぇし、第一あの人、滅茶苦茶親切だし、凄ぇ優しいんだぞ。
それに買い物上手で、俺なんかが及ばない程、凄ぇしっかり者だ。
だから……話した後からは、1度もオマエの言う様な印象を受けた事がねぇんだがな。
ホント、なに言ってんだコイツ?
オマエ、友達なんだろ?
もうちょっと奈緒さんの内面的なものを見ろよな。
……っとは言え。
俺の奈緒さんは、そんな風に性格が良くて、顔が可愛いのは言うまでもないがな。
「わかってねぇな。オマエは、奈緒さんの本質を、なにもわかっていねぇ」
「なにがよ?奈緒とは、最近知り合ったばっかりのクセに」
「確かにオマエの言う通り、奈緒さんとは、最近知り合ったばっかりだ。それにオマエの言う通り、咲さんは優しそうなイメージだし、漫画みたいにほわほわした感じもある。だがな、奈緒さんには、それを上回るマニア心を擽る要素があんだよ」
「なにそれ?……しかも、マニアとか自分で言っちゃってるよ、気持ち悪いなぁ」
「うるせぇわ。誰が気持ち悪いだ。良いから黙って聞け」
「あぁはいはい……それでなんなのよ。その『マニア心を擽るモノ』とかって言う奴は?」
自分で言っておいてなんなんだが、マニア、マニア言うな。
マニア心は、男が女に求める幻想……神聖な領域なんだぞ。
オマエも女なら、少しぐらい、その辺を理解して置いても損は無いんだぞ。
だから、まず気持ち悪がらずに、俺の話を有り難く聞け。
その辺については、徹底的に講釈してやるからよぉ。
「聞きたいなら『どうか教えて下さいませ、真琴様』って言え。なら、教えてやる。話はそれからだ」
「アンタ、馬っ鹿っじゃないの?脳味噌大丈夫?私が、そんな気持ちの悪い事を言う訳ないでしょ。それに、その薄気味悪い話を喜んで聴きたがる女なんて居ないわよ。……あぁ気持ち悪い」
気持ち悪くねぇわ!!
「わかってねぇなぁ。そんな事バッカリ言って、人の話を聞かねぇから、オマエは、いつまで経ってもモテないんだよ」
「誰がモテないって?」
「オマエだよオマエ。それに、この有り難い話を聞かないなんて、女子としては馬鹿の極みだな」
「なんでよ?なんで、そんな気味の悪い話を、有難がってまで聴かなきゃいけないのよ?」
「……良いか?これを知ったら、男なんてイチコロに成り得る必殺技が習得可能になるからだよ。まぁこの程度で嫌がってる様じゃ、オマエに先はねぇ。この女性にとっては有り難い技は、一生体得出来ねぇだろうしな」
「なによそれ?」
「教えねぇ」
「じゃあ、言ったら……ちゃんと教えてくれるんでしょうね」
興味を引いたのか、豪く素直になったな。
まぁこれで『どうか教えて下さいませ、真琴様』が出来る様だったら、半分はクリアーなんだがな。
アホの樫田にゃ、到底無理な相談だろうがな。
なので、諦めて去れ。
……ってか、なにやってんだ、俺?
最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>
迫り来る影の正体は樫田さんでしたね(笑)
そして、完全に彼女のペースに引き込まれていく倉津君。
ホント、なにやってるんですかね?
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