●前回までのあらすじ●
嶋田さんが金銭に拘る様に見えた倉津君は『お金で人の心を買おうとする』と言う最低な行為をしてしまい。
椿さんから大激怒を喰らってしまう。
「椿……もう良いから、チョット落ち着いて」
「だって、だって……悔しいよぉ~。いつも、みんな、浩ちゃんを利用するだけしたら、無理難題言って、ナンデモカンデモ『オマエのせいだ』って言うバッカリじゃない。いつも浩ちゃん悪くないのに、みんな卑怯だよ。……何もしない癖にズルイよぉ」
「良いんだよ、それで……それはそれで、俺の力になってるんだからさ」
「浩ちゃん……」
「それにな、椿」
「なに?」
「それは、俺が好きでやってる事だから、倉津君を責めるのは間違ってるんじゃないか?第一お金を稼ぐ為には、バンドや、倉津君のレベルアップなくして考えられない。あのお金は、そう言う為の投資だよ」
「あっ……」
「だから今、謝るのは椿の方なんだよ。『二度と来るな』なんて言っちゃいけない」
「そうだね。そんな事を言っちゃイケナイよね。うん、わかった。ちゃんと謝る……ごめんなさい、後輩さん」
「そう、それで良いんだよ。……悪いね倉津君。ミットモナイ所を見せて」
ミットモナイ……
それは、嶋田さんや椿さんの事じゃない。
寧ろ、一方的にミットモナイのは俺の方だ。
バンドってモノの本質を、あれ程、山中や、崇秀に口酸っぱく言われてたのに、まだ解ってなかった。
これは脳味噌が、どうとかこうとか言う話じゃなく、俺が馬鹿過ぎるだけの話。
……なのに、金で嶋田さんの心を買おうとするなんて、恥知らずにも程がある。
まさに腐ってるのは俺の方だ。
「謝るのは俺の方ですよ。嶋田さんが、こんなに真剣に打ち込んでくれてるのに、疑うなんて、どうかしてました。ホントにすみません」
「なにも倉津君が謝る様な事じゃないよ。実際、先に嫌な話を持ち出したのは俺だしね」
「そんな訳ないじゃないですか!!俺が……俺が負けた時の話なんかしたのが始まり。……負ける事を前提に、話しなんかするべきじゃなかったんッス。ホントすみません」
「じゃあ、オアイコって事で良いかな?これ以上の問答は無用だよ」
「ホント、すみませんでした。……あぁそれに、椿さんにも嫌な思いさせて、ホントすみませんでした」
「うん。椿、もぉ全然、怒ってないよ」
椿さんは、本当に怒ってないし、キチンと反省もしている。
それに、もうこの時点でニコニコしながら俺に話してくれている。
そんな椿さんに比べて、俺はなんなんだろうか?
「さて、お互い蟠りも解けた事だし……そろそろ本題に移ろうか?」
「ウッス」
「それじゃあまず、その概要を聞かせて貰おうかな。……仲居間さんは、どんな条件を出してきたんだい?」
「あっ、はい。アッ、アイツは、この3ヶ月間の成果を見せろって言ってきました」
「まぁ、そうだろうね。確かに彼には、それを言うだけの権利が有る。アメリカであれだけの実績を短時間で積み上げたんだから、これは否めない話だね」
「そうッスね。……マジ、たまったもんじゃないッス」
「それで、どういう賭けの内容?」
「アイツが集めたオーディエンスを盛り上げれるか、どうかって奴です。……しかも奴の主観で」
「なるほど。それは思っていた以上に、かなり厄介な案件だね」
「そうッスね。けど……それって、ちょっと違うんじゃないですか?」
「何故、そう思うんだい?」
「あぁいや、これは確信じゃないんッスけど……確かに、奴が連れてくるオーディエンスを盛り上げるのは大変でしょうが。100%ウチのバンドが力を出せれば、どんな観客であっても盛り上げる事は不可能じゃないんじゃないですか?」
俺は別としても、ウチのメンバーはツワモノ揃いだ。
ギター・ドラム・ベース・歌唱力・MC、どれをとっても一流と言っても過言じゃない。
なら、今度のライブの客が、普通の客じゃないとしても、あれだけの演奏が出来れば、自ずと結果はついてくる。
俺が唯一確信めいた事が言えるのは、そのせいだ。
「甘いね。倉津君は、まだ仲居間さんと言う人物を甘く見ている」
「ヤッパ、甘いッスか?」
「うん、甘いね。まず第一にして、仲居間さんが連れているオーディエンス。この人達って言うのはね。普通の客が殆ど居ないんだ」
「普通の客じゃないって、どういう事ッスか?ある程度、予想は付きますけど。それ程、凄い連中なんですか?」
「まぁ、その大半が、芸能プロダクションに所属しているスカウトマンだからね。目の肥え方が尋常じゃないんだよ。だから彼等を唸らせるのは、かなり難しい。そんじょそこらのライブ程度じゃ、彼等は、なにも満足してはくれないだろうからね」
客の大半がスカウトマンだって?
そんなライブ聞いた事ないぞ。
「なっ、なんッスか、それ?そんなもん、最初から勝機なんて、全くないじゃないですか?どうすりゃあ良いんですか?」
「うん。まぁ、そうは言っても方法は有る。だから、その辺は、俺に任せて置いて貰っても良いよ。……けど、それよりも問題なのはバンドの方だよ。倉津君達が上手く立ち回ってくれないと、策を労した所で意味はない。オーディエンスより、俺としては、そっちの方が怖いね」
「……そうッスね」
「っで、今、バンドの方は、どんな状況なの?俺の予想だと、倉津君の用事の本命はコッチだと思うんだけど」
「はぁ~~~、それが……」
俺は、嶋田さんに、今日のスタジオ練習の話を始めた。
***
「ハァ~~~なるほどね。……仲居間さんは、どこまでも上手いやり方を組んでくるもんだ。なんで中学生で、そこまで出来るんだろうね?感心を通り越して、感激すら覚えるよ」
「不本意ッスけど、そうッスね。奴の行動力は尋常じゃないッス」
思考回路の容量がおかしい。
NASAのコンピューターでも、早々、あんな次々に回答を出さないだろう。
誰がどう見ても、そう見えるのはおかしい事ではない。
「さてと、まぁそうなると倉津君・山中君・有野さんは問題無いって事で良いかな?」
「はぁ……まぁ山中の馬鹿は、実際、俺が何も言わなくても、最初から一貫してますし。素直の件は、不本意ッスけど、馬鹿が上手くやってくれましたから、恐らくは大丈夫かと」
「っとなると、ヤッパリ問題は、向井さんか……」
「あぁ……そうッスね」
「でも、正直言うと。これバッカリは、俺には、なんとも出来無いからね」
「ですね。完全に俺の問題ッスから……」
「っで、勝算の程は?」
「恐らく、多く見積もっても3:7って所ッスかね」
「うん。良い見解だね。……けど、そこはなんとか、倉津君に乗り越えて貰わないと困るのも現実。このまま向井さんがゴネた状態でライブが始まっちゃったら、それこそ負けが確定しちゃうからね」
「ですね」
奈緒さんか……
奈緒さんは言わずと知れた、ウチのオールラウンダープレイヤー。
ボーカル・ベース・ドラムをこなし。
そして恐らく彼女は、崇秀にベースの弾き方を習った時に、独学でギターも弾ける様になってる気がする。
どの楽器に対しても、彼女は、一定レベルに達するまで努力を惜しまない。
故に、楽器演奏についての問題は全くない。
ただ問題なのは、彼女の性格だ。
勿論そうは言っても『奈緒さんの性格が悪い』って言ってる訳じゃないんだが、奈緒さんは、意外に融通が利かない。
一旦、これと決めた事に対しては、自分が間違っていようが、何しようが、中々曲げない厄介な性格。
要するに、昭和初期の人の様に頑固者なんだ。
そんな彼女は今、俺の事で、かなり意固地になっている。
これが今回、この件の最大の問題だろう。
しかも、いつも通り俺の責任で、そうなっちまってる。
「まぁまぁ、そんなに自分を追い込まなくても、良いんじゃないかな?向井さんは、倉津君の彼女なんだからさ」
「そうッスかね?」
「う~~~ん。多分、それ、違うんじゃないかなぁ、浩ちゃん」
「うん?なんでだい、椿?」
「うんとね。椿は、浩ちゃんに聞いた程度でしか事情を知らないから、どうこう言うのも変なんだけどね。その向井さんって子、多分、最初から拗ねてないよ」
「うん?どういう事だい?」
「うんとね。なんて言って良いのかなぁ?以前に浩ちゃんから聞いた話と、今の話から推察したらね。なんか拗ねてるって言うより『試してる』みたいな感じを受けるんだぁ……後輩さん、なんか思い当たる節はない?」
有るな。
……って言うか、寧ろ大有りだ。
横浜の橋での騒動以降、奈緒さんは、意外なほど、俺に対してだけは、自分に正直に行動してくれている。
これが既に『試されてる』って事にもなる。
付け加えるなら、この『試す』って行為の中には『そんな自分でも受け入れられるか?』って言う項目すら含まれている様な気がしてならない。
流石、女の人だ。
同性の事は良く解ってらっしゃる。
「あぁ、確かに有りますね……あの、因みになんッスけど。椿さんなら、そう言う時どうして欲しいもんなんッスか?」
「うん?椿は、そう言うの何にも無いよ。だって浩ちゃんは『試す必要』なんて無いもん」
「がっ……」
これが男の格の差って奴か……悲しくなる程、酷い現実だな。
「ははっ……椿、それじゃあ答えに成ってないよ。倉津君はね。例え話をしてるんだよ」
「あっ、そっかそっか。じゃあねぇ……あぁっと、そうだなぁ……えぇっとねぇ……ヤッパリなんにも無いや。椿は、浩ちゃんと一緒に居られれば、それだけで良いもん」
惚気?
いやいやいやいや……多分、これは本音だ。
いや、チョット待てよ。
……って事は、これが女性の本音だとしたらだな。
ひょっとして奈緒さんも『俺と一緒に居たいだけ』……なんて事も有り得るって事か?
……イヤ、無いな。
奈緒さんの場合、もっと深いモノがある様な気がしてならない。
あの人は、兎に角、謎が多い人だからな。
「あのねぇ椿。その答えは、オマエにしか当て嵌まってないだろ」
「あぁそっか……けどね、浩ちゃん。女の子だったら、好きな人が一緒に居るだけで安心するもんだよ」
「まぁ、そう言う取り方も有るか……」
「でしょ。それにね、浩ちゃんだって、椿と一緒に居たら安心するでしょ?」
「まぁ、そうだね。……色んな意味で、一緒に居れば安心はするね」
「でしょでしょ♪」
嶋田さんって、意外と馬鹿ップルなんだな。
それに椿さんに対して、コソッと意地の悪い事を言ってるし……
まぁ椿さんは気付いてないみたいだが……
「まぁ、そんな話は置いといてだね。……いや、この場合、その話を踏まえてだね。倉津君1つ提案が有るんだけど」
「なっ、なんッスか?」
「明日から2日間、練習に出て来なくて良いから。向井さんと遊んできなよ」
「えっ?……いやいや、一番下手糞な俺が練習に行かないなんて、流石に不味くないッスか?」
「まぁ、そりゃあ良くはないけど。向井さんが不調のままの方が、ズッと問題だと思うよ」
今、嶋田さんの構図が明らかになったよな。
奈緒さん>>俺。
……再び、悲しい現実が襲ってきた。
当然、そうなっても当たり前なんだが、なんか面と向かって言われると、意外にキツイな。
そして、恒例の様に凹む俺。
「あぁ、勘違いしちゃダメだよ。俺は、倉津君が必要ないなんて微塵も思って無いから……」
うわっ!!フォローが痛過ぎますよ。
幾ら無痛症の俺でも、流石に、これは堪える。
「あぁ、じゃあさ2人で練習してきなよ」
これも一般的に聞けば優しい言葉だが。
現実的に見れば、ちっとも優しくない言葉だよな。
嶋田さんって、実は、天然のSなんじゃないのか?
「あぁ、心配ないッスよ。俺、別に凹んでないッスから」
「じゃあ、良いけど……っで、どうする?」
「あぁ取り敢えずは、嶋田さんの言葉に甘えさせて貰うッス。……俺も奈緒さんの件を、いつまでも放置する訳にもいきませんから」
「じゃあ、そう言う事で」
っとまぁ、こんな感じで話し合いは終わる。
そんでこの後、椿さんが、ご飯をご馳走してくれた所で23:00。
なんとも凄い任務を授かって。
重い気持ちになりながら、帰り支度をして上大岡の駅に向う。
明日か……
バンドにとっても、俺にとっても、重要な1日に成りそうだな。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございますです<(_ _)>
これにて第二十五話『嶋田さん家の家庭の事情』は終了でございます。
いやはや、それにしても、長い話に成っちゃいましたね。
これ、非常に自分でも駄目だとは思っているのですが。
どうしても人間関係を事細かに書きたくなって、長くなっちゃうんですよね。
もぉキャラクターを徹底的に掘り下げない時が済まない人間なんでしょうね(;´д`)トホホ
さて、そんな感じで、次回からは……
第二十六話『奈緒の気持ち』が始まります。
一体、奈緒ちゃんの本心って、どう言う物なんでしょうね?
ちょっとでも気に成ったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
読み終わったら、ポイントを付けましょう!