最後まで奏でられなかった音楽

どこかお間抜けDQNな不良さんのゆったり更生日誌(笑)
殴り書き書店
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101 不良さん 喧嘩の仲裁をする

公開日時: 2021年5月18日(火) 00:21
更新日時: 2022年11月18日(金) 21:44
文字数:6,061

●前回のおさらい●


 先に演奏してたドラマーをKOし、ドラムを占拠した上で一曲奏で。

演奏後、その場で一番出来が悪かったベースすら退場させてしまった山中君。


そして、ベースを補填する為に、ステージ上に奈緒さんを召喚しようとするが……

未だに楽屋では、奈緒さんと崇秀の口論が続いていた。


さてさて、どうなる事やら?(笑)

 楽屋の中に入るまでもなく。

入り口付近からして既に、険悪なムードが醸し出されている。


こんなもん嫌な予感を通り越して、最悪なイメージしか沸かねぇ。



「山中君が呼んでるんで行きます。……どいて下さい」


俺が楽屋に着いた時。

丁度、奈緒さんが、崇秀を押し退けてステージに向おうとしている所だった。



「うわぁ~~~っ、ヤクザの彼女は怖いねぇ。……それにステージに上がるのも、仲間が居れば大丈夫なんだな。なんだかねぇ」

「大きなお世話です。仲居間さんは、そうやって嫌味ばっかり言って、1人で自分勝手な音楽をしてれば良いじゃないですか」

「そっかよ。そいつは良いや。……ところで、なぁ、向井さん」

「なんですか?」

「この要らない奴も、オマケで連れて行ってくれないかなぁ?もう俺にとっちゃあ、なんの役にも立たねぇ存在だからイラネェんだけど」


そう言ってアリスの脇を掴み。

無理矢理立たせて、奈緒さんに向かって押し出す。


アリスは、フラフラと力無く奈緒さんに体を預ける。


奈緒さんは宥める様に彼女の肩を抱きながら、崇秀をキッと睨んで反論する。



「仲居間さん……これは、少し酷過ぎませんか?アナタにはモラルってもんが無いんですか?」

「なに言ってんだかな。そんなもん、いらない物を破棄しただけの話じゃないか。そこにモラルなんてものは存在しない。だから向井さんもさぁ、そんな綺麗事を言ってないで『それ』がイラナイならドッカに捨てちまえば良いじゃん。……あぁ因みに、返品だけはお断りだけどな」

「アナタって人は……」

「なに?俺は、完全効率主義者なの。使えない物は、なにを言われてもイラナイ」


始まったよ。


この崇秀の訳の解らない御託は、聞き慣れてないと、絶対に対応出来無い。

兎に角、コイツは、人に嫌われる事が解ってても、敢えてそれを言ってくる節があるからな。


勿論、俺には、崇秀が、マジでこんな事を言っていないのは、十分な位にわかっている。

ただ、崇秀と知り合ったばかりの奈緒さんには、単純には奴の思考が読み取れないのも事実だろうな。


まぁ、こうなってしまったら、奈緒さんには、崇秀に対する嫌悪感しか残らない訳なんだが、崇秀は、その辺の嫌悪感は自ら進んで受ける。


『自己犠牲』なんて精神、アイツには、最も似合わない言葉なのだが。

その実、才能を持つ者の才能を腐らせる方が、奴にとっては気に喰わない。


そんな感じなので、悪意も無く、今言ってる様な事をほざいてるんだろうな。


まぁ偶に、後先考えてない時も有るんだがな。



「よくもまぁ、そんな事が言えたもんですね……他人を利用するだけして、いらなくなったらポイッ?頭、おかしいんじゃないですか?アナタ、どうかしてるんじゃないの?」

「こんな程度の事、どうもしてねぇつぅの。つぅか、他人も利用出来ねぇ様な人間なんざノロマなグズだ。そんなクダラナイものを養う気は、俺には毛頭ない。……それにしても向井さんさぁ、やけにアリスを庇うんだな?そんなに弱者を庇うのは気持ち良いか?なぁアナタは、なんでそんなに他人に優しくしてるんだ?そこまでして善人で居たいのか?」

「なに言ってるの?こんなの当たり前の事じゃない」

「あははは、良いね、良いね。それ……なんの友情ごっこ?それ、なんの役に立つの?良かったら、俺もよしてよ」

「この人……話にもならない」

「あっそ……じゃあ、話は終わりだ。破棄物の処理、宜しくね」


そんな崇秀の言葉に、奈緒さんはキッと睨んでからアリスに向かって……



「行こ、アリス。アンタの面倒は、私が見てあげるから」

「ごめんなさい、向井さん。……無理です。僕は、ヒデ君のギターが無いと唄えない」

「なっ……」


なるほどな。

これで漸く、崇秀のアリスに対する意図がハッキリ見えたぞ。


奴がアリスに懸念しているのは『自分に対する依存』だ。


アリスは実力は有るが、どこか崇秀に頼りきっている所が有るんだろう。


どうも俺が見る限りでは、そこの改善が今回の目的の様だな……


実に崇秀らしい、面倒臭い遠回しなやり方だ。


そんな思考をしていると、嶋田さんが、何か思い当たる節が有るのか、崇秀に声を掛ける。



「仲居間さん」

「あっ、すみません。なんッスか?」

「俺、ステージに上がっても良い?山中君が、向井さんを呼んでから、かなり時間が経ってるよ」

「あぁすみません。役に立たない奴が中々動かないもんで……じゃあ、お願い出来ますか?」

「ん。じゃあ、お先に行って来るね」


そう言って楽屋を後にする。


嶋田さんの懸念は、ライブの経過時間……アリスの事ではなかった。


こう言うところは、流石大人。

冷静だよな。


そして入り口付近で俺に遭遇すると、嶋田さんは、たった一言だけこう言い残した。



「倉津君、後は頼んだね」


俺の肩を叩いてステージに向っていく。


当然こうなるよな。

問題になってる2人の共通の知り合いである俺が、事態の収拾を任されるのは、当然至極。


それ以前に、この状態のままでは、これ以降、山中が誰を呼んでもステージに上がる事は出来無い。

兎に角、この問題を、早急に解決しなければいけないんだろう。


まぁ冷静になれば、この問題。

至って簡単な答えがなくもないんだがな。

最大の問題点は、2人が俺の話を聞いてくれるか、どうかだな。


そんな感じの俺は、意を決する事もなく、普通に楽屋に戻る。



「おっ、倉津、戻って来たのか?お疲れ、お疲れ。……おぉそう言えば、向こうは、どうなってた?」

「あぁ、山中の奴、かなり盛り上げてるみたいだぞ」

「ほぉ~~~、やるもんだねぇ。使えねぇって言ったのは、早急だったかな?」

「さぁな」

「んだよ?冷てぇなぁ。向井さんを虐めた仕返しか?」

「アホか?なんで俺が、2人のライブの問題にイチイチ口を挟まなきゃいけねぇんだよ。喧嘩するなら勝手にやってくれ」

「クラ。君は、私が困っているのに、傍観を決め込むつもりなの?」


怒ってるな。

これはもぉ、いつもとは比べ物にならないぐらい怒ってる。


しかも、崇秀の言葉に腹を立ててる分、かなり感情的にもなってるな。


こりゃあ、一筋縄ではいかないな。



まぁ……崇秀の意図は解り難いからな。



「はぁ、そうッスよ」

「なんで?なんで?私、君の彼女なんだよ。それなのに、なんで、そんなに冷たく出来るのよ?」

「はぁ、そりゃあ、俺の立場は、どっちつかずですからね。奈緒さんの味方をすれば、崇秀に角が立つ。逆に崇秀を立てれば、奈緒さんの顔が立たない。寧ろ、どうしろって言うんですか?」

「そんな一般論を言ってるんじゃないでしょ」

「わかってますよ。……けど、中途半端な立場じゃ、何の役にも立ちませんよ。だから、普段通りにしてるんッスけど。それに……」

「それになによ?」

「アリスも、奈緒さんも、此処になにしに来たんッスか?演奏しに来たんじゃないんッスか?」


これが、此処に居る本質的な話だと俺は思う。


『やれる』とか『出来無い』で揉めてるのは勝手だが『出来無い』なら、此処に居る必要はない。

だったら、演奏しない奴等は、此処から去り、客席側に混じって盛り上がれば良い。


ただ楽屋に居る以上、それでは通らない。

此処は、演奏をする事を前提にした者の待合室だ。


それを否定してたんじゃ、この場所を集まった意味すらない。


勿論、人間なんだから『苦手』な事が有っても構わない。

けど、此処は、そんな奴の逃げ場所では決してない。



「じゃあ君は、私に此処から去れって言いたい訳?」

「違うッスよ。俺は、ただ単に奈緒さんの演奏が聴きたいって言ってるんッスよ。そこにアリスの声が入れば、更に良く成ると思うんッスけど……どぉッスか?」


言葉は難しい。

綿密に相手に伝えるとなれば、尚更、至難の業だ。


言葉と言うのは厄介で、良い方向に話を向け様としても、思っても居ない落とし穴があり。

相手方には、あらぬ方向に取られる事が多々ある。


特に日本語は表現が多い為、それらを幾ら考慮しても曲解される。



今回の俺は、その辺を上手く回避して、上手く言えただろうか?


また失敗してなきゃ良いが……



「生意気……な事言う様になったんだね、クラ。君は何様なの?」

「俺ッスか?……俺は、ただのこの馬鹿の友人で、奈緒さんの、その……彼氏ッス。まぁそれ以前に、奈緒さんの音楽に衝撃を与えられたアナタの信者ですけどね」

「上手く言うんだね、君は」

「そうッスかね?けど、今回一番悪いのは、明らかに奈緒さんですよ」

「なんで私が悪いのよ?」


睨みながら声を低くしている。


こんな時に失礼かもしれないが、この表情も可愛いな。



「あのッスね。奈緒さんが我儘を言って良いのは、俺だけなんッス。それを、この馬鹿に言うって事は、俺にとっては浮気されたのと一緒ですよ。だから奈緒さんは、俺だけの為に楽器を弾いて下さい。他の奴なんか関係ないッスよ」

「もぉ、またそう言う事を言う……はぁ、もぉわかったわよ。やれば良いんでしょ」

「そうッス。それに、このまま奈緒さんが行かなかったら、山中のボケが嘘つきになっちまいますからね。アリスの事は、俺に任せて行ってやって下さい」

「うん、もぉわかったよぉ。……じゃあ、アリスの件は、君に任せて良いんだね。でも、前にも言ったけど、どこかの人みたいに、平気で女の子を泣かす様な真似は、絶対しちゃダメだよ」

「ウッス」


なんだ?


なんかしらんが上手く行ったぞ。

奈緒さんと知り合ってから、初めて、自分の思い通りになったんじゃないか?


じゃ、じゃあ、もぅ一丁頼み事をしてみるか。



「なっ、奈緒さん!!」

「なっ、なに?」

「これ、持って行って下さい」


俺は、ハードケースから自分のフェンダー出し、彼女に渡した。



「なに?どういう事?」

「あぁ……なんて言いますか。山中が、奈緒さんをベースで指名した以上、俺の出番が無い可能性があるんッスよ。そん時、なにもしてないのも、みっともないんで『せめてベースだけでもステージに』っと思いまして」

「そう言う事ね。でも、それは良いんだけど、クラの出番があったら、どうするの?」

「その時は、奈緒さんのベースを使わせて貰います」

「うん。わかった。……じゃあ、良いよ」

「じゃあ、頑張って下さい」

「うん」


そう言って奈緒さんは、走ってステージに入っていく。


今からだと、多分、曲の途中からになるだろうけど。

彼女なら、どこからでも上手く合わせられるだろう。


それに、その辺の調整も、山中が上手くやってくれる筈だ。



さて、これで残った問題はアリスだけだな。



「ククッ、上手い事言うな、オマエ。流石は、向井さんの専属マネージャーだな。ちょっと感心したぞ」

「まぁな。自分の彼女が嫌な顔してるのは、彼氏なら誰だって見たくないだろ」

「そいつはちげぇねぇ」

「んで?オマエは、どうするんだよ?」

「どうもしねぇよ。此処まで言っても、この馬鹿が行かねぇんなら、メインボーカルが向井さんになるだけの事だろ。そこにベースのオマエを補填して御仕舞い。……それだけだ」

「だろうな。言うと思ったよ」

「おっ?なんだよ。やけに冷静じゃねぇか?おもしろくもねぇ」


付き合いが長ければ、そんなもんだ。


オマエの性格も、ある程度は熟知してるしな。



「じゃあ、どうするよ?オマエは、その面白くもない事を続行する気なのか?」

「オイオイ、なんだよ?今日は、やけに上手く言うな。……だが、オマエの言う通りだな。俺は、ツマラナイのは大嫌いだ。だから、此処は1つオマエの話に乗ってやるよ」

「ほぉ。なにをすれば良い?」


なんか崇秀が話に乗ってきたぞ。


……って言うか、俺が乗ってるのか?



「賭けだよ、賭け。此処は一発、賭けをしようぜ」

「賭けだと?まぁ構わねぇけど、なにを賭けの対称にするんだ?それにもよるぞ」

「ライブをするなら、賭けの対象は、オーディエンスの盛り上がりしかねぇだろ」

「なんだ?どう言う事だよ?」

「なぁ~にね。この後、アリスと、オマエを加えた、オマエ等のバンドが演奏する3曲と、俺1人のソロの演奏で、どっちが盛り上げれるかで勝負って言うのは、どぉだよ?これなら、ちっとは面白ぇだろ?」

「なんだよ、その賭け?負けるつもりなのか?」

「馬鹿言うな。嶋田さんを含めても、オマエ等じゃあ俺には勝てない。俺が客全部頂いてやるよ」


どこまで自信家なんだ、コイツは?


俺は良いとしても、コチラには山中・奈緒さん・嶋田さん・アリスが居るんだぞ。

中でも、嶋田さんは特筆すべき天才。


オマエと同等の力……いや、それ以上のポテンシャルをすら秘めている可能性も有るんだぞ。


なのにコイツは、この自信。

一体、どこから、そんな自信が湧いて来るんだよ?


・・・・・・


まぁ良いか。

ただ単に負ける気なのかもしれないしな。



「んで?勝った者は、どうするんだよ?」

「俺を好きにすれば良い。……オマエ等メンバーの1人1人のどんな条件でも飲むぞ」

「なら、オマエが勝った場合は?」

「なにもイラネェ。オマエ等が、俺と言う天才の前に打ちひしがれる姿だけで十分だ」


なんて性格の悪い奴だ。


けどなぁ、こう言う事を言うって事は、かなり本気だな。

なにかロクデモナイ事を仕出かす可能性すらある。


だが、それでもまだ、コチラ側の有利は変わらない。



「『俺の一存では決められない』って言ったら、どうする?」

「なら、一曲やってる間に伝えろ。それがダメなら、この話は御破算だ」

「あぁなら良いだろう。まぁ俺は、他の奴とは別に、オマエの話に乗ってやる」

「ほぉ。なら、なにが望みだ?」

「俺が勝ったら、オマエは、一生アリスの専属ギタリストとして生きろ」

「えっ?」


アリスが漸く、此処で反応する。


この会話中、あまりに何も言わないから、死んでるのかと思ったぞ。



「おもしれぇ、良いだろう。……その代わり、俺は手段を選ばないぞ」

「勝手にしろ。あぁそれと、俺が負けた場合も、オマエの言う事を1つ聞いてやる。フェアーじゃねぇ賭けってのは、どうにも気にくわねぇかんな」

「そうかよ。じゃあ、決着がつくまでに、オマエの処遇を考えといてやるよ」

「ほざくな」


矢張り、どこやかしこに余裕が見受けられるな。

その証拠に奴は、俺を気にする感じも無く、そのままどこかに出て行く。


まぁ、事がどうあれ。

賭けが成立してしまった以上、もぉ後に引く気はないがな。



「行っちまいやがったよ。……じゃあ、俺達も行くぞ、アリス」

「えっ?あの……僕は……」

「良いからよ。もうゴチャゴチャ考えずに唄え。奈緒さんのベースと歌、山中のドラム、嶋田さんの超絶ギター。まぁ俺は、そんなに役には立たねぇかも知れねぇがな。出来るだけの事はする。だからオマエも、俺達を信じろ」

「でっ、でも……なんで倉津さんは、僕の為に、そこまでしてくれるんですか?」

「なに言ってやがんだ?1度とは言え、ステージを一緒にした仲間だろ。袖触れ合うのも何かの縁ってもんだ。……それに俺は、あの馬鹿の吠え面って奴を1度見てみてぇんだよ」

「ぼっ、僕に出来ますか?」

「信じろよ。……それしか俺には言えねぇ」

「あり……ありがとうございます、倉津さん」


そう言ってアリスは、俺に抱きついてきた。


えっ?


ちょ……なにこれ?


一体、何が起こってるん??


最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>


今回は、都合上、ちょっと長くなってしまったのですが。

奈緒さんが、とうとうステージに上がり。

楽屋では、倉津君と崇秀の賭けが成立し、アリスの命運も倉津君に託されたみたいですね。


そして次回。

そんな中、大胆な行動をとる『アリスの正体』が漸く判明します。


一体彼女は、何者なのでしょうか?


それは次回の講釈です(笑)


また良かったら、遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ

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