●前回までのあらすじ●
誰にでも簡単に騙されてしまう無邪気な椿さんに、この後の為にも注意をした倉津君。
でも、自分もよく似た事を崇秀にして貰っている事に気付き……凹む(笑)
「後輩さん……急に、どぉしたの?元気ないよ」
「いや、今さっきの椿さんの話で、自分にも思い当たる節が多々有りまして……」
「そうなんだ。……じゃあね、今度は、椿が後輩さんを助けてあげる。相談に乗ってあげるよ」
「そうッスね……」
俺は、椿さんの意見に小さく賛同した。
ただこれは、本心から賛同した訳じゃない。
椿さんは、あぁ言ってくれてはいるが。
正直これは、彼女に相談して、どうこうなる問題じゃない。
寧ろ、他人に騙されてばかりのアナタが、一体なにを教えてくれるって言うんだ?
そうやって、人に文句を思いながらも、頼ろうとしている自分がいる。
これも嫌なものだ。
「あのね、後輩さん。なにも解らない椿が、こんな事を言うのも変だけど……人にはね。出来る事と、出来無い事があるんだよ。椿は無理しちゃダメだと思う」
「けど、それじゃあ、全然、進歩しないんじゃないッスか?」
「あぁそうかぁ……そうだね。あぁでもね、でもね。じゃあ、無理するんじゃなくて、ゆっくりでも良いから一歩一歩前に進めば良いんじゃないかな?」
「まぁ一般的には、そうなんッスけどね。中々、この悪い癖は抜け無いんッスよ。それに俺が頼ってる奴って言うのが、滅茶苦茶器用な奴で、何事も一速飛ばしで進歩する様な奴なんッスよ」
「そっかぁ。凄い人なんだね。……じゃあね、じゃあね、こういうのはどぉ?」
「なんッスか?」
「あのね、あのね。後輩さんが悩んだ時、その人なら、どう解決するか考えてみたらどぉ?」
「まぁ、単純に言えば、そうなんッスけどね」
「これもダメなの?」
「ハァ……まぁ、あの、何て言うか。そうしたいのは山々なんッスけど。俺なんかじゃ、そいつの考えは難し過ぎて、到底思いつかないんッスよ。……って言うかッスね。既に、なにを考えてるのかすら解らない現状ッスね」
「そっかぁ。それじゃあ、これもダメだね……」
これ以降は、会話が途切れる。
俺が、こう自分の無能さをひけらがして、椿さんの意見をナンデモカンデモ否定してしまうもんだから、恐らくは椿さんも、なにも思いつか無くなったんだろう。
2人で俯いたまま、思考するだけの時間を過ごす。
***
「あぁ、疲れた……椿、ただいまぁ」
「あっ!!浩ちゃんだ……浩ちゃん、お帰りぃ~♪」
悩んでいる内に時間が過ぎ、どうやら嶋田さんが帰宅したみたいだな。
椿さんは、彼の声を聞いた途端、直ぐに俯くのを辞め。
嬉しそうに部屋の扉を開けて迎えに行った。
何と言う、立ち直りの早さ。
今迄凹んでいたのは、何だったんだろうか?
それほど彼女の声には、一切の陰りがない。
「ねぇねぇ、浩ちゃん。浩ちゃんに、お客さんが来てるよ」
「お客さん?誰が来てるんだい?」
「えぇっとね。後輩さん」
「後輩さん?……椿、ちゃんと名前を言わないと、誰だか解らないよ」
「えぇっとね……知らない」
「またオマエは……」
「でもね、でもね。今回は、ちょっと違うんだよ。後輩さん、ホント、凄く良い人だから」
「オマエは、一体、それで何回騙されたら気が済むんだ?」
「違うもん。今度は、ホントに良い人だもん」
「……まぁ良いか。取り敢えず、その後輩さんとやらに逢うよ」
「もぉ……ホントに、後輩さん良い人なんだから。浩ちゃん、きっと吃驚するんだからぁ」
「はいはい」
「ぷぅ~~」
嶋田さん弱ッ!!
俺も人の事を言えた義理じゃねぇが、男って生き物は、基本的には女に甘いものなんだな。
アホ中や、馬鹿秀を見てると勘違いしちまう。
その中でも、特に馬鹿秀は酷い。
男女問わず、人の扱いに一切の差別がないからなぁ。
中々あそこまで徹底した奴は珍しいんじゃないか。
その分、誰に対しても容赦がねぇがな。
……っとまぁ、そんな事を考えてると、2人が仲良く部屋に入って来る。
俺は座ったまま、頭を下げて嶋田さんに挨拶をする。
「どもッス」
「えっ?あっ、倉津君?……あぁ、まぁ確かに良い人だね」
「でしょ♪」
俺の善悪の成否は良いとして、椿さんは満面の笑みを嶋田さんに向ける。
この笑顔には勝ち誇った様な様子も無く、一切合切、悪意ってものを感じない。
本当に嬉しそうだ。
俺も、こんな笑顔を、久しぶりに奈緒さんに向けられたいものだ。
勿論、今現在では、自業自得で絶対無理だが……
「まぁ、間違っては無いけど……しかし、倉津君、急にどうしたんだい?」
「いや、あの、実はッスね。いきなり、ミットモナイ話でなんなんッスけど。アメリカに行ってる例の馬鹿が、なにを考えたのか、急に帰省して来てッスね。スタジオで、散々俺達を馬鹿にした上で、俺達の次回のライブを決めて、どっかに行きやがったんッスよ」
「アメリカに行ってる例の馬鹿?……あぁ仲居間さんの事ね。しかしまぁ、いつもながら、あの人は、急に話を振る人だね」
「そうなんッスよ。勝手にも程が有るんッスけどね」
嘘は言ってないぞ。
……って言うかな。
嶋田さんは、馬鹿秀とも付き合いが長いし、その上、矢鱈と察しの良い。
だから多分、これだけで十分伝わると思う。
ただ察しが良いだけに、余計な事まで伝わらなきゃ良いが……
「なるほどね。……っで、倉津君は、ウチにライブの選曲をしに来たと」
なんの反論もなく、呆気に取られる位、あっさりライブを承諾した。
効率的と言えば、それまでなんだが……この人、自分のバンドのライブなのに、他人が決めたって事に関しては、なにも気にしてない様子だな。
普通なら、もう少し根掘り葉掘り聞きそうなものなのにな。
彼の言葉には不満が残るが、取り敢えず、話が前に進まないのも問題だと思い。
此処は同調して、その思考を閉ざす事にした。
「まぁ、そんな感じッス」
「なるほどね。……っで、そのライブって、ウチの単独ライブなの?」
「そうッス」
「単独か、そりゃあまた大変だ。……っで、いつやるんだい?」
「あの……ホント、急な話で申し訳ないんッスけど。実は一週間後なんッスよ。んで場所は、前のライブハウスっす。あぁそれと、客は、アイツが集めるとか言ってました」
「なんとも至れり尽くせりだね。……って事は倉津君。君、仲居間さんと、又、なにか賭けをしたね。今度は、何を賭けたんだい?」
あぁ~~~あっ、一番ばれて欲しくない所が、一瞬にしてバレちまったよ。
勿論、俺だって、話の流れから『バレない』なんて厚かましい事は考えていなかったが、こうも簡単にバレるとも思わなかった。
いや、多分、最初から解ってた様な気もするぞ。
けどだな。
そうは言っても『解散』を賭けたって言ったら、嶋田さんも流石に怒るだろうな。
「バンドの……解散……ッスね」
「なるほど。バンドの解散ね。……悪くないんじゃない」
いつも嶋田さんの言葉には、なんの濁りも無い。
……って言うか!!
『バンドの解散が賭かってる』って言うのに、あまりにもアッサリし過ぎてないか?
普通、此処は、勝手な事をした俺を嗜める所なんじゃないのか?
そんな彼の意外な言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
「へっ?」
「うん?だから、バンドの解散を賭けたんでしょ?それは、別に悪くないって言ったんだよ」
「なっ、なんでッスか?」
「だってほら、解散させられるって事は。仲居間さんから見たら、ウチのバンドって、その程度のバンドだったって事でしょ。『それ=真剣さが足りない』って事だよ。だから、真剣にやるつもりがないんだったら、早い内にバンドなんて解散した方が良いからね。……そう言う割り切りも必要だと思うよ」
淡々とした言葉が繰り出されていく。
これが『幾つもバンドを渡り歩いて来た男』の言葉なんだろう。
そんな彼が言うだけに言葉の重みを感じはするが……この意見に、俺は納得は出来無い。
つい反論してしまう。
「えっ?じゃあ嶋田さんは、今のバンドに、全然愛着が無いんッスか?」
「あぁ、いや、そう言う訳じゃないんだよ。あのバンド自体のレベルは高いから、実際良いバンドだとは思うよ。……けど、ほら、それだけじゃ上手くは行かない事も有る訳でしょ。第一俺は、椿を食わさなきゃいけないから『不真面目にバンドをする』なんて無駄はしたくないんだよ。そこが一番重要」
「って事はッスね。嶋田さんのバンドをする理由って、椿さんの為なんッスか?」
「そうだね。それ以外にはなにも無いよ」
一途な思いと言うべきなんだろうか?
それとも、椿さんに、なにか大きな借りでも有るんだろうか?
なんにしても、ガキの俺には到底思いつかない思想だ。
確かに俺も、嶋田さん同様『奈緒さんと一緒に居たい』と言う一心からバンドを始めたのは事実だ。
……が、嶋田さんの話は、そんな生易しいレベルの低い話じゃない。
まずにして『バンド活動=生活が掛かっている』と言う方程式が成り立っていて、同時に『椿さん>バンド』と言う方程式も成り立っている。
これからも解る様に、彼の音楽は、金を稼ぐ為の道具に過ぎない。
故に1つのバンドには、一切固執する事はない。
イヤな言い方をすれば、金さえ生み出せば、メンバーなんて誰でも良いのかも知れない。
一緒にやってるだけに、少し残念な気分になる。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございますです<(_ _)>
まぁ椿さんの悩み相談の解答は一般論なので、崇秀が対象に成らないのは仕方がないですね。
そして2人がそんな状態のまま、嶋田さんが帰宅して、ライブの話に流れていきますが……
また少し揉めそうな雰囲気ですね(笑)
このまま激化するのか?
それは次回の講釈。
また良かったら、遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
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