●前回のおさらい●
色々な部分から、最初にグダグダな部分があったが。
観客が大いに盛り上がる中、その勢いで2曲目を演奏する倉津君達。
調子良く、一番を弾き終え。
曲が二番に差し掛かった時……その悪夢は始まった。
(今回、ちょっと長めで、すみません<(_ _)>)
その変調は、この曲Anarchy In the U.K.の一番の途中で、突然起こり始めた。
最初は、あまり大きな変化が無かった為、メンバーの誰も、この最悪な事態には気付かなかったんだが……曲が二番に入った位から、その変化が顕著に現れ始める。
全てが上手く機能している筈なのにも関わらず。
明らかに客席の最後方が、コチラの音を全く聴いてない。
これが、この出来事の始まり。
最前列は、さっき同様、ライブ特有の大盛り上がりを見せてくれているのだが。
それとは裏腹に、ステージから一番離れた最後方は一切盛り上がりが無く、静かに曲を聞く感じで、静寂に包まれていく。
事が起こってから、たった数十秒しか経っていないのだが、会場全体の雰囲気が徐々に変化を見せ始めていた。
そして、時間が経過する毎に、前方と後方では、かなりの温度差が出始め。
このおかしな現象は、俺達の曲が進むにつれ、徐々に後方から前方に向って大きく感染していく。
今やその感染力は、中盤付近まで広がり始め。
このままいけば会場全体が、何かに囚われていく様な感じすら受ける。
なんだこれ?
なんで、曲の途中で、こんなに静まり返っていくんだ?
Anarchy In the U.K.は、そんな静かに聞く曲じゃない筈だぞ。
なにが起こったか、全く理解出来無い俺は、激しく動揺し始めていた。
侵略にも似た、この光景は一体なんなんだよ?
そう思いながら、演奏中にも拘らず、その最後方の感染源を確かめる為に目を凝らしてみる。
すると、そこには……
なにか一点を見詰ながらウットリとした女性の姿が、沢山見受けられた。
また男性もなにかに惹き付けられる様に、瞬きもせず、その場を凝視している。
この現象、どこかで見た様な……
俺の不安は的中した。
時間が経つ毎に、加速的に前方の俺達を見る客は減っていき……気付けば、会場全体が静まり返っていた。
そこで俺達の曲が、拍手も歓声も無いまま終焉を迎える。
あのモヒ&ロンですら、コチラを見ていない。
今、この会場を支配しているのは、微かながらに聞こえてくるセミアコースティックギターの音だけだ。
「ホワイト・ファルコン……」
奈緒さんが、何かをボソッと、そう呟いた。
だが、そんな彼女の言葉すらもかき消す様に、更に、その小さな音は、引き続き鳴り続けている。
耳を凝らして聞いていると解る事なんだが……
その流れてくるフレーズは、全て聴き憶えのある曲……
そぅ、その曲は『Not meet the time』
『逢えない時間』と英語で名付けられた切ないバラード。
歌声は、なにも聞こえないが、ギターの音のみで、完璧に曲の内容が全てが表現されている。
やっ、奴だ……とうとう奴が来やがった。
まさかの、俺達の出番の途中に乱入して来るとは。
完全に気を抜いていた所の不意打ちは、バンドメンバー全員に衝撃を与える。
しかも、脳内に直接語り掛けてくる奴特有の音色には、誰も逆らえない状態だ。
あの嶋田さんですらギターから手を離し、奴の音に聞き入っている。
だが、この音色には1つだけ奇妙な事もある。
他のメンバーは、どうかは知らないが、この音色には隠されたメッセージみたいのものがある。
具体的に言えば、次の出す音も一緒に語り掛けられている。
それは、まるで挑発……いや、正確には誘惑。
まるで、そのギターから流れて来る音色は『今オマエは、この曲を一緒に弾かないのか?』『弾かなくて良いのか?』と語りかけられている様な気分だ。
その証拠に奴は、曲を進める事無く。
この曲の1番を弾き終わった後も、ズッとイントロを弾き続けている。
まるで俺を誘う様な甘美な音色だ。
俺の手は自然に、ベースのコードを確認する為に1音1音コードを押さえ始めていた。
ただ奴との勝負がある為、最後の抵抗を試みて弦を鳴らさないでいる。
そこに崇秀は、ギターを弾きながらマイクで語り掛けて来る。
「この曲は、ある友人達の為に作った曲。その友人達全員が、何かしろの問題を抱えて、本当の意味で好きな事が出来ずに居た。……だが俺は、そんな不器用な奴等が好きだ」
歌っている訳ではない。
ただマイクから声を出して語っているだけに過ぎないのだが……その声はまるで、曲に乗せて唄っている様にも聞こえる。
兎に角、奇妙な語りだ。
「なぁ、山中、オマエのドラムには拘りが無いと自分自身で言ったな。……けど、本当は違うよな。オマエは拘りがないんじゃなくて、表現を他人に依存してただけだ。……なぁ、山中よぉ、一度で良いから、そんなオマエが、この曲を我儘に奏でてくれねぇか?」
「・・・・・・」
ピンポイントで山中を指名。
この誘惑の言葉に、山中は一瞬、ドラムを叩きそうになるが懸命に堪えた。
崇秀の挑発を、頑なに拒否する姿勢を貫く。
それを見た奴は、納得した様に、次の獲物に眼を向ける。
「嶋田さん、アナタも山中と同じだ。ただ上手く弾くだけじゃ本物のギタリストとは言えない。人に合わすだけじゃ、自己の表現は出来無い。アナタの本当の音は、どんな音ですか?」
「……俺の本当の音?うん、良いよ。俺の本当の音は、こんな音だよ、仲居間さん」
山中と違い、嶋田さんは一切抵抗する気配はなかった。
崇秀の奏でるギターに合わせる様に、嶋田さんはギターを鳴らし始める。
だが、その音は、とても悲しい音。
彼がバンドマン達に『死神』と呼ばれ避け続けられた時間を、誰にも『逢えなかった時間』として表現していた。
誰とも楽器をPLAY出来なかった時間。
そんな誹謗中傷を受け続けていた悲しい時間が、音色で表現されていく。
彼の音が加わる事で、崇秀の音色は、より悲しく聞こえ始めた。
崇秀のギターの音色に、嶋田さんの悲しい心情を合わせた音が参入する事により、完全にライブハウスは沈黙する。
「倉津。オマエはどうなんだ?何故、楽器を始めた?その音は、誰の為のものだ?オマエが表現すべき、この曲での音色は、なんだ?この曲を弾く気があるのなら、その音色で弾いてみてくれ」
「・・・・・・」
少し考えたが、俺は……
『弾かない事を選択』
単純な感情だけで、山中を裏切る訳にはいかない。
……ただその分、この行為が、やけに虚しくは感じる。
本当は、奈緒さんに俺の本音の音を聞いて欲しい。
けど、山中の事を考えれば弾く事は出来無い。
……葛藤だ。
そんな俺に感ずいた崇秀は1度深く頷いて、今度は、奈緒さんと、素直を見る。
「向井さん、アリス。この曲はもぅわかっているとは思うが2人のものだ。だから俺は、決して、この曲を唄わない。もし2人が一緒に唄わないなら、この曲を二度と奏でる事も無いだろう。……場合によっちゃあ、これが最初で最後の演奏だ。……けど、もし願いが叶うなら、俺は、この曲を2人に歌って欲しい。俺の一度きりのお願いだ」
「……唄う……唄いたい。お願い向井さん……一緒に唄って下さい」
「あっ……うん」
そう言って、素直はハミングを始め。
誘われるがまま奈緒さんは、ベースを弾き始める。
2人が音を入れる事で、また曲調が起こる。
彼女達2人の音色は『俺に対するもの』
奈緒さんも、素直も、この曲に自分の気持ちを乗せたいと感じたのだろう。
だが、入っている気持ちは、全く異なるもの。
素直は、先程の曲も踏まえて、俺に気付いて貰えなかった時間を『逢えない時間』と表現。
奈緒さんは、俺と逢っていても、すれ違っていた時間を『逢えない時間』と表現する。
両者の奏でる音は悲しく、とても女性らしい感情だ。
何故この2人が、そこまで想ってくれるのかは解らないが、その気持ちは崇秀のギターの音色に載せて、直接語られてくる。
これにより俺は、崇秀の音に対する抵抗力が一気に限界に近付いていく。
その証拠に俺は、音を聞きながら、何度も山中の方を見て確認する。
俺は、山中に、早くドラムを叩いて欲しかった。
こんな化物染みた表現に抵抗しろって方が、どうかしている。
「チッ、ドイツもコイツもアホに乗せられおってからに……オマエも糞ショウモナイ事しやがって、後悔すんなよ」
「そうだ。……それで良いんだよ」
山中も、俺同様に限界だったのか、悪態を付きながらもドラムを叩き始めた。
だが、一番切ない音を出したのは、その他ならぬ山中だった。
奴の奏でるドラムは『後悔の念』
『ホストに騙された姉を守りきれなかった』深い後悔の念。
『大阪でバンドを一緒にやれず解散させた』後悔の念。
『姉は閉じ篭り』『バンドメンバーとは会えない』
そんな2つの『逢えない時間』は重なりあい、とても悲しい音を奏でている。
これが、なにも隠さない山中の本音なのだろう。
恐らく崇秀は、此処にいる全員に、自分を曝け出す方法を音楽に見出して欲しかったのだろう。
山中の言う通り、奴は、本当に怖い男だ。
「これで解ったか、倉津?みんなの想いが大きければ、大きい程、音楽って奴は、それを勝手に表現してくれる。……これが最後のイントロだ。オマエの一番切なかった気持ちを見せてくれ。この曲は、その為にある」
「おっ、俺の気持ちは……」
俺がこの時、崇秀に思い知らされた『切ない気持ち』は……最低のものだった。
あれだけ嶋田さんに怒られたのに。
俺の中で『逢えない時間』で一番切なかったのは、奈緒さんだけに留まらなかった。
素直……自分の性別すら隠して生活していたにも関わらず、今回、勇気を振り絞って告白してくれた女。
千尋……馬鹿でどうしようもない女だが、親身に俺の相談に乗ってくれた。
咲さん……本音はわからないが、好意を持ってくれていたのは確かだ。
勿論、奈緒さんは、言うまでもなく最愛の人だ。
だが、それよりも彼女達に逢えない自分が一番切なく思えた。
こんなものは、最低なのはわかっている。
だが、それはまごう事無き俺の本心。
幾ら隠そうとしても、崇秀の音は、それを許してはくれない。
俺は諦めにも似た感覚になりながらも。
奈緒さんに貶される事を覚悟して、目を瞑ったまま、それを音にした。
この後、どうなったのかは、よく憶えていない……
***
「「「「「パチ……パチ……パチパチ……パチパチパチパチパチパチパチ!!」」」」」
……拍手の渦だけが、俺に曲の終了を教えてくれた。
たった1曲で疲弊しきって、抑揚の無い虚ろな目で周りを見回すと……矢張り、一番最初に目に入ったのがボーカルに2人。
だが、疲れからか、目が霞んでいて、彼女達の表情はよく見えない。
ただ……解るとすれば。
奈緒さんは、俺のベースから完全に手を離し、ただ天井を見上げ。
素直は疲れ果てた体を、スタンドマイクに両手を置いて突っ伏している。
それだけで、俺の音色の意味が伝わった事だけはわかった。
更に無気力に他のメンバーを見ると……
嶋田さんは、思いをブチまけられて、なにか満足感を得たのか、ただギターを撫で。
山中は、全てを吹っ切った様な、何かスッキリした表情を浮かべている。
なにがどうなったのかまでは、明確には解らないが。
どうやら、この2人は、この曲に参加した事を『良かった』と感じている様だ。
そんなメンバーを見終わり、よく解らない安堵感を得て一息ついた。
視線を下に向けて、借りていた奈緒さんのベースを見ると……
彼女の意思がそうさせるのか、ベースに拒絶される様に手が離れ、みっともなくダラ~ンと手が垂れ下がっていた。
『敬遠』
『嫉妬』
『我儘』
『葛藤』
『別離』
5人の弱点とも言える感情を、計画的に曲に乗せた曲は完成をみた。
これらは、実際の歌詞とは全く無関係なのだが、悲しい気持ちには違いは無い。
これが恐らく崇秀が求めていた、この曲の結末なのだろう。
俺達は、結局、奴の掌の中で踊らされ、奴のシナリオ通りに事を運ばさせられた様だ。
完全に勝負は、俺の敗けだ。
いや……勝ち負け以前に、勝負にすらなっていない。
まるでこれは、自分を曝け出しただけの『悪夢』だ。
俺は、自分が、この曲に参加した事を後悔しながら、最後の気力を振り絞って、崇秀を探した。
アイツは、これで満足しているのか?
最低限、これだけは、どうしても確認しておきたかった。
……奴を眼だけで探す事、数秒。
発見した直後、奴と眼が合い、それに呼応するかの様に崇秀は立ち上がった。
「はいよ、遅い時間まで、お疲れさん。……もぅ、みんなわかっていると思うけど、アンコールなんて野暮な真似はしないぞ。これで今回のライブは終了だ」
「「「「「・・・・・・・」」」」」
この空間を完全に支配しきった男の言葉に、反論の異を唱えるものはいない。
それどころか、会場は静まり返り、支配者の次に出る言葉を待つ。
その風格は、まさに『魔王』の名に相応しい出で立ちだ。
「うん、ありがとな。みんな、俺達が、もうこれ以上の演奏が出来無い事を良くわかってくれてる。……ホントありがとうな。俺も満足した。また遊ぼうぜ。……じゃあな」
それだけ言い残すと。
満足気に、楽屋に向って、ゆっくりと歩き出す。
そんな崇秀の行動に……
「「「「「パチ……パチ……パチパチ……パチパチパチパチパチパチパチ!!」」」」」
「「「「「仲居間さん、最高!!ありがと!!またこんなライブやってくれ~!!」」」」」
全ての観客が惜しみない拍手を贈り、各々が賞賛の声を上げる。
間違いなく、今日一番の盛り上がりだ。
ただ、この盛り上がりには、下卑たものは一切無い。
オーディエンスが心から喜んでいる証拠だ。
奴は、それに応える様に、背中越しに片手でガッツポーズを見せ、次のライブへの意気込みを見せて姿を消す。
それでも拍手は鳴り止まない。
これこそが、奴の真骨頂の様だ。
最高のステージを作り出し、客を自分に依存させる事によって、その権力をより強固なものにする。
奴は比類なきライブの支配者にして、恐ろしい程の風格を持った魔王だ。
俺達が束になっても勝てる相手じゃない。
ただそれだけを思い知らされたライブだった。
だからもう、拍手が鳴り止まないうちに楽屋に引き下がろう。
俺は惨敗感を持ちながら、楽屋に引っ込む。
誰も、そんな事を気にする奴はいない。
ステージ上にいるメンバー全員が、そんな気持ちのまま楽屋に引っ込んだ。
最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>
これにて、第二十話『Nightmare stage』はお仕舞です(*'ω'*)ノ
崇秀による悪夢の様なライブは、如何でしたでしょうか?
彼は、まるでこうなる事が解っていた様に……いや、まるで未来を見て来たかの様に、全員の心情を予想し。
それをライブのパフォーマンスに組み込み。
そしてトドメに、全員の『逢えない時間』を表現する為の曲まで提供した。
まさに、洞察力に優れた『全てを見透かした魔王』!!
今回の第二十話は、そんな彼の恐ろしさを表現する為にだけ書かせて頂きました(*'ω'*)ノ
さてさて、そんな彼に惨敗した倉津君達。
次回、第二十一話では、どう言う風になるのでしょうね?
少しでも興味を持って頂けたら、是非、また遊びに来てくださいです(*'ω'*)ノ
読み終わったら、ポイントを付けましょう!