●前回までのあらすじ●
音合わせも終わり。
バンドメンバーノメンタル面の確認も取れたので、後はライブが始まるのを待ちばかりの状態に成ったのだが。
此処で奈緒さんが、なにやら言い出しそうな雰囲気を醸し出す。
また一波乱があるのか?
「あっ、そうだ、そうだ……ねぇアリス」
「あっ、あっ、はい。なっ、なんですか?」
嶋田さんの反応を見て。
奈緒さんは間髪いれず、素直に先制攻撃を仕掛けた。
奈緒さんは、こう言う事に駆け引きに関しては、ホント上手いからな。
多分、素直砦は、直ぐに陥落するだろうな。
「今日の君は、凄く可愛いね……なにかあったの?」
「えっ?えっ?あっ、あの、僕、なにもしてませんよ。ほら、いつも通りですよ」
「あれ?そぉ……かな?」
奈緒さんは、そう言って、ゆっくりとした動作で、素直に近付いていく。
その姿は、まるで、狩りをする雌ライオン。
しかしまぁ、この現状で、あの人は、一体なにをする気だ?
なんかおっかねぇな。
「どれどれ」
なにをするかと思えば、素直の髪を軽く触り、艶かしい指の動きで顔を撫でる。
あぁ……こりゃあ、間違いなく彼女特有の『悪乗り』だ。
「あっ、あの、あの、私」
素直の奴、アッサリ動揺したみたいだな。
早くも、一人称が『僕』から『私』になってるぞ。
「なるほどね……これは、どうも、私の勘違いだったみたい」
「えっ?あの、なにがですか?」
「うん?アリスって、今日が可愛いんじゃなくて、いつも可愛いんだね」
「えっ?そんな……」
「ごめんね。私、君の事を、よく見てなかったみたい」
「あの、それって、どういう事ですか?」
「うん?あぁ、別に、どうって意味はないのよ。ただね、アリスとは、クラの件が有ったから、私、実際は、君の事をよく見てなかった部分があるのよ。……ごめんね、こんなに良い子なのにね」
「あっ……」
奈緒さんは、再度、素直の頭を撫でながら、そんな事を言った。
彼女は、自分の中にある蟠りを、この間、俺の家に来た時、全部吐き出したからこそ、素直に、こんな事を言ってるんだろうな。
ホント、奈緒さんって、自分をコントロールするのが上手いよな。
けど、奈緒さん……それ、男が女を落とす時に言いそうな『女誑し』のセリフですよ。
「だからね、アリス……もし君が、クラの事を、本気で自分のものにしたいなら。私から奪っても良いよ」
えっ?
・・・・・・
なっ、なっ、なっ、なに言ってんッスか、奈緒さん?
なんでまた、そんなバンド内に不穏な空気を撒き散らす様な事を、平気で言うんッスか?
やっと纏まったバンドが、その一言で、また元の木阿弥になりますよ。
わからねぇ。
この人の考える事は、本当にわからねぇ。
「えっ?それって、向井さん……」
「くすっ、でも勘違いしちゃダメだよ。私は、君にクラを、ただであげるつもりは毛頭ないよ。だけど、それでもクラが君の方に向いた時には、君にクラをあげる。但し、最低条件として、バンドに迷惑を掛けない事。これが守れるなら、私は、君と真っ向から勝負してあげるけど……どぉ?」
そっ、そう言う事か!!
これって、完全に、崇秀の言ってた方法を、バンドを分散する事無く、バンド内で発生させるやり方じゃないか!!
この様子だと奈緒さんは、これを言う機会を、さっきからズッと窺ってたみたいだな。
……なんて人だ。
「あの……向井さん」
「うん?なに?」
「向井さんは……その……絶対的に真琴君が、私に振り向かない自信が有るんですか?」
「くすっ……そんなの全然無いよ。それに君は、クラと同じ事を聞くんだね」
「そう……なんですか?あっ、でも、自信が無きゃ、普通、こんな事は言えませんよね」
俺も、当初そう思ってた。
けど奈緒さんは、そんなレベルで俺を見ていた訳じゃなかった。
実際、奈緒さんの気持ちを聞かされた時は、かなり衝撃的だった。
きっと素直も、この後、その衝撃を受ける事になるんだろうな。
「あのね、アリス。これは私の自信が、どうとかこうとかの問題じゃないの。私はね、バンド内に有る最後の蟠りを取り除きたいだけなのよ」
「それにしたって……」
「まぁ、君の言いたい事もわかるけどね。でもね。このバンドを成功させるには、君の力が必要不可欠。どうしても必要な人間なの。けど、私と君の間に蟠りが有っちゃ、いつまで経っても上手くいかないでしょ。だから、お互いの蟠りを取り除く為には、こうするしかないのよ。……まぁ本音を言えば、君と勝負したくなった。って言うのもあるかな」
「向井さん……」
奈緒さん……昨日の一件で、素直の事が好きになったのかもな。
それで、俺の事を一途に見ながらも、献身的な態度をとる彼女の気持ちを察したんだろうな。
この人だけは、本当に……
「私なんかじゃ、向井さんには、全然敵わないな……」
「じゃあ、受けてくれないの?」
「あの……けど、受けさせて貰います。敵わないかも知れないですけど。私だって、真琴君に対する気持ちは本気なんです。だから、そう簡単には引けません」
「うん。それで良いと思うよ」
「あの……やっぱり、向井さん、なにか自信があるんじゃないですか?」
「かもね」
「向井さん、ずるい」
「くすっ」
素直が少し拗ねて、奈緒さんが微笑む。
この光景を見て、根が単純な俺は『なんか、ホントに蟠りが無くなった』様に思える。
奈緒さんが、素直に本心をぶつけて、素直が、奈緒さんの本気の気持ちを買う。
これ程バンドにとって良い事はない様な気がする。
ホント、奈緒さんには感謝だな。
ただそうなると、また此処で、新たな問題が発生してる訳だ。
勿論、言うまでもなく『山中の素直に対する気持ち』の話だ。
アイツは、あれでいて一本気な性格だから、こんな話を聞いた所でブレない。
ただそうは言っても、奴も感情が無い機械じゃない……ただの人間だ。
この件に関してだけは、そう簡単に、気持ちの整理がつくとも思えない。
大丈夫かオイ?
なんか不安だ……
だが、その不安は、リハーサルが始まった瞬間、全て払拭された。
俺のヘボベースは別としても。
他のメンバーの音が、スタジオを借りて練習していた時とは、比べ物にならない程成長している。
まず奈緒さん。
奈緒さんのベースは、以前よりも、ズッと音にキレが増している。
1つ1つの音が明確に発せられており、まどろんだ音が全く出ていない。
次に素直。
コチラも迷いの無い声で、歌を唄っている。
故に、聞いている者にとっては、これほど心地の良いものはない。
嶋田さん。
最初から問題が無いにも拘らず、以前にも増して丁寧な音色を奏でている。
何故、あんなになにも見ずに、あれだけ正確に音を出せるのかは謎だ。
そして、問題になると思われた山中なんだが……完全に何かが吹っ切れている。
リズムは勿論、正確なスティック捌き。
その他ドラムに必要な技術が、格段にレベルアップしている。
それでいて、相変わらずムラが無い。
これらのメンバーを総称すると、リハーサルで見せるのが勿体無い位の出来だ。
……にしてもなんで、山中は、あんな話を目の前でされてたのに平気なんだろうか?
最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございました<(_ _)>
色々と言い出せない倉津君の為に、また奈緒さんはバンドを纏める方向の話をしてくれましたね。
此処まで献身的な子は、中々いないと思います(笑)
まぁ、倉津君としては、余り立場がない所ですが……此処は姐さん彼女最高、っと言う事で(笑)
さてそんな中。
最後の最後に倉津君が気に成っている山中君の件は、どうなるんでしょうね?
そこはまた次回の講釈。
良かったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
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