●前回のおさらい●
崇秀に、初歩的なステージ上での在り方を教えて貰った倉津君。
気分が良くなっていたので、そのままステージ上で、最後の練習を1人でしていると……
「パチパチパチパチパチ……」
誰も居ないと思って弾いたのだが、どうやら誰かが、このスタジオ内に居た様だ。
誰ともわからないソイツは、俺の下手糞なベースに沢山の拍手をしてくれた。
正直照れ臭い。
「クラ……上手いね。ちょっと感動しちゃった」
客席の後方から、陰に隠れたままのソイツが、そんな声を掛けてきた。
いや、ソイツと言うのには語弊がある。
この声は100%奈緒さんだからだ。
第一、俺の事を『クラ』って呼ぶ人は、あの人しか居ない。
「あっ……うっ」
突然の奈緒さんの出現。
それに付け加えて、人にあまり褒められた事が無い俺は、恥ずかしさが溢れかえってきていた。
それ故に、言葉が上手く出ない。
俺の口からは、情けなくも『あっ』と『うっ』が精製されただけだった。
「クラ、此処に来てからなんかあったの?スタジオで練習してる時とは大違いだったよ」
奈緒さんはステージに近づきながら、そう言ってきたのだが。
あんまり、この質問に答えたくないな。
奈緒さん。
馬鹿秀と、俺が弾いてたって言ったら、多分、また怒るだろうしな。
それに、この人の罰は、結構キツイ。
でも、正直に答える俺。
俺は、ひょっとしてマゾヒストなのか?
「いや……ちょっと馬鹿と2人で弾いてただけッス」
「仲居間さんと弾いてたんだ」
「あぁ、アイツが誘って来たんッス。怒んないで下さい」
「怒んないよ。……でも、ちょっと嫉妬かな」
「嫉妬?あぁすみません。じゃあ、奈緒さんが来るのを待てば良かったッスね」
「違うよ。そう言う事を言ってるんじゃなくて。私が嫉妬したのは、仲居間さんの視野の広さ」
うん?なんのこっちゃ?
確かに、アイツは物を教えるのが上手いが、特に何か変わった事をした訳でもない。
寧ろ、変な理屈を植えつけられただけだ。
まぁ、それだけで上手くなったのは否めねぇが。
「視野?」
「うん。今のクラのベースの音を聞いて解ったんだけど。私達と練習してた時より、遥かに表現力が付いてる。とても、初めて1ヶ月のテクニックじゃないよ。そんな表現力を身に付けようと思ったら、下手すれば年単位でかかちゃうのに」
「あぁ、でも、あれッスよ。もしそうだとしても、奈緒さんがベースの下地を作ってくれたからこそ出来たんッスよ」
「ありがと。……でもね、違うの。下地を作ったのはクラ本人。決して私じゃない。それに私は『見ただけで弾ける』って君の才能にだけ目が行って、君の本質を見てなかった……ダメだな私」
あぁ、なんか凹んじゃったよ。
そんなに気にする様な話じゃないんだけどな。
まぁ1ミュージシャンっとしては、崇秀に短時間で仕上げられたのがショックだったんだろうな。
なら、そこが解った以上、兎にも角にも、早くフォローしよ。
「あの1つ言って良いッスか?」
「なに?」
完全に俯いて、髪の隙間から見える視線しかこっちを見ていない。
こりゃ重症だな。
「別にアイツは、凄くなんかないですよ」
「えっ?」
「アイツは、ただ、ナンデモカンデモ全力でしか出来ない馬鹿なだけなんッスよ。だから、奈緒さんが落ち込む事では無いんですよ」
「でも、クラ。私が教えた時より上手くなったじゃん」
「まぁそうなのかも知れないッスけどね。奈緒さんが居なかったら、100%上手くなってなかったッスよ」
「どうして?」
「だって……俺……奈緒さん想いながらベース弾いてましたから。奈緒さんが居なかったら、こんな気持ちでベースは弾けなかったッス」
「クラ……」
ちょっと涙目になりながらも、目をキラキラさせてる。
この表情から言っても、一応は、一安心と取っても良いだろう。
まぁそれにしても……こんな風に俺が、女の子に対して、ペラペラと歯の浮く様なセリフを平気で言う様になるとはな。
おっかねぇな、恋愛と楽器ってよぉ。
そうやって、俺の緊張感はドンドン抜けていった。
「『チュッ』ありがとクラ……」
気が抜けていたところに、不意打ちキッス。
俺の腑抜けた脳に電撃が走る。
この人、いつも不意を付いて来るんだよな。
しかも、俺からまだ一回もキスした事ねぇし……
でも、まぁ良いか。
「なっ、なっ、なっ、奈緒さん」
頭の中では冷静を装いながらも、言葉が上手く紡ぎ出ないのが俺の悲しい性質。
フッ……所詮、童貞野郎はこんなもんさ……
「なに?」
「あっ、あの……」
「頑張った、ご褒美……嫌?」
「嫌な訳ないッス。あざッス、あざッス」
「変なの……自分の彼女なのに」
「ッスね」
うおおぉぉぉっぉお、やったぁ~~~!!
とうとう彼女の口から、キッチリ彼氏だと認めて貰ったぞ。
今まで、これだけ引っ張られたのを我慢した甲斐があったってもんだ。
今日は、なんて言う満足な1日だ。
奈緒さんには彼氏と認められるは、ベースは罷り也にも弾ける様になるわ。
人生最良の日だな。
「うん……じゃあ、いい加減、私の事を呼び捨てで奈緒って言ってみ」
またぁ~~~、また、そう言う事を言う。
折角、人生最良の日を満喫してるんッスから、せめて今だけでも、そう言う事は言わないで下さいよ。
俺はね、本気の本気で奈緒さんを呼び捨てにするのが嫌なんですよ。
いつまでも『さん付け』で呼んでないと、調子に乗りそうな自分が居るんッスよ。
そこを解って欲しい所ッス。
「・・・・・・」
「ほら、どうしたの?言ってみ」
しょうがないッスねぇ。
一回……一回だけッスよ。
「なっ、奈緒」
「クラ……私、ナナオじゃないよ。奈・緒・言ってみ。それと名前を言った後にも、序に、なんか言ってみ」
ほんと意地悪いな、この人は。
ちゃんとじゃないにしろ『奈緒』って呼んだんだから、もぉこの辺で勘弁してくださいよ。
しかも、毎回毎回ドンドン要求がレベルアップしてるし。
女の子って、そんなに男の歯の浮く様なセリフを言わしたいものなんッスか?
理解出来ねぇッスな。
まぁ考えていても仕方が無い。
此処は1つ気を取り直して……
「なっ、奈緒……」
あっ、ヤベ、結局噛んだ。
再度、気を取り直して……
「俺は奈緒が大好きだ。俺は一生、奈緒だけを見てる」
うぇ……
なんとなくだが上手くは言えた様な気はするんだが。
なんだろうな?この得も言えぬ敗北感は……
しかもまぁ、自分の姿形も考えずに、よくもまぁヌケヌケと、こんなこっ恥ずかしいセリフが吐けたもんだな。
自分でも胸焼けした上に、吐き気までしちまいそうだわ。
まぁその分、あのセリフに期待は出来るな。
「くすっ……ありがと」
あぁ、この人は、俺が期待したにも拘らず……また言ってくれないんだ。
『ありがと』の後の『私も好きだよ』って言葉が、奈緒さんは、いっつも抜けてるんッスよね。
特に今回は、折角『くすっ』まで付いてたのによぉ……
上手く行けば完璧だったのによぉ……
ってかな。
此処まで俺がこのセリフに固執するのには、ちょっとした理由があってな。
『私も好きだよ』ってセリフは、実は、俺が『彼女に言われたいランキング1位』のセリフなんだよな。
だから、ほんといい加減、口に出して言って欲しいもんだ。
もしかして、この人、それをわかっててやってないか?
「うんうん、満足。……じゃあライブ、お互い頑張ろうね♪」
「……ッスね」
あぁ、マジ最悪だ、この人。
自分だけ満足しちゃったよ。
俺も、あのセリフを聞いて満足してぇ~~~~!!
人生最良の日はどこへやら、虚しい犬の遠吠えはスタジオに木霊する。
最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>
これにて第十四話『魔王』は終了でございます(笑)
しかしまぁ相変わらず口は悪いですけど【魔王】事崇秀は、本当に視野が広いですね。
何処をどうやれば、相手を上手く成長させれるかを見抜く力が群を抜いていますね。
倉津君は、本当に友人には恵まれているようです(笑)
さて、そんな事が在りながらも次回からは、とうとうライブが始まり。
その中で倉津君は、ある男性と知り合う事になります。
彼との出会いは、一体、倉津君に何を齎すのでしょうか?
そして、その出会う彼の正体とは!!
そんな感じで、また良かったら遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
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