●前回のおさらい●
倉津君と素直ちゃんの前に現れたコーディネーターを名乗る少年、龍斗君。
彼の勧めるシンセを、素直ちゃんに説明するみたいですね。
「なぁオマエ。オマエが上手いのは解ったが。このシンセを選ぶ理由ってなんかあんのか?」
「うん?勿論、有るよ」
「あっ、あの、龍斗君……それって何かな?」
「このシンセ。KORGて書いてコルグって読むメーカーで『TRINITY pro X 88鍵盤』って商品なんだけど、このTRINITYって商品はね、メーカーが新しい試みを開始した商品なんだよ」
「なんか新機能か?」
ほぉ、流石、大人顔負けのクソガキ。
自分の買おうとしてる物を、よく調べてやがる。
ホント、こう言うところも、アイツそっくりだな。
「うん、そっちのおにぃちゃんの言う通り、コイツにはある新機能が搭載されている。その、新たにコルグが打ち出した新機能って言うのは『ハードディスク・レコーディング』まで可能にするという、更に1つ進んだワークステーション構想でね。『外部ハードディスク』とシンセを接続して内蔵シーケンサーと同期したデジタル・レコーディングが可能になるオプション・ボードHDR-TRIを用意したんだよ。更にシンセサイザーとしてのサウンドを向上させる為に、新PCM音源システムACCESS(Advanced Control Combined Synthesis System)を使用。『よい楽器を、よいプレイヤーが演奏したときのベスト・サウンドをよい環境で』というコンセプトに基づいて、サンプリングしたPCMによる音色はTRINITY独特の芯のあるサウンドを出す。まぁこの音が根強いファンを作る切欠になる訳。そして、これが俺がこの機体を選んだ最大の理由。加えて、TRINITY plus以上の機種で標準装備しているDSP音源MOSS(Multi-Oscillator Synthesis System)により、アナログ、VPM、フィジカル・モデリングなど、より表現力のあるソロ・シンセ・サウンドまで、この1台で可能にした。また、画面に直接触れて操作できるタッチビュー・グラフィカル・ユーザー・インターフェイスも、このTRINITYシリーズから採用。だから音作り、シーケンサー部、オプション・ボードによる拡張性など、あらゆる面で、それまでのワークステーションから飛躍的に性能がアップしてるって訳。勿論、音楽制作ツールとしても、シンセそのもののプレイアビリティも共に高く評価され、現在のワークステーションのベースともなった製品って訳……わかった?」
……なに言ってるのか、サッパリわからん。
唯一わかったとすれば、このシンセが、なんだか凄いって事だけだ。
……にしても、こんな小難しい説明をスラスラ出来るなんざ、最近のガキはスゲェな。
「あの……説明して貰ったのに、こんな事を言うのは申し訳ないんだけど……ごめんね。よく解らない」
「ハァ~~~、そっかぁ。まぁ簡潔に説明するとだね。これ一台で色々出来るから便利だよって話。勿論、金額も相応だと思うって話だね」
どういう神経してんだ?
ガキが30万近い商品を、金額相応の商品だと……
どこまでも可愛げのない奴だな。
「でも、凄く高いよ」
「まぁね。物の価値は人それぞれだから、そこはなんとも言えないんだけど。俺自身は、かなりお買い得な商品だと思うよ。……勿論、楽器だって、それ相応の人に使われて、初めて真価を発揮する訳だから、弾き手にも、その実力は必要だろうけどね。『物も人を選ぶ』って事も大事な要項だとも思うしね」
「あの、龍斗君……こんな事を聞くのも変だけど、初心者の僕じゃ無理かな?」
「全然大丈夫だよ」
「どうして?」
「俺の見立てじゃ、素直おねぇちゃんは一途な性格みたいだから、モノにのめり込む傾向がある。きっとコイツを買ったら、頑張って弾こうとする筈だから、俺は、おねぇちゃんには、相応の商品だと思うよ」
「そう……かな」
ニコニコしながら、そんな事を言う。
コイツ、実は楽器屋の廻し者か?
……にしてもコイツ、この短時間で、よくそこまで素直の性格が解ったな。
「そうだよ……ねっ、そっちのおにぃちゃんもそう思うでしょ」
「あっ、あぁ」
しかも、ホント商売上手だな。
やる気になってる本人を眼の前にして、こんな事を聞かれたら『いや、無理だろ』とか、ぜってぇ言えねぇよな。
「だってさ……まっ、けど、最終的に決めるのは、素直おねぇちゃんだけどね」
『ピリリリリ……ピリリリリリ……』
突然、ガキの懐から、そんな音がなった。
なんの音だ?
「あっ、電話だ」
携帯電話だと?
俺でも、まだ持ってないのに、こんなガキが持ってやがるとは……
「あっ、はい」
『・・・・・・』
「あぁご無沙汰……なに?どうかした?」
『・・・・・・』
「シルバー?……あぁお薦めの商品ね。……う~~~ん、そうだなぁ、明日の収録って何系の服を着るの?」
『・・・・・・』
「あぁ……なら、アルページュか、リードMFGだね。その辺りが順当だし、妥当だとも思うよ」
『・・・・・・』
「なに?最近アルページュを使ってる娘が多いし、リードはダイナミック過ぎるって……もぉ我儘だなぁ。どう言うのが良いの?」
『・・・・・・』
「あぁなるほど、そう言う事か……じゃあ、取って置きのメーカー『アリゾナ・フリーダム』でどぉ?あそこなら値段も高くないし、まだ誰も有名な人は使ってないと思うけど」
『・・・・・・』
「うんうん……あぁOKOK。良いよ。用意しとく……うん。あぁOKOK。じゃあ、また明日現場で……はいはい……お疲れさん」
1分程、携帯で話してガキは電話を切った。
俺には、なんの話をしていたのか、皆目検討が付かないが。
唯一わかった事が有るとすれば、シルバーアクセサリーの話をしてたって事位だな。
コイツが話してた。
『アルページュ』
『リードMFG』
『アリゾナ・フリーダム』
って言やぁ、シルバーアクセのメーカーだからな。
しかしまぁ『アルページュ』はカルティエのデザイナーが立ち上げたブランドだから、芸能人御用達の、結構、有名なメーカーなんだが。
『リードMFG』は、シルバー界の重鎮ガボールのパートナーを勤めたリード・ロロンが作った新鋭ブランド。
マイナーとまでは言わないが、日本じゃ、まだそんなに出回っていない。
更に言えば『アリゾナ・フリーダム』は、1989年に創立したところのショップ。
今の所、少しマイナーなメーカーイメージが有る。
こんな所まで、知ってるなんざ相当だぞ。
造型マニアの俺ですら、つい最近知ったメーカーだしな。
それに『収録』とか『現場』って何気に言ってたから、本当に仕事してんだな、コイツ。
「あぁ、素直おねぇちゃん、話の途中で電話して、ごめんね」
「うっ、うん……僕は大丈夫だけど、龍斗君の方こそ大丈夫なの?」
「あぁ大丈夫、大丈夫。ただの相談だから」
「あっ、うん」
「そっちのおにぃちゃんもゴメンね」
「俺も別にかまわねぇが。オマエの方こそ、本当に大丈夫なのかよ?」
「全然問題なし、問題無し。本当に、ただの相談だし……そんな事よりさぁ、ちょっと聞いて良い?」
「んだ?」
「お2人って……」
『付き合ってるの?』っとか、ツマンネェ事は言うなよ。
「4月に『Live-on』でやった仲居間さんのライブで、おおとりをやった人だよね」
「なっ、なんで知ってんだよ?」
「あの時の映像。ネットで流れてたから、かなり有名だよ」
「がっ」
ネットで、あのライブの映像が流れてるのか?
あの俺達の無様な映像が……やめてくれ。
「そっか。やっぱりそうか。みんな凄かったよ」
「るせぇ!!気分悪ぃ」
俺は近くのモノを投げ飛ばしたい勢いで、気分が悪かった。
そぅ……あの映像は、崇秀の1人勝ちした映像。
そんなものを、世の中に流されたんじゃタマッタもんじゃない。
「まっ、真琴君……怒っちゃダメだよ」
「へっ?あぁすまん。どうも、あの時の事を思い出すと、ついムカついちまうんだよな」
「ムカつく?……ふ~ん、なるほどねぇ」
「オイオイ餓鬼。テメェ、なにわかった様な顔してんだよ」
「いや、別に……ただね」
ほんと、コイツ、崇秀そっくりだな。
言い回しなんか、そのままじゃねぇか。
「このままじゃ『仲居間さんの思い通りに事が運ぶんだろうな』って思っただけ」
「なんだと?そりゃあ、一体どういうこった?」
「思考パターンを分析すればわかるよ」
「小難しい事を言ってんじゃねぇぞ」
「ダメだね、おにぃちゃんは。簡単に言葉に惑わされちゃダメだよ」
「なに言ってやがんだ、オマエ」
「まぁちょっと待っててよ。その理由は、シンセ買ったら教えてあげるからさ」
「おっ、おい」
それだけ言い残して、ガキはシンセを買いにカウンターに走っていく。
マジで買うんだな、アイツ……
「あの子……なんなんだろう?」
「訳わかんねぇ……んで、どうするよ?」
「時間が……」
「だよなぁ。まいったなぁ」
「でも、僕……少し気になるんですよ」
「だがよぉ。他のメンバーに迷惑掛ける訳にもいかねぇだろ」
「そう……ですよね」
素直に、そう思わせる原因のガキの存在をチラチラと見てみると。
なにやら携帯電話を店員に渡して、なにかを話をしている様子だ。
なにやってんだ?
一部始終、奴の行動が気になる。
時間がない事は重々承知しているのだが、どうにも、この場を去る踏ん切りがつかない。
兎に角、妙に気になるガキだ。
そうこうしてる間に、買い物を終えて戻って来る。
「上手く行った♪」
「なんだよ?やけに嬉しそうだな」
「だってさ、29万の商品が14万で買えたんだよ。そりゃあ喜ぶよ」
「なっ……オマエ、この店に、なんか知り合いでも居んのか?」
「居ないよ」
「じゃあ、なんで、そんなに安くなんだよ?」
「それはね。ある有名人に、この店で楽器を買う事を約束させたからだよ」
「なっ」
「上手いやり方でしょ」
呆れた奴だ。
ある有名人って言うのが、誰かは知らないが。
この餓鬼は、どうやら、そう言った『コネ』を持っていて、それを利用したらしい。
ホント、呆れる位、誰かさんに生き写しの最悪さだな。
「って言う事で……これ、素直おねぇちゃんにあげる」
「えっ?えぇ?どういう事?」
「別に意味なんて無いよ。俺からの先行投資って思ってくれれば良いよ」
「どっ、どうして?僕とは初めて逢ったのに、なんでそんな事をするの?」
「簡単……俺のシンセは趣味。別に本気でやってる訳じゃない。でも、素直おねぇちゃんのシンセは、これからのバンドには必要な事になってくるでしょ。なら、そこに『先行投資』するのは、何もおかしな事じゃないっと思うんだけど。違う?」
「でも……」
そりゃあ困るわな。
幾ら、まけて貰ったとは言え14万の商品。
そう簡単に受け取れる様なものじゃない。
しかも、その渡して来た相手が、明らかに自分より年下。
コチラも、簡単に割り切れるものじゃない。
素直の反応は順当だろう。
「じゃあ序に、これも……おねぇちゃん左手出して」
「えっ?」
「良いからさ。シンセを上手く弾ける『おまじない』をしてあげるからさ。……早く手ぇ出して」
「えっ?あっ、うん」
素直は言われるがまま、左手を差し出す。
ガキの言葉にまんま、引っ掛った感じだ。
まぁ素直をフォローする訳じゃねぇが『上手く弾ける』とか言われたら、自然に手を出しちまうよな。
「じゃあ、これ」
「えっ?えっ?」
ガキは、徐に素直の左手の薬指に指輪をはめた。
「勘違いしたらダメだよ。これはあくまでおまじない。シンセを弾かない時は、外しても構わない。……但し、弾く時は、必ず付けてくれれば効果は抜群。それだけで上手くなる筈だから」
「えっ?えっ?」
「わかんないかなぁ……契約だよ契約」
「契約?」
「そっ、契約」
「あっ、あの、僕、そんな事を言われても困る」
「そっかぁ」
俺もコイツの理論は訳がわからねぇ。
兎に角、時間もねぇ事だし、そろそろ切り上げるか。
「おい、餓鬼」
「うん?」
「素直が困ってんだろ。やめろ」
「嫌だね。これがバンドにとって最良の筈だからね」
「だからよぉ。オマエは、さっきから、なに言ってやがるんだ?」
「はぁ~~~此処も、わかんないかぁ~。困ったなぁ~……まぁ良いか、じゃあ、おにぃちゃんと少し話をするから、素直おねぇちゃんは練習に行っても良いよ」
「えっ?」
此処で当事者を突き放すって、どう言うこったよ?
それにコイツ、なんで練習が有る事を知ってんだ?
「おい、餓鬼」
「先に言っとくけど、何も聞かなくても、これから練習がある事なら大凡の予想は付くよ。俺が買い物してる間、2人してズッと時間を気にしてた。これは時間が無い証拠。これが第一ヒント。それで時間が無いのに『楽器を買いに来る』って言うのは、即使いたい証拠。これが第二ヒント。それに、もし買って帰るだけなら、閉店までの時間はまだ沢山ある。なら、これはおかしいよね。だったら、この後、なにか用事があるって考えるのが順当。これが第三ヒント……ほら、ちょっと予想しただけで、簡単に答えなんか出てくるって訳」
「なんなんだオマエは?」
「って言う事だから。もしおにぃちゃんが、素直おねぇちゃん事を、少しでも大事に思う気持ちが有るなら、俺の話を聞いて欲しいな」
完全に、ガキのペースを持って行かれた。
話す隙もない。
「あっ、あの……」
「あぁ、もぉわかった、わかった。オマエの話は、俺が聞いてやる。……素直、先に行ってろ」
「でも……」
「良いからよ。後の事は俺に任せて、オマエは先にスタジオに行って、俺が遅れる事を、みんなに伝えてくれ。兎に角、2人で足止め食らう訳には行かないだろ」
「あっ、うん」
素直は、なにか納得しないまま、俺の指示に従ってスタジオに向っていく。
「さて……取り敢えず、話を聞くが。オマエ、何者だよ?なんで素直の為に此処までする?」
「それは、約束通り教えるけど。それって、此処で話す内容じゃないよね。サテンにでも行こうか」
「あっ、あぁ、わかったよ」
こうして、ガキの指示に従って茶店に行くことにした。
最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>
なんだかんだと龍斗君の思惑通りに嵌ってしまった倉津君と、素直ちゃん。
この後、一体、喫茶店で、どの様な内容の話をされるのか?
そして、素直ちゃんに嵌めた指輪の意図は?
色々な謎を残しながら、次回、その謎が明らかに!!
なので、また良かったら、遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
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