●前回のおさらい●
嶋田さんの海外進出の餞別の為に、また一曲憶える羽目になった倉津君。
少々、自信なさげにしていると。
奈緒さんの口から『ベースをロクに弾けないくせに、世界ツアーをした』と言う謎のベーシスト『シド・ヴィシャス』の存在を聞かされる。
そして、練習スタジオに向かう途中で、その謎のベーシストの正体が明らかに!!
(因みにですが、シド・ヴィシャスは実在の人物です(笑))
酒の臭いと、煙草のヤニの臭いに満たされたライブハウスから外に出て、2人で例のスタジオを目指して歩き出す。
夜になって気温が下がった為か、少し冷えたアスファルトの路上を歩きながら、奈緒さんは話し掛けてきた。
「じゃあ、歩きながらシドについて話そっか」
「ウッス」
「シド・ヴィシャス(Sid Vicious)本名はジョン・サイモン・リッチー(John Simon Ritchie)はね。1957年5月10日イギリスはロンドンに生まれ。イギリスを代表するパンクのカリスマで、セックス・ピストルズの2代目ベーシスト。極度の麻薬中毒者としてもよく知られてる。ただパンクロックを地で行く様な生き方から、人は彼を『パンクの精神』と呼び。彼を崇拝する人間は、イギリス国内外問わず数多く存在する。1979年、薬物の過剰摂取により21歳で死亡……って言うのが、まず略歴ね」
「極度の麻薬依存って……ただのダメ人間じゃないッスか」
「ところが、そうでもないのよ。彼にはね、それを帳消しにしてしまう程の色々な伝説が残しているのよ」
「それって、ダメ人間伝説ッスか?」
「うぅん。さっきも言ったけど。彼はパンクそのものを具象化した様な人なのよ。まぁ、その分、奇行が多い事でも有名なんだけどね」
「はぁ」
薬中で、薬の過剰摂取で死亡。
その上、奇行が目立つんなら、どう考えても、ただの馬鹿じゃねぇか?
この時点で『頭大丈夫か?』ってレベルな様な気がするのは俺だけか?
「反応悪いなぁ」
「いや、どう考えても、それじゃあ、ただのダメ人間でしょ」
「そぉ?じゃあ、こんな話はどぉ?元々彼はね。セックス・ピストルズの熱狂的なファンの一人だったのよ」
「ほぉほぉ」
「ファンの頃からピストルズの記者会見中に、記者が邪魔でピストルズが見えないと言って、その記者を殴った経歴があるんだけど……どぉ?」
「いや、俺が言うのもなんなんッスけど。そんな程度の事で、人を殴ちゃダメでしょ」
「そっか、じゃあね。芸名について……シドと言う芸名はね、ヴォーカルのジョニー・ロットンが付けたんだけど」
「ほぉほぉ」
「そのシドって付けた理由が、昔飼っていたハムスターの名前から取ったのよ」
「ハムスター!?」
「しかもね、そのハムスターがジョニーの父親に噛み付いた事からヴィシャス(凶暴な)という苗字が付け加えられたんだけど……これは、どぉ?」
「いや『どぉ?』って聞かれても、ハムスターって聞いたら、余計ショボイく感じただけッスね」
暴力的なハムスター、薬物過剰摂取で死亡。
これじゃあ、科学の実験をモチーフにしたお笑いのネタぐらいにしかならないじゃねぇかよ。
なので、あんまし凄いってイメージはないな。
……って言うか、寧ろ『本当に大丈夫かソイツ?』って感じだな。
「あれ?結構、このシドの話って、人気が有る話なんだけどなぁ。……あんまり好きじゃなさそう?」
「はぁ、好き嫌いより、ただの馬鹿にしか聞こえませんね」
「そっかぁ。じゃあさ、クラの好きそうな、もっと暴力的な話をするね」
失礼な。
本来俺は、暴力が好きな訳じゃないんですよ。
偶々そうなるだけの事で、ナンデモカンデモ暴力で……
あぁ……暴力で解決してたな。
けど、こう誤解が有っちゃいけないから、奈緒さんには1言だけでも言って置こう。
「あのね、奈緒さん。俺は決……」
「じゃあ、この話が良いかな?ピストルズのライブで、初めて怪我人が出た時の話なんだけど。原因は、当時ただの客の一人でしかなかったシドが犯人なのよ。ステージに向かって投げたビールグラスが、その怪我をした男性の顔面に直撃して割れた為なの……これはどぉ?」
うん、まぁ、ロクでもなくも面白い話なんですけどね。
奈緒さん……俺の話も聞いて下さいね。
僕は暴力的じゃない事を、貴女に伝えたかったんですよ。
にしても、シドって奴、どうしようもない馬鹿なんだな。
普通、ライブ中にビアグラスをブン投げたりはしねぇだろ。
ライブを楽しむのは勝手だが、アンタはエキサイトし過ぎで観客に迷惑を掛け過ぎだ。
「まぁ、なんて言いますか。それって結構、後付けっぽい話ッスね」
「ふ~む、夢が無いなぁ、クラわ。……なんかそう言うのって、運命とか感じない?」
「はぁ、全然感じないッスね」
「そっかぁ。う~んだと、この後の話も面白くないかもよ」
「なんでッスか?」
「だって、この後の話って、シドがピストルズに入る話だもん」
「奈緒さんが説明してくれるんなら、一応聞きます」
「もぅ……」
あぁ膨れた。
この人、意外と直ぐに膨れるな。
「嘘ッス、嘘ッス、ちゃんと奈緒さんの口から説明を聞きたいッス」
「ハァ……まぁ良いけどさぁ。中途半端な説明になるのも嫌だし、最後までちゃんと話すよ。あのね……」
意気揚々と口を開いて話し出す。
奈緒さん……あの……それって話す気満々なんじゃないッスか?
「まず、シドがピストルズにスカウトされた理由は、そのルックスが良さ。頭をピンピンに跳ねさせてね。これがまた格好良いのよ。それにヴォーカルのジョニー・ロットンとは、ファッション関係の専門学校時代の友人でもあったし。その縁もあってか、初代ベーシストにして唯一の作曲者グレン・マトロックがセックス・ピストルズを脱退すると同時に、バンドのマネージャーであったマルコム・マクラレンが速攻でシドに誘いを掛けて、シドを後任のベーシストとするのね。んで、此処からがクラの気になっていた伝説」
「うん?」
「……バンドにスカウトされたまでは良かったんだけど。当の本人であるシドは、加入した当初、全くベースを弾いたことがなくてね。ライブではベースを弾いてない時すらあったんだって。まぁ、そこで普通ならベースの練習をして上手くなるのが本筋なんだけど。その後もシドは大して上達はしないのよ。だから彼の残されている数少ないピストルズ在籍時の音源は、ライブビデオでしかベースの音が確認出来ない。……これって、ある意味、凄くない?」
「いや、音源が残ってないのは解りましたが。シドって奴が、なんでそんなに人気が有るのか、良く解らないッスね」
「パフォーマンスだよ」
「はぁ?ベーシストとしてのパフォーマンスっすか?」
「うぅん。エンターティナーとしてのパフォーマンス」
「はぁ?」
なんだか良く解らん。
ベーシストがベースじゃなくて、パフォーマンスで評価を受けてたら、それは既に『芸人』なんじゃねぇのか?
もぉ既に、ミュージシャンとは言えねぇ様な気がするが……
「シドはね。もっぱらライブではベースで客を殴ったり、喧嘩ばかりするんだけど。そう言う面も含めて、パフォーマンス面では天才的なのよ。一番有名な話をすれば、自らの胸に剃刀で『FUCK』と刻んで、血まみれになりながらベースを提げたりしてるのよね。これがまた格好良いのよ。まぁそんなパンクを地で行く生き方が、多くの若者の支持を集めて、後期ピストルズにおいては、ロットンと人気を二分する事になるのよ。……中々パンクな生き方だと思うけど、此処は、どぉ?」
「まぁ、それでベースを弾かずに、世界ツアーっすか……なんかなぁ」
「ふ~~~む。この様子じゃあ、どうもにクラは、シドとは、あまり相性が良くないみたいだね。まぁ後、彼が人気だったのはニ面性の話ぐらいかなぁ」
「二重人格ッスか?」
「うぅん、違う。そんな過激な伝説とは裏腹にね。本来シドは、非常に気弱で貧弱な青年だったのよ。セックス・ピストルズの在籍時もロットンに、散々いじめ抜かれたって言うしね。それにロットンがつけた芸名。あれは『ヴィシャス=意地悪い』と言う意味もあるんだけど。彼が言うには『奴の性格から一番遠い名前をつけてやった』って言ってるぐらい気弱だったらしいのね。……だからシドは、恐らくライブをやる時は、違う人間だったんじゃないかな、って説まであるのよ。ジキル&ハイドみたいにね。……あっ、そっか。じゃあクラの言った二重人格で合ってるか」
「そうッスか。けど、なんとも微妙な奴ッスね」
「説明が悪いのかなぁ。シドの良さが上手く伝わらないや。……凄く才能が有る人なんだけどなぁ」
あっ!!ひょっとして奈緒さん。
今までのシドを保護する様な言動からして、シドのファンなのか?
だとすると、今までの俺の反応は、かなりマズイな。
なら、此処からはそれを挽回する為にも、少しは奈緒さんの話に乗らないとな。
「なんか他とか無いんッスか?ほら、今、才能がどうとかこうとか……」
「クラ……本当に、それを聞きたいの?」
疑ってる。
「ウッス。なんか、このままじゃ消化不良のままッス」
「ふ~ん。じゃあ話すよ……シドのもう1つの魅力はね。作曲なのよ」
「はぁ?ベースも弾けないくせに、作曲は出来るんッスか?」
「うん。『一切ベースを弾けなかった』という噂がある反面、作曲におけるシドの才能は目に見張るものがあってね。まず有名な所では、ピストルズの『Bodies』って曲で作曲技能を発揮してる。それにセックス・ピストルズ解散後に、フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』やエディ・コクランの『サムシング・エルス』『カモン・エブリバディ』などのパンクバージョンを収録したソロアルバム『シド・シングス』をリリースしたしね。これによって作曲だけじゃなくて、アレンジも上手い事を証明してる。……って言う事はね。曲に対する理解度が、誰よりも高かったんだと思うのよ」
これには、少し感心した。
ダメ人間シドもやるじゃねぇか。
「いまのは、少し見直したッス」
「そっか……良かった」
「っで、シドの全貌は、大体こんなもんッスか?」
「ん?まだあるよ。……スキャンダルだけど」
「ですよね。……奴は、なにしたんッスか?」
「1978年10月13日、ニューヨークにあるホテル『チェルシー』のバスルームでね。恋人のナンシー・スパンゲンの死体が発見されるの。真相は明らかじゃないんだけど、凶器のナイフがシドの所有物であったことから、麻薬で錯乱したシド自身が刺殺したとも言われていて、警察には1度逮捕されるんだけど。レコード会社が多額の保釈金を支払い、この件は闇の中に葬られた。その後も自殺未遂を起こしたり、パティ・スミスの弟をビール瓶で殴りつけるなどの騒ぎを起こしたりと色々なスキャンダルを起こすんだけど……1979年2月2日、さっきも言った通り、麻薬の過剰摂取により21歳で死亡。……まぁスキャンダルは、こんなもんかな」
「あぁなんか『厨二病の末期患者』が好きそうな話ッスね」
「厨二病って……」
しまった。
つい本音が出ちまった。
けどだな。
さっきから奈緒さんの話には難癖つけてる俺なんだが。
実は俺、このシド・ビシャスって奴が、かなり気に入っている。
だってよ、俺オタクなんだぜ。
実際、こんな漫画みたいな人生送ってる奴が、世の中に居るなんて驚きだぞ。
現実世界で、こんな馬鹿は早々いない。
それに最後まで、こんな破天荒な人生を歩んで、トドメが薬物過剰摂取で死亡だぞ。
滅茶苦茶カッコイイじゃねぇか。
でも、奈緒さんにオタクって思われたくないから、このまま行こう。
「あぁ、すみません」
「良いけどさぁ」
思いっ切り睨まれてるし……
あぁじゃあ、やっぱり、奈緒さんはシド・ファンか。
って事はなにか?
奈緒さんもオタクだったりして……
ないな。
此処に変な期待を持つのはよそう。
もし違った時、かなり恥ずかしいは目に遭う事になるからな。
「とッ、ところでシドが死んだから、この話は終わりッスか?」
「うぅん。まだあるよ。彼は死後にも、とんでもない伝説があるんだよ」
やるなシド。
死んで尚且つ伝説があるとは……マジ渋すぎる。
「伝説って言っても、本人じゃなくて、シドの母親の事なんだけどね」
「まさかの親子話!!」
「うん。シドの母親はね。『ナンシーの墓の隣に埋葬して欲しい』と言う息子の遺言を果たそうとするんだけど。当然ナンシーの両親に強く拒絶されたのよ。そしたらシドの母親……シドの墓を自らが掘り起こして、彼の遺灰をナンシーの墓に撒いたのよ。……これもシド伝説としては、結構有名な話なんだけど、まぁこれが最後だね」
「うわぁ~っ。子が子なら、親も親ッスね。酷い親子だ」
スゲェ親だな。
だから俺も死んだら、奈緒さんの墓に遺灰を撒いて貰おう。
なんかシドみたいでカッコイイぞ!!
(↑人の事を言った割りに『厨二病末期患者』な俺)
「まぁけど、ダメ人間シドの話も、為にはなったッスね。俺にも1つ解った事があるッスよ」
「なに?」
「ほんと音楽って、テクニックばっかりに頼るんじゃなくて、シドみたいに『魂』で弾くもんなんッスね。いや、そこには感心したッス」
良し、完璧に決まった!!
シド・ファンの奈緒さんなら、グッと来るセリフの筈だ。
歯の浮くようなセリフだが、これは音楽の話。
そんなに恥ずかしくはなかったぞ。
「えっ?あっ、あぁ……うっ、うん……そっ、そうだね」
あっ、あぁぁ~~~れぅぇぇ~~~?
何故の引き攣った顔で、俺の顔をマジマジと見ながらドン引き?
まっ、まさか!!奈緒さんって、シドのファンじゃなくて、ただの説明マニア?
怒ったり膨らんだりしてたのって、ひょっとして、自分の説明が、相手に上手く伝わってなかったからなのか?
わからん?
ホントに謎な人だ。
「あっ、あの……俺……」
「はっ……ははっ……そっ、そうだね。うんうん、そうだそうだ……いっ、良いと思うよ、クラ……わっ、私は悪く無いと思うよ……」
乾いた笑いと、無理にフォローしようとしている彼女の言葉が、俺の心に突き刺さる。
完全に痛い子だと思われて、同情されてるじゃないか。
辞めて下さい。
そんな目で俺を見ないで下さい……
「あの、だからッスね」
「あぁ大丈夫、大丈夫だよ、クラ。心配しなくても、私は、クラの事が好きだよ。大丈夫、大丈夫」
あぁぁあぁあぁぁあっぁああぁぁぁ……最悪だぁ。
言ったセリフは、予想通り大失敗。
しかも、奈緒さんには『大丈夫』って4回も言われる始末。
かなり痛い子と認識されてしまった様だ。
時間よ戻れ~~!!戻ってくれぇぇ~!!
ハイ無理!!
「あぁそうだ、そうだ。そう言えば、もぅ直ぐスタジオに着くね。……がっ、頑張ろうね♪」
奈緒さんの語尾から『♪』らしきものを感じたのだが、今はソレさえも虚しすぎる。
そう言う優しさは、本当に辛いです。
辞めて下さい。
「……ッスね」
こうやって、敢え無く撃沈してしまった俺は。
奈緒さんに連れられて、トボトボと夕方まで居たスタジオに戻っていくしかなかった。
その間、一切の会話もなし。
正にデッドマン・ウォーキングと言う感じしかしなかったよ。
死刑台(練習スタジオ)までの道乗りが遠い……
それにしても、こうやって俺が不幸な目に遭うって事はだな。
【死して尚、シドの呪いは本当に存在する】って事なんだろうな。
恐るべしシド……
俺の中で、また新たなる『シド伝説』が始まった。
(↑ただ単に、自爆しただけの男の意見)
最後までお付き合いありがとうございました<(_ _)>
これにて、第十五話は終了しました。
……にしても、世の中には、無茶苦茶なベーシストが居たものですね。
これが実在した人物だと言うのだから、本当に超適当で恐ろしい時代だったんだなぁ、って感じます。
そして、彼の添接的な呪いは現代でも生き続けており。
倉津君は、彼の呪いによって『大失敗』をかましてしまいましたね(笑)
……っと言うより、倉津君の場合は、シドに責任転換しただけなんですけどね。
さて、そんな事が在りながらも次回。
倉津君は、奈緒さんに教えを乞う為に、練習スタジオにやってきた訳なんですが。
どんな風に今回は、この課題を乗り越えるのでしょうね?
良かったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(*'ω'*)ノ
読み終わったら、ポイントを付けましょう!