●前回のおさらい●
結局、奈緒さんの家に山中君と一緒に泊まった倉津君。
そして翌日、約束通り、奈緒さんと山中君が、カジグチ君の練習を見に来てくれたのだが……
此処で、グチ君のドラムを腕を鍛える為に、鬼の山中が『泣く子も黙る様な超スパルタ方式』でドラムの演奏の仕方を教え始めた(笑)
さて、3人で練習する事、数分。
山中とグチの方は、かなり悲惨な状態ではあるんだが。
こちら側は出来るだけ順調に事が運んでいく予定だったのに、何故か此処に来て、奈緒さんが、おかしな事を言い出した。
うわぁ……なんだなんだ?
この様子じゃあ、どうやらコチラでも、なにか問題が発生しそうな様子だな。
「あの、梶原先輩、ひょっとして、余りヤル気がないんですか?」
「へっ?」
……ってな風にだ。
今度は奈緒さんが、カジの唄に首を傾げて、思い立った様にカジを責め始めたんだ。
一瞬『山中に誘発されたか?』……っとも思ったんだが、どうにも、そんな様子でもない。
純粋に奈緒さんは、カジの歌に、何か違和感を感じているだけの様だ。
けどだな。
俺の見る限りではカジは、かなり頑張ってる様子だし、まずにして歌もシッカリ唄えてる。
それに、高音・低音のメリハリもキッチリ付いてる。
俺からすりゃあ、なにも問題無い様に思うだが……
故に、奈緒さんに質問をぶつけてみた。
「奈緒……カジのなにが、そんなに気に入らないんだよ?上手く歌ってるじゃねぇかよ」
「えっ?倉津先輩こそ、なんで気にならないんですか?気に入らない所なんて、全部ですよ全部。梶原先輩、歌詞の意味を全く理解してないから、感情が全然篭ってないじゃないですか。こんなんじゃ、ただ歌詞を見て朗読してるのと同じですよ」
うはっ!!そう来るか!!
これって感覚の違いなんだろうか?
それともボーカルを経験している者なら、誰しもが感じる事なのか?
ベーシストである俺には、イマイチ良く解らない感覚だ。
だが兎に角、それ程、俺と奈緒さんじゃ、カジの受け取り方が異なっている様だ。
俺=カジを上手いと思ってる。
奈緒さん=話にもならない。
でも、これって……ひょっとして俺が、カジの上辺の部分しか聴いてないって証拠なのか?
「いやいや、だとしてもだな。まずはキッチリと歌詞を頭に叩き込んでから、唄う事からスタートしなきゃ、なにも始まらねぇだろ」
「そうですね。確かに、最初期段階ではそうですけど。今の段階で、それじゃあ困ります」
「なんでだよ?なにをするにも、まずは、そこだろ」
「全然違いますよ。まずにしてボーカルって言うのは、自身の声と感情で、曲を聴衆に聞いて貰うものなんです。ですから、そんなのは、後付けでも十分な話なんですよ。……兎に角、こんなんじゃ話にならないです。梶原先輩が、この調子のままだったら、優勝なんて、夢のまた夢ですよ」
奈緒師匠も、お厳しいでやんすな。
さっき山口のフォローしてたお優しい奈緒さんは、どこに行っちまったんでゲスか?
他人の教えてる姿はキツク見えても、自分時は、なんとも思わないって奴ですかい?
けどッスね、奈緒さん、こんな事を練習生の2人に続けたらッスね。
カジも、グチも、楽器の演奏や歌を唄う事に嫌気がさして、Wリタイアしちまいますよ。
コイツ等はバンド初心者なんッスから、もぅちょっと容赦してやらないと……
「奈緒ちゃん。年下の奈緒ちゃんから、そう言うキツイ言葉が出るって事はさぁ。俺の歌のどこが悪いか解っちゃってるって事だよね。良かったら、そこを包み隠さず教えちゃってよ」
うぉ!!まさかまさかの展開が、此処で来やがった!!
梶原の奴、俺の様子に反して嫌気がさす処か、逆に自らに火を着けてヤル気をブーストON。
見るからに、この難題を、自分自身で修正する気で居やがる。
オイオイ、なんだこれ?コイツって見た目と違って、かなり根性の入ったキャラクターだったんだな。
意外や意外、梶原の性格が体育会系だったとはな。
これは思いも寄らない展開になったもんだ。
「そうですね。じゃあまずは、基本的な話から言いますと。唄い方云々以前に、曲の全体的なイメージを理解するのが先決なんじゃないですかね?そこさえキッチリ理解してしまえば、梶原先輩の歌唱力なら、俄然良くなる筈ですよ」
「今必要な物は、歌唱力より、イメージか……」
「そう言う事ですよ。全くイメージ無しで曲を唄った場合、本人が曲に対するイメージが無い分、聞き手には、それがなにも伝わりませんからね」
「なるほどなぁ。そう言われれば、言い得て妙だよな」
言葉はいつも通りチャライんだが。
表情はと言えば至っては真剣で、その真剣な表情のまま奈緒さんの意見を納得しやがったよ。
「っで、そこで私、思ったんですけど。梶原先輩が、カラオケで97点取ったのって、繰り返しが多い単純な曲調のものじゃなかったですか?」
「まぁ確かに、そうだったなぁ。唄ったのって、ネタで唄った『港のヨーコ・横浜・横須賀』だったからねぇ。曲としては、繰り返しも良いところだな」
「ヤッパリ、そうでしたか」
「『ヤッパリ』?奈緒ちゃんは、なんで、そんな風に思ったんだよ?」
「実は、単純なカラクリなんですけど。カラオケの採点って、結構、いい加減なものでしてね。音程とキーさえ最低限合っていれば、簡単に高得点が取れちゃうシステムなんですよ」
「って事は、あれか。俺、あんまり上手くないって事じゃん?」
「いいえ、そうじゃありませんよ。基本的な部分で言えば、かなり上手いですよ。けど、バンドでボーカルをするのなら、それだけじゃダメなんですよね」
うん?
簡単に出した高得点なのに、歌は上手い?
それに物足りないって、なにが物足りないんだ?
なんか話が妙に矛盾してる様に思うんだが……なんのこっちゃ?
「なぁなぁ、奈緒ちゃん。それでダメって事は、なにか物足りないって事だろ。俺には、一体、なにが足りないんだ?」
「クスッ、気付きましたか。そこが、この話の最大の肝の部分なんですよ」
あっ、笑った。
この様子からして、多分、俺の気付けなかった部分を指摘するんだな。
奈緒さんは、何気ない人の仕草や、その人の特徴を良く見てるからなぁ。
「どういう事?やっぱ、イマイチ話が見えないんだけどなぁ」
「そうですか?本当にそうですか?」
「あぁ、見えないねぇ。俺の目の前だけが、お先真っ暗な感じ」
「そう……ですか。じゃあ、少し解説して、真っ暗な部分に、ちょっとだけライトを当ててみましょうか?」
「有り難い。是非、頼むよ」
おっ!!これって……
俺には、奈緒さんが、これから何をする気なのかが少し見えてきたぞ。
この人が、今、決行しようとしている事は、歌の本質についてを『理詰め』する気だ。
しかも、カジの感情の起伏を利用して、精神面から固めて行く『理詰め』
どう言う事かと言えばだな。
①ヤル気を出してるやってるカジに、ワザと『ヤル気が無いんですか?』と質問する。
●まず、これによってカジの動揺を誘う。
②歌詞の理解もある程度出来ている事を知りながら、敢えて、そこを指摘する。
●カジ、更に動揺。
③その上で、相手の自信の有った所(97点の件)を『単純に出来る』と言う事実を突き刺す。
●カジ自信を喪失。
④自信の喪失を確認した上で、フォローの為に歌唱力を褒める。
●理解しきれずにカジは混乱。
⑤此処で、相手の混乱具合を確認する為に、笑ってみせる。
●それにより、一瞬、カジの気持ちが和らぎ、話を聞く体勢を作る。
此処までが、奈緒さんが、今まで仕掛けた罠の内容だ。
でだ。
此処からは、俺の推論になるんだが、恐らく奈緒さんは、この後……
⑥今までの会話の中で拾った、カジの深層心理って奴を上手く突いて来る筈だ。
まぁ、そうは言ってもだな。
俺なんかじゃ、此処までの推理が精一杯。
基本的に、奈緒さんの思考は読み難いから、その内容の全貌までは解らんがな。
ただ、もし俺の予想が外れてなかったら、奈緒さんは、山中とは違った意味で鬼だな。
「じゃあ、まず、説明をする前に、一つだけ、梶原先輩に教えて欲しい事が有るんですが。お聞きしても良いですか?」
「良いよ。上手くなる為だったら、なんでも聞いちゃって」
「じゃあ、遠慮なくお聞きしますけど。梶原先輩って、バラード系の曲で、余り良い得点を出した事が無いんじゃないですか?」
「ブッ!!なんで解ったの?確かに、奈緒ちゃんの言う通り、いつも60~70点をウロウロしてる感じだねぇ。あそこの得点域が、中々超えられないんだよねぇ」
あぁ、そうなんだ。
カジって、カラオケなら、どんなジャンルでも高得点が出せるもんだと思ってた。
って事は、まず俺自身が、カジを過信しすぎてたって事だな。
なるほど、なるほど。
まぁつぅってもだ。
一般的に、バラードで得点を取るのって難しいのは周知の事実。
上手くキーが合わなかったり、突然の高音に、声が裏返ったりしやすいもんな。
まぁだから、これ自体は一般論と言えば一般論だな。
「因みにですけど。その時って、アーティストのモノマネをして唄ってませんでしたか?」
「良く解ったねぇ。恥ずかしながら、モノマネみたいな事を、いつもいつもやってるねぇ。どうしても、点数より、ウケを狙いたくなっちゃうんだよなぁ」
「やっぱりだ」
「なにが?」
「いえ、カラオケって、アーティストの真似をすればする程、点数が出ないんですよ。だから梶原先輩は、曲が終わった後に、必ず『上手いのに点数が出ないね』って言われてたと思うんですが……これは、どうですか?」
「確かに、そう言われる事は多いけど……この話と何の関係があるんだい?」
「有りも有り。大有りですよ」
??
なにがなんだか、俺にはサッパリわかんねぇ?
関連性すら見えてこない。
(↑なら黙ってろってか?……そう言うなって、奈緒さんが話すと出番がねぇんだよ)
「なにが大有りなんだ?」
「わかりませんか?」
「悪いけどさぁ。ヤッパ、そこも全く見えてこないねぇ。俺自身が、長いトンネルに押し込められて、抜けれない感覚だねぇ」
「よくわかりました。じゃあ今度こそ、ちゃんと説明しますね」
「今度こそ頼むよぉ。キッチリ謎を解明してよぉ」
真面目だ。
梶原って、言葉は、どこまでもチャライけど。
本当はコイツって、かなりの真面目な人間なんじゃねぇのか?
年下設定の奈緒さんの意見を、さっきから真摯に受け止めてやがるもんな。
「はい、任せて下さい」
「宜しく」
ヤッパ、真面目だ。
ヘラヘラしてるけど、眼が真剣なんだもんなアイツ。
態度とは裏腹に、ヤル気十分だな。
「まず、今までの話の中で、梶原先輩の歌の唄い方は、全てがアーティストの物真似だったと言う事は理解して頂けたと思うんですよ。その中でも、モノマネ受けの良いバラードは、重点的に真似をしていた。……これで合ってますか?」
「再度、面と向かって言われると、ヤッパ恥ずかしいけどねぇ。合ってるよ」
「でも、人を感動させるって事は、殆ど、無いですよね」
「またまた、ストレート意見だねぇ。それも合ってるよ」
「では、何故、誰も感動しないか?って話なんですよ」
「何故なんだろうねぇ?俺にゃあ、わかんねぇ」
何故なんッスかね?俺にもわかんねぇ。
(↑脳内九官鳥)
「簡単ですよ。上辺だけをなぞってるだけじゃ、どこまで行っても『カラオケの上手い人止まり』って事です。ですから、誰にも感動を与えられない。本気で歌が上手くなりたいのなら、いつまでも、そこで立ち止まってちゃイケナイと思うんですね。だから、自分でも生意気な事を言ってるとは思ったんですが、歌の唄い方を指摘させて貰ったんですよ。これにさえ気付いて貰えれば、梶原先輩、人のモノマネなんかしなくても、人を感動させられますよ」
梶原を真正面に捉えて、奈緒さんは満面の笑みでそう言った。
これにより、俺は、自分の愚かしさを知る事になる。
何故なら……向井奈緒と言う人間を、完全に侮っていたからだ。
最初っから、奈緒さんは、俺の言った『理詰め』なんかをしたかった訳じゃなかった。
彼女の真意は、ヤル気を出してやっている梶原を、もう一段階上の『本気にさせる』事だったんだ。
恐らく、この人、昨晩、俺と山中との会話(スタジオの経費云々の話)を、偶々聞いてしまい、自分也に、なにかこれに対する対応策が無いかと、昨晩の間に模索してたみたいだな。
そして、今の、この話に行き着いたって事だと思われる。
そうなれば奈緒さんの事。
実行タイミングを計って、実行に移すだけで万事上手く行く。
結局、何かって言うとだな。
奈緒さんはだな『俺にコンテストで恥を掻かせない為』に、カジの歌唱力&ヤル気の向上に努めていたって事だ。
なんせ、カジさえ、完全に本気になってまえば、済し崩し的に、グチを本気にならざるを得ない。
どうやってもグチが、カジや俺に『コンテストの出場を願い出た』事実は変らないからな。
山中のハードな練習を上手く使った、奈緒さんの策略だ。
まいったなぁ。
奈緒さんの思考を安易に考えていた、自分が恥ずかしい……
「それが最初に言ってた『歌詞の意味を全く理解してないから、感情が全然篭ってないじゃないですか』って、話に繋がるって事だよねぇ」
「そう言う事です♪」
「けど、それだけで上手くなるものなの?」
「なりますよ。だって、梶原先輩って、基本的な歌唱力は高いし、音程やキー調整が上手いですからね。絶対に上手くなりますよ」
「なんで、そうなっちゃうんだ?」
「梶原先輩、説明を、ちゃんと聞いてましたか?97点を取ったのは音程とキー。点数が取れなかったのはモノマネをしていたから。なら、モノマネをせずに、音程とキーを上手く調整して、歌詞の意味を理解すれば、自ずと上手くなるしかないじゃないですかね」
此処は理詰めか……
奈緒さんって、多種多様な表現方法を知ってるんだな。
はぁ~~~、彼女が偉大過ぎて、もぉ泣きそうだ。
此処までやって貰ったら、俺、惨めで、無様過ぎるだろ。
世の中『なんとかなる』じゃないんだな。
『なんとかしよう』とするから『なんとかなる』んだな。
また、これを思い知らされる事になろうとはな。
アホの俺にとっては『あぁ無情』な状況だ。
「そうか、そうか。奈緒ちゃんの言い分から言えば、根本のラインからして間違ってたって事か」
「あぁっと、間違ってた訳じゃないんですよ。モノマネは、歌が上手くなる為の1つの方法ですからね。でも1ランク高い場所を目指すなら、それじゃ物足りないって話です。……あぁっと、調子に乗って、偉そうな事を言って、ごめんなさい」
「いやいや、そこを気付かせて貰って、俺は大いにラッキーだったよ。……っで、それって、どうやるんだい?」
「基本は『考えるな感じろ』ですよ。それに『習うより慣れろ』ですよ」
「ハハッ、なるほど。手厳しいね、奈緒ちゃんは」
「そうですよ♪……って言っても、今日は梶原先輩が、初めて、その一歩を踏み出す領域なんでアドバイスはしますよ」
フォローも忘れないと……
完璧すぎますよ奈緒さん。
よくまぁ、たった1回逢っただけで、そこまでカジの性格を理解出来たもんッスね。
ヤッパ、この人の心理分析はハンパねぇわ。
『鬼の分析力』だな。
「厳しいんだか、優しいんだか」
「そう言うの、お嫌いですか?お好きそうに見えましたけど」
「お好きですね。大好物」
「じゃあ、早速、練習しましょうね」
「ハハッ、やっぱ、奈緒ちゃんは手厳しいわ」
「でしょ」
こうやって、カジの信頼を勝ち得た奈緒さんは、丁寧に曲の捉え方を教え始めた。
カジも、チャラいキャラのクセに真面目に話を聞いている。
でも、これってな。
俺が『入ってイケネェ~~~~!!』な状況なんだよな。
つぅか、俺、この場には、完全に『イラナイ子』じゃねぇかよ!!
……良いッスよ。
お2人さんは、お忙しそうなんで、邪魔者は、山中の所へにでも行くッスよ。
(↑拗ねるキモイ俺)
……っと思ったけど。
山中と山口組は、相も変わらずのハード・トレーニングを継続中。
矢張りコチラも、今更、俺が入って行く余地はない。
あれ?ひょっとして俺って、コッチでも邪魔なだけか?
あぁ、さよですか、さよですか。
なら、や~~~~めた。
梶原・山口は、師匠達に任せて、屋上に煙草でも吸いに行こ。
人間、必要とされて無い時は、休憩するに限る。
これ、常識。
(↑そうやって都合が悪くなると、勝手にサボる言い訳を見つけて、屋上に逃亡する俺)
最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございますです<(_ _)>
山中君の様なスパルタ方式ではありませんが。
奈緒さんのやり方も、結構、相手の心理を貫いて行きますね。
そして、何よりも恐ろしいのは、その奈緒さんの「分析力」
昨日今日と、練習で数回聞いた程度で、完全に分析が終わっているのは『鬼の分析力』と言っても良いでしょう♪
さてさて、そんな中、倉津君は逃亡を図った訳でなのですが。
きっと、なにかが起こる筈ですので、また良かったら遊びに来て下さいねぇ~~~(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾
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