「…ヒッ!」
彼女の手にしているものが「ナイフ」だと分かった途端、腰が抜けた。
血の気が引くような感覚が、全身を襲った。
…こいつはマジでやばい「不審者」だ。
相手は俺よりも背が低いし、華奢な女の子ではある。
けど、足に力が入らない。
気がつくと後ろに壁があった。
どうやら、ビビりすぎて後ずさってたようだった。
何か身を防げるものはないか、咄嗟に探した。
“殺られる”
不意に掠めた感情は、身の危険に対する防衛本能だ。
ここで人生が終わってしまう可能性がある。
最悪の未来が、頭の中に過ぎった。
(…け、警察ッ)
スマホを慌てて操作しようとする。
今俺にできることはなんだ!?
身を守ることが第一だったが、慌てて手に持っていたのはスマホだった。
110番…だったよな!?
そうだよな??
指紋認証でホーム画面に行く。
視線がおぼつかない。
思うように指が動かない。
焦りすぎてスマホを床に落としてしまった。
あー、クソっ!
何やってんだ!俺!
バンッ
金髪ギャルは、床に落としたスマホを足で押さえた。
きめの細い白い肌と、水色のネイル。
足、長っ
…って、そんなこと言ってる場合じゃなくて!
「ごめんだけど、警察を呼ぶのはやめてくれない?」
「いや、呼ぶだろ!」
「なんで?」
「な、なんでって、住居不法侵入罪だから!」
逆に呼ばない理由を教えてくれる??
ついさっきまでは単なる「不審者」として対応するつもりだった。
…ただ、もうそんなレベルじゃなくなってきてた。
正真正銘のヤバい奴。
ナイフを手に持ってる奴が目の前にいる。
…そんなの、今までの人生になかった。
あっちゃならないことだった。
緊急事態中の緊急事態。
生まれて初めて交通事故を引き起こした時よりも、ずっとヤバい。
アレはアレで死ぬかと思ったが、今回は“次元”が違う。
「まだ悪いことはしてないんだけど?」
「は!!?」
「家に入ったのだって、キミがいなかったんだし、しょうがないじゃん」
ワッツ????
この子は何を言ってる??
まるで俺が悪いみたいな言い草だが、決してそんなことはない。
パニックになっているとはいえ、物事の分別くらいはつく。
俺は“悪く”ない。
そもそも、そんな「議論の余地」は、今の状況において存在しない。
一方的にあんたが悪くて、俺は不純物の無い100%の被害者だ。
どうやって入った??
窓ガラスが割れてるような形跡はない。
鍵がなきゃ、玄関からは入れないはず…
それに…
「匿って欲しいだけだよ。ほんの少しだけね?」
彼女は俺と視線を合わせるかのようにかがみ込み、ナイフを向けてきた。
匿って欲しいだけ??
なんで??
理由は??
「色々あってね」
「色々って、なんだよ…」
「人に追われてるの」
「追われてる?!」
「そ。とびきり悪い奴らにね」
彼女が言うには、この家に入り込んだのは、“国際的な犯罪者”から逃げるため…だそうだった。
もちろん信じなかった。
「国際的な犯罪者」ってなんだ??
そんなやつ、旭川市にいないだろ。
札幌市ならまだしも、ここはいつだって平和な街だぞ!?
犯罪なんて年に数回くらいしか起こらない。
あったとしてもちょっとした万引きとか痴漢とか、数ヶ月で出所できるような軽犯罪ばかりだ。
「国際的な」って…、よっぽど悪いことしないとそうはならないよな…
しかもそれに”追われてる”ってなんだ!?
ツッコミどころ満載なんだが。
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