…とりあえず、もう一回話を聞こう。
シャワー室から出てきた彼女は、濡れた髪をバスタオルで拭いていた。
入るのは構わないが、自分の立場を分かってる…?
…言っとくけど、絶賛「不審者」であることに変わりはないんだぞ??
それと、銃刀法違反。
ポケットナイフは多分規制に引っかからないかもしれないが、俺にそれを向けた時点ですでに“犯罪”だ。
悪いけど、没収させてもらう。
俺は身構えるだけ身構えていた。
一瞬逃げ出そうとも思った。
…ただ、どうしてもその気にはなれなかった。
そりゃ怖いよ?
知り合いとは言え、勝手に家に入り込んだヤツがナイフを持ってたんだ。
しかも「警察を呼ぶな」ときた。
どう考えてもおかしいし、野放しにしておくのは危険すぎる。
だけど、相手はただの知り合いじゃなかった。
あの「アカリ」だった。
学生の頃は、ずっと彼女のことを考えていた。
“ずっと”って言うと語弊があるか…?
いや、そうでもないな。
彼女は初恋の相手、…であると同時に、一躍「時の人」になった有名人だった。
「有名人」って言うと、なんか変な感じだな。
少なくとも、いい意味での有名人じゃない。
なにかすごいことをやったとか、そういうニュアンスじゃなくて。
10年前、彼女が“失踪した”って聞いて、少なくとも旭川市は大騒ぎだった。
全国ニュースに載ったくらいだった。
周りの友達も、知り合いも、みんな気が気じゃなかった。
俺もその1人だ。
街の捜索隊の人たちと一緒になって、何日も歩き回った。
ずっと変な噂が飛び交ってた。
誰かに攫われたとか、犯罪に巻き込まれた、——とかで。
「げ!」
思わず、声が出る。
よく見ると、彼女は俺のTシャツとパンツを履いていた。
脱衣所の棚に畳んでいたものだ。
サイズは全然違うし、見るからにブカブカだ。
自分の服は全部脱ぎ捨てたようだった。
それをさも当たり前のように、彼女は振る舞っていた。
「カーテン閉めてもいい?」
「…え?」
「カーテン」
…あ、ああ
いいけど…
誰かの目を気にしているような感じだった。
俺ん家のアパートは新築で、まだ3年くらいしか経ってない。
ボロいアパートに住むのが嫌だったから、少し高いけど綺麗な場所にしようと思ったんだ。
ただ、市街地だとバカ高いから、少し離れた場所にと思って、ここを見つけた。
だから、周りは市街地に比べると閑散としていた。
あるとしたらスーパーとかコンビニくらいで、交通量だってそんなにない。
閉めようが閉めまいが、誰も見る奴なんていないぞ?
ここら辺の住人はみんな寝るのが早いんだ。
向かい側の早川さん家なんて、10時になったら電気が消えてる。
夜勤にでも行ってんのかと疑うくらい静かだ。
物音だってしないし。
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