「…アカリは、どこにいたんだ」
さっきから、ずっと気になってた。
アカリが目の前にいるという事実は、非現実的以外の何ものでもなかった。
こう言っちゃなんだが、もう戻ってこないと思っていた。
縁起が悪い言い方なのはわかってる。
自分の言ってることが、非常識だってことくらい。
…でも、10年だぞ…?
10年も行方不明だったんだぞ…?
いなくなって最初の3年くらいまでは、街のどこかに彼女がいないか、探し回ってた。
ふとした時に振り返る自分がいた。
学校に行く時。
駅のホームで、誰かとすれ違う時。
アカリに似ている人を見つけては、思わず声をかけてしまう自分がいた。
それくらい、気が気じゃなかった。
「…えっと」
彼女は困ったような表情を浮かべた。
何かを言いかけて、何も言えなかったような感じだった。
ビール缶を口に運ぶ。
ゆっくりとそれを味わいながら、ゴクッと喉を鳴らす。
おもむろに取り出したのは、タバコだった。
吸っていい?と言うから、俺はライターを差し出した。
最近は吸ってなかったが、灰皿は部屋にあった。
マルボロのメンソール。
そうか。
彼女ももうそんな歳なんだな。
自分と同い年のはずなのに、なぜか変な感覚を覚えた。
アカリももう二十歳(はたち)を越えてるんだ。
当たり前のことが、当たり前じゃないと思えてしまった。
「どっから話せば良いかな」
遠い目をしたまま、煙草に火を灯す。
その手つきは滑らかで、自然体だ。
普段から吸ってるんだろうなと思った。
白い煙が、細長い指先の上に揺蕩う。
どこか寂しげでもあった。
俯いた視線と、神妙な息遣い。
“何かあったんだろうな”とは思った。
つーか、何もないわけがなかった。
どうして突然いなくなったのか。
どうして、10年もいなかったのか。
アカリの家族はずっと心配してた。
妹の和葉は、今でもSNSで呼びかけていたりする。
アカリは知ってるんだろうか?
家族のみんなとはもう会ったんだろうか?
次から次へと、気になることが浮かび上がった。
どんな言葉を口にするのか、気になってしょうがなかった。
「さっきの話に戻るんだけど」
「…さっきの?」
「追われてるって」
「…ああ」
「あれ、ほんとなんだ。私は10年前に攫われた。ある“組織”にね」
想定しているようで、想定していない言葉。
“攫われた”。
確かに、そういうことが日常で起こり得るんだとは思う。
アカリがいなくなった時、誰かに拉致されたんじゃないかって、色んな方面からの憶測や推測が飛び交った。
急にいなくなるなんて普通はありえない。
いなくなったとしても、何かの事故とかなら、普通はどこかで見つかるもんだ。
だから、「事件性」がある出来事としての論調が、当時は強かった。
今でも、その「説」は根強い支持を得ていた。
アカリは美人だったし、女子中学生だったっていうのも、事件性を持たせるには十分な要素になっていた。
不謹慎だよな…?
でも、そう考えざるを得なかったんだ。
事故じゃないなら、「人」の手が介入してるんじゃないか。
そう考えることの方が自然だった。
それがもっとも現実的だったんだ。
…考えたくはないけどさ
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