僕はさっきまでの一合を思い出しながら、相対する彼女姿を矯めつ眇めつ観察する。
彼女の持つ得物は通常よりもやや剣身が細く、その分刃渡りが長い両刃の直剣。
それは数多の鉄火場で使い込まれてきた跡を残しながら、十全に手入れをされて鈍色に輝いている。
その拵えは優美な曲線を幾重にも重ねて描かれた花を柄に飾り、ひと目で業物だと識れる眩い光を放っている。
花の種類なんて桜か梅くらいしか知らない僕には何の花かなんて分からない。
フェルあたりに聞けば「こんなの一般教養よ」なんて言いながら、聞いてもいないことまで嬉々として説明してくれそうだ。
そして最後に、「でもわたしはしーの花が一番好きよ」なんて言うところまで簡単に想像出来る。
まあ、それはさておき。
一刀受けた感触から察するに、どうやら魔剣や聖剣の類ではなさそうだ。
でもあくまで勘でしかない以上、断定も油断も出来ない。
だけど、それに捕らわれすぎてもいけない。
分からないことは、いくら考えても答えなんて出ないからだ。
心の隅に留め置き、分かった瞬間対処する。
それくらいで丁度いい。
そんな彼女は剣以外の身に付けている装備まで、全てが一級品で揃えられている。
身体の線を強調するような、細い縦縞の入った背広も。
足下を守り堅める、戦闘用の長靴も。
そのあちらこちらに散りばめられた、綺麗なアクセサリー数々も。
それら全てが、長身で鍛え抜かれ引き締まった彼女の体躯によく似合い、野性的な美しさを引き立てている。
どうやら殺し合いの場における覚悟と心意気を知っている、伊達者にして洒落者。
そして本物の兵だ。
緊張と弛緩、そのバランスが完璧に保たれた一本芯の通った立ち姿。
それでだけで、彼女の実力と技倆が推し量れる。
そんな相手と出会えたことに、心の底から満足する。
そんな相手と存分に斬り結び、生命の遣り取りを出来ることに自然と笑みが零れてしまう。
そんな相手が自分に死をもたらすかもしれない昂揚に、納得して頷いた。
「ねえ、素敵なお姉さん。よかったら名前、教えてくれないかな? 僕の名前は断八七志流可。お姉さんはのお名前は?」
殺すと決めた相手に名を名乗り、殺されるかもしれない相手の名前を知る。
それは誰に教わったものでもない、僕の流儀だ。
相手を殺し生き延びたとき、このときめいた時間を何時でも思い出せるように。
自分が殺され死ぬときに、このときめきの瞬間を永遠に刻めるように。
「ひとに名前を訊くときは自分から名乗るものよ、ってお決まりの台詞を言うつもりだったのに、あてが外れちゃったわね。自分から名乗ってくれるひとに出会えるなんて、初めての経験かもしれないわ。どうやらあなたは覚悟と心意気、そして礼節を識る者みたいね、とっても素敵なお嬢さん。私の名前はカルシュルナ・クオルテル。あなたを殺し、あなたに殺される女の名前よ。墓碑銘は要らないから、せめてあなたの心にだけは刻んでおいてもらえると嬉しいわ」
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