「ああ、やっぱりこうじゃないと」
この日初めて受け止めた一刀を、僕は思わず呟いた。
そこで響き亘ったたのは、高く澄んだ綺麗な音階。
この姦しき夜の空気を劈き引き裂いていく、刃と刃が織り成す麗しの悲鳴。
それは僕が待ち望んでいた、兵同士の邂逅を告げる吉兆。
除幕が切って落とされた、本物の勝負が幕を開ける鐘の音。
その真っ赤に鳴る警鐘に、僕の心は昂りを増していく。
その昂揚に引きずられるようにして、僕の心の奥底からひとならざる何かが顔を覗かせる。
「これくらいじゃないと、何ひとつ楽しくない」
受けた刃を通して伝わってくる、相手が抱く敵意の感触。
その両眼にまざまざと映っている、僕に対する殺意の感情。
それら全てが、僕を呼び覚ます為の燃料だ。
薪のようにくべられて、呼ぼ起こされた本能に火を付ける。
その灼けつく業火に炙られて、僕の本質が目を覚ます。
「やっぱり戦いっていうのはさ、生命が懸かかってないと燃えないよね?」
そうして熱く滾る本能と本質の赴くままに、思ったことを言葉にしていく。
「だから折角訪れたこの幸運、お互いに殺し合える殺し合いを、愉しまないと損だよね?」
身体の奥から湧き上がる熱を、言葉にして吐き出していく。
「ねえ? 君はどう思う?」
その問掛けの返答は、言葉じゃなかった。
左の大剣で受け止めていた横薙ぎの一閃。
そこから捻りを加えて剣身を滑り込ませ、抉り込むようにして猛烈な刺突が放たれる。
狙いは僕の顔面。そして急所である眉間。
問答無用に迫る殺意の具現に、僕の顔には自然と笑みが浮かんでくる。
それを自覚しながら地面に張り付くように身体を沈め、直線で描かれる死を紙一重で躱しやり過ごす。
頭上を奔り抜ける熱を感じながら、僕の動きに遅れた髪が数本まとめて支えのない空中で断ち切られる。
ああ、これは丁度いいや。
どうせそろそろ切ろうと思ってたんだよね。
だから、散髪代はキッチリ支払ってあげるよ。
僕は四足獣の姿勢で地に伏せまま、左腕一本で大剣を一閃させ下段斬りの弧を描く。
周囲の草を薙ぎ払い刈り取りながら迫る刃を、相手は両足を折り畳んで空中回避。
そうして滞空した姿勢のまま身を捻り、今度は脳天目掛けて鉞の如き踵が垂直に降ってくる。
その踵の一撃を、振り切った勢いのままに翻した剣の腹で受け止める。
だが、それは相手の読み通り。
そのまま剣を足場に後方跳躍して距離を取る。
一度だけ縦に回転しながら、生い茂る草の上に音もなく着地した。
これでまた、戦局は振り出しに戻った。
これでまた、最初からあの興奮を味わえる。
「あなたからの返事、確かに受けた取ったよ。でもまただまだこんなものじゃないはずだよね?」
「ええ、勿論。本番はこれからよ。だがら安心して、逝きなさい」
僕には出来ない艶やかな微笑みと共に、その言葉は紡がれる。
対して僕はどうかと言えば、子供のような笑みを浮かべたままだ。
そうして彼女の告げる死の予見に、満足しながら頷いたのだ。
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