僕は決して眼を閉じない。
その美しい軌跡を描く剣閃に、僕は眼を離せない。
剣風の尾を引いて降ってくる彗星に、僕は見惚れてしまっていた。
たとえ垂直に流れるその一閃が、僕の首を断ち切るために振り下ろされたものだとしても。
そういう訳で、心奪われるのはここまでだ。
じゃないと僕は確実に死ぬ。
首と胴体が綺麗にさよならした死体となって、地面に転がることになる。
何処にでもあるありふれた、戦場の光景に溶け込んでしまうことにある。
それはちょっとご御免被る。
僕はまだ、自分の死を受け容れられる程強くない。
僕はまだ、自分の死に方を決められる程満足していない。
僕はまだまだ、三人でいたい。
みんなと一緒に、いたいんだ。
けど、だったらなんでそんなに余裕なのって、ニーネあたりに突っ込まれてしまいそう。
あの汚れのない、純真な瞳をキラキラと輝かせて。
だから、この場をニーネに見られなくて本当によかった。
だって、最初から僕に余裕なんてない。
カルシュルナさんは本物の兵だ。
僕が本気で戦うべきひとで、僕を本当に殺せるひとなんだから。
己の死が冷たく脊髄に染み込んでいくこの恐怖。
己の死力を尽くして剣を振るえるこの歓喜。
そのふたつが呼び起こす、己を抑えることなく曝け出せるこの愉悦。
そして全く別のところで並行して推し量り廻り続ける、どこまでも客観的な戦闘思考。
僕はそんな自分の心と嗜好を、ニーネに聞かせたくはなかった。
それを過保護だなんて、とても今更言えやしない。
それは偽善なんて都合のいいものじゃなく、ただの卑しい保身。
こんなところに連れてきて、あんなことをさせておいて、そんなことも説明出来ないなんて。
過保護と言うなら、僕が僕自身に対して誰よりも甘く不実だった。
けれど、それもこれも乗り越えて、呑み込んで見せる。
ニーネに何を訊かれても、あの綺麗な瞳を真っ直ぐ見詰めて応えることが出来るように。
それにはまず、何としてでもこの場を生き延びないと。
その為には、このひとを斃さないと。
そこまで至った思いを断ち切るように、カルシュルナさんの刃はもう目前。
膝をほぼ直角に曲げて、背中が地面と平行になるように身体を倒し躱していた、僕の首のもう寸前。
だけど生憎、僕は人間であって海月じゃないからこれ以上身体は曲がらない。
限界まで顎を引いて逸しても、顔がお面みたいに剃り落とされるだけ。
けれど僕は海月じゃなくて人間だから、人間にしか出来ないやり方で対応するまでだ。
その一手を打つ為に、僕は右手の太刀をくるりと逆手に持ち替えた。
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