僕とカルシュルナさん、ふたりが揃って同じ答えを、同じ言葉で口にしたそのときだった。
轟、と唸りを上げて一陣の風がふたりの間を駆け抜けていく。
夜露に濡れた冷たい風が、僕の全身を撫でていった。
それは突き裂かれた頬の傷に染み込んで、新たな痛みを呼び起こす。
それと共に、改めて思い起こさせる。
この傷を負った瞬間の恐怖、そしてそれを遥かに凌駕する歓喜の絶頂を。
それは今でも僕の頭を灼き焦がし、心を滾らせ続けている。
だってこの傷を刻んだ張本人であるカルシュルナさんが、本気で僕と相対してくれているんだから。
だったら、この状況を愉しむしかないよね。
だからこそ、この状態を悦ばずにはいられないよね。
お互いに、一歩踏み込めば手が届く。
相手の生命に、己の刃が届き得る。
この、殺し合いの醍醐味を。
さっきの一合、大目に見れば引き分けって言えるのかな。
だって、僕もカルシュルナさんもお互いまだ生きているんだから。
でも傍から観れば、せいぜい痛み分けが関の山といったところだろう。
もっと言うなら判定なんてするまでもなく、確実に僕は負けている。
僕と彼女、頬とお腹、お互いに傷はひとつずつ。
けれどカルシュルナさんの傷は皮一枚。
お腹に薄っすら赤い線を引かれただけ。
それに対して僕はといえば、頬の肉をざっくりと抉られている。
そこから流れ出てくる赤い雫は、全然止まる気配はない。
その塩気の効いた鉄の味、敗北の味を口一杯に頬張り噛みしめる。
そしてひたすら考える。
自分のことなんてお構いなしに。
ただ相手のことを、カルシュルナさんのことだけ考える。
どうすれば彼女を殺せるか。
ただ、それだけを考え続ける。
だって、僕はまだこうして生きているんだから。
それは、きっと彼女も同じだろう。
彼女もきっと、自分が勝ったなんて思っていない。
今の僕と同じように、自分の負けだと思っている。
どんな味かは分からないけど、彼女も敗北を噛み締めている。
だからこそ叩きつけられる、裂帛の気迫。
全身から放たられる、苛烈なる鬼気。
その瞳に宿る、峻烈なる殺意。
真っ直ぐに僕を貫き射抜く、必殺の意志。
次は、カルシュルナさんのほうから仕掛けてくる。
何も言わず言われずとも、自然とそれが伝わってきた。
そして僕は彼女の全てを、真正面から受け止める。
柳に雪折れ無しなんて、小賢しいひとは言うけれど。
そんなのは、僕の好みじゃないからね。
ぎちり、と彼女の筋肉が締り撓む音が聞こえた気がした。
「――じゃあ、往くわね」
「はい、どうぞ――」
その言葉が終わった瞬間だった。
カルシュルナさんが、僕の間合いの中に入ってたのは。
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