乙女の化生に紅を

いい子悪い子普通の子三つ数えてひとつの一
久末 一純
久末 一純

本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その九~剣戟娘:断八七志流可の章~

公開日時: 2021年5月14日(金) 14:38
更新日時: 2021年5月14日(金) 14:39
文字数:1,059

 僕とカルシュルナさん、ふたりが揃って同じ答えを、同じ言葉で口にしたそのときだった。

 ごう、と唸りを上げて一陣の風がふたりの間を駆け抜けていく。

 夜露に濡れた冷たい風が、僕の全身を撫でていった。

 それは突き裂かれた頬の傷に染み込んで、新たな痛みを呼び起こす。

 それと共に、改めて思い起こさせる。

 この傷を負った瞬間の恐怖、そしてそれを遥かに凌駕する歓喜の絶頂を。

 それは今でも僕の頭を灼き焦がし、心を滾らせ続けている。

 だってこの傷を刻んだ張本人であるカルシュルナさんが、本気で僕と相対してくれているんだから。

 だったら、この状況を愉しむしかないよね。

 だからこそ、この状態を悦ばずにはいられないよね。

 お互いに、一歩踏み込めば手が届く。

 相手の生命に、己の刃が届き得る。

 この、

 さっきの一合、大目に見れば引き分けって言えるのかな。

 だって、僕もカルシュルナさんもお互いまだ生きているんだから。

 でも傍から観れば、せいぜい痛み分けが関の山といったところだろう。

 もっと言うなら判定なんてするまでもなく、確実に僕は負けている。

 僕と彼女、頬とお腹、お互いに傷はひとつずつ。

 けれどカルシュルナさんの傷は皮一枚。

 お腹に薄っすら赤い線を引かれただけ。

 それに対して僕はといえば、頬の肉をざっくりと抉られている。

 そこから流れ出てくる赤い雫は、全然止まる気配はない。

 その塩気の効いた鉄の味、敗北の味を口一杯に頬張り噛みしめる。

 そしてひたすら考える。

 自分のことなんてお構いなしに。

 ただ相手のことを、カルシュルナさんのことだけ考える。

 

 ただ、それだけを考え続ける。

 だって、僕はまだこうして生きているんだから。

 それは、きっと彼女も同じだろう。

 彼女もきっと、自分が勝ったなんて思っていない。

 今の僕と同じように、

 どんな味かは分からないけど、彼女も敗北を噛み締めている。

 だからこそ叩きつけられる、裂帛の気迫。

 全身から放たられる、苛烈なる鬼気。

 その瞳に宿る、峻烈なる殺意。

 真っ直ぐに僕を貫き射抜く、必殺の意志。

 次は、カルシュルナさんのほうから仕掛けてくる。

 何も言わず言われずとも、自然とそれが伝わってきた。

 そして僕は彼女の全てを、真正面から受け止める。

 柳に雪折れ無しなんて、

 そんなのは、僕の好みじゃないからね。

 ぎちり、と彼女の筋肉が締り撓む音が聞こえた気がした。

「――じゃあ、往くわね」

「はい、どうぞ――」

 その言葉が終わった瞬間だった。

 カルシュルナさんが、僕の間合いの中に入ってたのは。

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