あの夜から、少女とリオンの関係は少し変わった。
相も変わらず、リオンは酒浸りであったが、少なくとも暴力という暴力は振るうことがなくなった。
また、閨でも痛みはなく、何を考えているかわからない空虚な瞳ではあったが、少女を労るように抱くようになった。
もっとも、大事にされているか、と問われると、そうではなかったが。
二人の間には、ほぼ会話はなく、リオンは日がな朝から晩まで酒を飲み、ときおり気まぐれに少女に手をだしては眠りについた。
無言で少女の出す食事を食べて、酒を飲むリオンに、少女は少しだけ、この穏やかな生活が続けば。と願っていた。
叶わないのは知っていたが。
ある日の朝、少女はいつもと違う違和感を感じながら朝食をつくった。
やけに油の匂いが鼻につき、うっ、と少女は呻いた。
それでも、なんとか食事を完成させ、リオンに出すと、リオンは一口食べ、久方ぶりに口を開いた。
「おまえ、これは嫌がらせか?」
冷たい瞳で見やり、少女に見せつけるように皿を傾け床に中身をぶちまける。
苛立ったリオンに、何が悪かったのか、おろおろとしてもう一度味見をしようと鍋の方にむかったとたん、食べ物の匂いが鼻腔にささり、吐き気を催した。
「うっ!!」
慌てて、少女はその場から走り去り、屋敷のそとに出て、胃のなかの物を吐き出す。
ひとしきり吐いたあと、後ろを見やると、うって変わって、リオンが嬉しそうな表情でこちらを見ていた。
「やっとか!!ちょっと待ってろ、医者を呼んでくる!!」
そういって、何日かぶりに外に駆け出すリオンを見て、一瞬自分の心配をしてくれたのか、と喜び、直ぐにぎゃくに顔を青くした。
「ああ、夢が覚めてしまった‥」
少女はポツリと呟いた。
「ご懐妊、おめでとうございます」
お医者様から淡々とつげられて、少女は俯きがちに、はい、と小さく返事をする。
対照的に、リオンは顔を明るくし、ありがとうございます。と心付けまで持たせて、医者を帰らせた。
そうして振り向くと、少女に淡々と告げた。
「義務ははたしたぞ。子供を死なせるなよ」
そう言ったは早いか、屋敷をでて、一度も振り向かず、町に繰り出していった。
「はい」
少女はその日、帰ってこないと解りながらもリオンが帰って来ることを願って待ち続けた。
少女にとっては、初めての経験だった、あの穏やかな日々が戻ってくることがないことを知りながら。
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