【新世界】と呼ばれるこの世界には『科学』と『魔術』の両方の技術が存在している。
人間の手で創り上げたこの二つの技術は、あらゆる不可能を可能に変えてしまう。
それ故に目を醒ました人々は絶対的な『力』を手に入れてしまった……!
その力を持つ者達は、恐怖に怯える弱者から全てを奪い……偽りの自由を謳歌できる。
世界はこんなにも美しくて、謎に満ちているのに私達……人類は争うことを止めない。
どんな時代、どんな世界でも……太古の昔から人間という生き物の性質は何も変わらない。
こんな世界で必死に生きていくには、大切な何かを犠牲にしなければいけない……
———だから私は笑顔を捨てた。そんなモノ、この【新世界】では不要だから……
◇◇◇◇
満月が美しく輝く夜。静寂を突き通す廃病院の中、まるで兵士のような迷彩服を着用した男達が院内を探索している。一人の男が扉をこじ開け、真っ黒な室内を小銃に取り付けたフラッシュライトで隈なく見渡すと気味の悪い光景を目撃してしまう。
「うげぇ…鼠が共喰いしてるぜ、気持ち悪りぃ」
「おいおい…気持ち悪いこと言わんでくれ」
嫌そうな顔でもう一人の男が入り、タンスやベットなど様々な場所を徹底的に探し続けていく……嫌気がさしたのか、最初に入った男が話し始める。
「しっかし、本当にあるのかねぇ……魔導書っていう本」
「…少なからずここには無いみたいだ。そろそろ他の奴らと連絡を取るか…」
そう言うと彼は廊下に一歩踏み出し、無線機で仲間に連絡を取り始めた。
「——こちらB班、C班へ連絡。そっちは何冊か見つけたか?応答を求む」
……だが少しも応答に出ない…妙だと感じた時にはもう遅い。
横の廊下から数発の弾丸が撃ち込まれ、彼の頭を撃ち抜かれる……即死であり敵襲だ。
咄嗟に判断したもう一人の男が上で探索している仲間に急いで連絡を取る。
「——聞こえるか!A班!敵襲だ!コルトが殺られた。C班もきっと全滅————」
冷汗を掻きながら、彼は又しても異様な光景を目撃する……吹き抜けた窓から赤い光を帯びた無数の弾丸が彼を蜂の巣にしていく。
悲鳴を上げながら、彼は倒れこむ……血だまりが広がっていくなか、応答を求める仲間の声が…ただ虚しく鳴り響く。
———数分後、仲間達の連絡が途絶えた後、彼らA班は摺り足で奥へと進む。敵の人数も分からない……そんな不安を掻き消す為に男が声を荒げる。
「常に周囲を警戒しろっ!いいな!」
「分かってる!」
AK-74を構えながら、互いの背中を預けながら周囲を警戒する中、二人の荒い呼吸しか聞こえない程の静寂さといつ襲われるかも分からない為、一歩一歩進むほど、心臓の鼓動が速くなる。そんな二つの重圧感に、彼らは苦しんでいく…必死に耐えながら。
すると…コロンッという空き缶の音に後方を警戒している男が真っ先に気付き、銃口を向ける。
「近くにいるのか…?」
「分からん。常に反撃出来るようにしておけ」
「あぁ…」
その突如、闇が覆う廊下の奥から銃声が響く———が攻撃されるのは分かっていた。
「っ!?隠れろ!」
そう指示し、二人とも同時に障害物を壁にして銃弾を躱す…が彼らは知らない、あの弾丸を。
赤く輝く四発の弾丸はまるで意思があるように軌道を変え、仲間に指示した男は頭に二発の弾丸を浴び、ピクリとも動かなくなってしまう。
その弾丸の異常さに、いち早く気付いた彼は咄嗟に右腕で脳を守るように隠し、右腕と右肩に被弾する。
「グッ…魔術の一種かよ!ア゛ァ゛ァァ……クソッタレがぁ!!」
そう吐き捨て、肩と腕に撃ち込まれた激しい痛みを堪えながら、今にも崩れ落ちそうな階段に一直線に向かう。
息切れを起こしながら、流血が止まらない右腕を必死に抑えつつ、階段を駆け上がる———化物に殺される恐怖から逃げる為に……
4Fの階段の壁に背中を預け、冷静さを取り戻すように呼吸を落ち着かせる。幸いあの化物のように強い敵が追いかけてくるような気配がしない。
止まらない冷汗を拭いながら、ヘリで向かってくる仲間を急がせる為に、無線機を取り出して……
「こちらα、敵に遭遇して全滅。魔導書が奪取される可能性がある……早急に回収を頼む」
「————ヘリがそこへ向かっている、その間に屋上で迎撃せよ」
「——了解……!」
右腕の痛みを嚙みしめながら階段を登り、ゆっくりとドアノブをひねると…
待ち構えていた……仲間を皆殺しにしたあの化物が満月を背にグロッグ19を男に向けて。
———だがその正体に彼は目が釘付けになってしまう。
黒い剣を背負い、灰色の短い髪に透き通るような薄水色の瞳、狼のような耳や尻尾が特徴的な美少女だった事に男は動揺を隠せない。
「こんな子供に俺たちは踊らされていたのか…いや、お前があの―――」
喋りかけたその頭に向けて彼女は何の躊躇いも無しに……引き金を引いた。
彼女は向けていたグロッグ19をベルトキットに収納し、ゴソゴソと男の死体を漁り始めていく。すると彼女は魔導書を抜き取ると……どこか申し訳ないような顔で闇へと消えていった。
今からほんの反応を半年前、この【新世界】にてこんな噂がある……暗い夜にとある獣人が集団を襲い掛かり、金品や魔導書を根こそぎ奪うという。
その噂は瞬く間に広まっていき、とある一人の男が異名を名付けると……誰しもがそう呼び始めた。
―――満月を背にして獲物を噛み殺す【BLACK DIRE WOLF】と。
……だがこの異名が恐れられる意味から【新世界】を救った英雄の一人の異名として生まれ変わることになり、そして……この残酷で無慈悲で何かを失わなければ何かを得ることが出来ない、こんな世界で平和という名の革命を起こそうとする組織【TRUE EYES】に加入することも、この時の彼女『レン』はまだ知らない。
君たちの目に映るのは残酷な『真実』か…それとも慈悲の『嘘』か。
―――さぁ、その目に焼き付けろ。この新世界の『真相』を……彼らの『勇姿』を。
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