―――そんな昔の事を思い出しながら湖に映る満月を座り込んでじっと眺めていた。
あの時、感じていた空気を言葉を……脳裏に薄っすらと思い浮かべながら、ふとレンは思い出す。
「……そろそろ『安全区域』に向かおう」
ゆっくりと立ち上がり、木々の隙間を軽々しく駆け抜けていく……その姿はまるで闇夜を駆ける狼…【BLACK DIRE WOIF】だ。
そして『安全区域』とはその名の通り暴力、殺人、窃盗等の行為を禁止している領域の事である。
もし違反してしまうとそれ相応のペナルティがある。青い石こと【portal stone】略して『PS』の一ヵ月の使用停止などが良い例だ。
『PS』は安全区域又は新世界の入り口で使用可能で新世界からlobbyへ帰還する為の道具であり、それが使用できないとなると例え高価な物を手に入れることが出来たとしても倉庫に保管することが出来ずに他の人間に殺され、強奪されるということが多い。
レンはそこへ向かう為に闇夜を駆け、木々の隙間を疾風の如く通り抜けていく。
だがレンの意識は過去の記憶へ向いていた。ほんの一瞬、過去の記憶らしきものを思い出す事があるのだ。
それは眠る時、そして……死んだ時に思い出すがすぐに忘れてしまう。例えメモを取っても文字が消える現象が起きる。
あるのは過去の記憶を『見た』という感覚だけ。それだけしか残らない、二年間ずっと……
———その瞬間、ピシュンッ!と風を切る音がレンに突き刺さる。左肩に視線を向けると矢を受けていた…しかも麻酔矢だ。
人の匂いはしない為、レンは罠の一種だと気付くが指、手首、足首の感覚が消えていき、木の木陰で倒れてしまう。
必死に体を動かそうとするレン……しかし、先程の戦いの疲労もあってか、徐々に意識が薄っすらと消えてゆく。
◇◇◇◇
……場所は移り、レンが誰かが仕掛け罠に偶然引っ掛かってしまう十分前まで遡る。
針葉樹の木々が生い茂る森の中、二つのテントを張り焚火で暖を取りながら丸太に腰掛け、マシュマロを焼く三人組の姿があった。
程よく焼き上げったマシュマロを男二人は不満足そうな表情で口に入れる。
すると大柄で筋肉質で頭から角…鬼の種族の一人が、突然と大声を出す。
「―――アァァァ!! 肉が食いてェェ……こんなモンじゃ腹なんて膨れねェぞッ!」
不満を言う鬼の一人の声は静寂な森全体へと鳴り響き、眠りに落ちていた動物達は本能により、ハッと起き上がる。
それに続くかのように赤髪の青年は、焚き火の炎を見つめながら……落ち込むようにため息をつく。
「全くだよなぁ……アギト。俺も肉が食いてぇよ……」
鬼の男と同意見の青年の不満にピンク髪のとある少女は呆れた顔で、伸ばした人差し指を青年に向ける。
「魔導書探索の出発を記念して!……って言って食糧全部食いつくしたのどこのどいつかしら?」
「ぐぅの音も出ねぇ」。と赤髪の青年は不貞腐れるなか……顔を顰めたまま、彼女は話の話題を変える。
「はぁ……そんなことよりも二人とも。ここらで現れる『BDW』の方が大事よ」
「『BDW』って何だよ?……うまいのか?」
間抜けな質問する鬼に対して呆れたような顔で赤髪の青年は答える。
「食い物じゃねーよ馬鹿、BDWって言うのは【BLACK DIRE WOIF】の略だ」
「そいつがこんな暗い夜に集団を襲って戦利品やら高価な物を強奪してるって噂だ」
【BLACK DIRE WOIF】と呼ばれている人物の粗方の特徴を説明し終える赤髪の青年。
すると……鬼の男は首を傾げて、とある事を二人に対して聞き出す。
「あっ?【lobby】で見つけてだして、新世界に来た瞬間に蜂の巣にしねぇのかよ?」
「誰も正体を知らないからできないのよ……」
そう会話に再び入り込んでくる少女……彼女は水筒の水を一口、含ませて飲み込む。
「噂じゃ獣人の大男だ。……って囁かれてるけど、真実は誰も知らない」
「まっ、襲われるわけないだろ…と言いたいところだが可能性が無きにしも非ずだからなぁ」
彼は休むように目を瞑り、焚火の音に耳を澄ませながら夜空を見上げると……?
突如、ブザーの音が鳴り響く。突然の音で少女は可愛らしい悲鳴を漏らすが、男二人は動じなかった。
「あ?何だ?」。と鬼のアギトが尋ね、思わず赤髪の青年の方に振り向く。
「おっ、罠に掛かったぞ!」
どこか満足気な表情で立ち上がる青年に対して、彼女は訳が分からない様子で……
「罠って…ちょっと待って、一体いつ仕掛けてたの?」
「ああ、夕暮れ時に三ヶ所な。……半分諦めてたけど」
そう雑に答えつつ、満悦な表情で彼は荷物が置かれているテントに近づく。
「鹿か猪かあるいは…熊か?まぁ、どっちでもいいか!」
バックから散弾銃…【Benelli M3 Super 90】を取り出し、12ゲージ弾を込める。
もし、熊のような恐ろしい生き物だと考慮して、安全な対策を始めていく。
「どっちにしろ肉だってことは変わんねェよなァ!」
そう言い、ウキウキとした表情でアギトは立ち上がるが……
「いやアギト、お前はここに居ろ」
赤髪の青年は、手のひらをアギトの方に見せつけ……斧を持ち上げるアギトを制止させる。
「あ?なんでだよ?二人の方が手っ取り早いだろ?」
「さっきの話、聞いてたか?BDWが現れるかもしれない。カナ一人でここを任せるのは危険だ」
ハッキリと強く言う青年、確かにカナを一人にさせる訳にはいかない。アギトは呆れた顔で……
「用心深い野郎だぜ…猿は、まぁいいけどよぉ?」
ため息を軽く吐くとアギトは元居た丸太に腰を下ろした。
「んじゃ行って来る、腹空かして待ってろよ」
暗く深い森の中へ入ってゆく青年に対し……カナは軽く一息ついた後。
「何かあったら連絡してよー?」
心配して声を伸ばすカナの方を向かずにアカヤは手を振って返し、そのまま森の中へと入り込んでいく……
◇◇◇◇
深い森に入って五分後…森の中は怖いくらいに静寂で梟の鳴き声がより一層不気味に感じる。
手に持った懐中電灯で辺りを見渡し続け、二つ目の罠を見つける。
「ここも起動していないとなると……やはり一番最後か」
そう独り言を挟みながら……手慣れた手付きであっという間に罠を解除し、持ち上げる。
最初の罠も空回りしていた為、最後の罠に獲物が居ると考え……足を速めた。
すると突然……頼みの綱だった懐中電灯の光がパッと消えゆく。
「オイオイ……マジかよぉ」
うんざりしながら【Benelli M3 Super 90】をしっかりと持ち、暗さに目を慣らしていく。
最後の罠の付近に到着し、罠が起動している事を確認した後に周囲を確認すると…
ふと何かを見つける…生き物の様だが、分からない。
トリガーに指を入れつつ恐る恐る近づいてゆく瞬間、月光が周囲を照らし視界が見やすくなる。
その正体は…?
「―――女の子だと? 一体、どうしてこんなところに……?」
……この出会いは運命だったのだろうか? ……それとも必然か。
それはきっと……『神様』ですらも分からなかった。
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