憲央にわたされるまま、食べ物を口にしていたら、なんだか夢中になっていた。
食べることに集中したのって、いつ以来だろうか、と頭の片隅で思うが、これも心の中を覗いているのか、ベストタイミングで、ちょっと気になった食べ物が渡されるもんだから、無意識に受け取って口に運んでしまう。
「ホッホッ、まるでひな鳥に餌付けいてるみたいじゃのう。」
急に声をかけられて、一瞬食べかけのポテサラが喉に詰まった。
けほけほ、としている隙に、そのじじいは、僕たちの前にいた。
「憲央の希望通り、飛鳥と合流できたようじゃのぉ。」
「はい、お爺様。おかげさまで、このとおり、飛鳥の保護者を任せられております。」
こいつは気づいていたのだろう、優雅に深々とお辞儀をしつつ、じじいを迎え、そんな風に、答えた。
「おい、誰が保護者だよ。」
「ホッホッホッ、良きかな良きかな。しかし、憲央よ、そんなにまでして飛鳥が欲しいか。この爺の術から遠ざけるほどに。」
じじいの術から遠ざける?
僕は、飛鳥が僕の二の腕をがしっと掴んでいることに気づいた。
じじい、こと、幸楽憲右衛門。さとりの化け物。
憲央は、じじいの後継者と目されている、だったっけか。
じじいの言うことを信じるなら、僕に触れることで、どうやら心をブロックしている、ということか。
「しかし、飛鳥は全部顔に出るからのぉ。ブロックしたところで、無駄じゃろ?」
「そのようですね。しかし、まさか私がお爺様を妨げるなどございませんよ。保護者としてこうしようと思っていただけです。」
憲央は、持っていた二の腕を引っ張ると、もう一つの手で僕の頭をギュッと押さえ、じじいに向かって頭を下げさせた。
「ホッホッホッ。この悪ガキに礼を教えるのは、さすがのお前でも難しかろうて。」
「気長にやっていこうかと。時間はいくらでもありますので。」
なんだか黒い同じような笑顔で二人は笑い合っている。
まさか、悪ガキって僕のことか。冗談。外見はともかく、こっちは立派な老人だよ。さすがにそこの爺は僕が知る限り爺だから、そいつよりは下だがな。誰にも僕をガキ扱いさせるか。
「あのね、不死者は成長しない。肉体的にも精神的にも、ね。知ってるでしょ。」
当然のように心を読んで話してくる。
「だとしても、だ。大体お前は17だろ。僕は18だった。」
「誕生日なんだから、18っていったって、ほとんど17ですよね。そもそも、それまで過ごしてきたあなたの18年と、僕の17年では重みが違います。」
「ホッホッホッ。飛鳥や。あんまり年齢のことを言ってもせんないことよ。1年もすれば、ぬしの主張と憲央の主張は逆転するでの。今の言葉を言質にやり込められるのが落ちよ。」
チッ、と小さく舌打ちする。
実際、今までもよくあった話だ。
どこぞのガキを面倒見ていたら、次に会ったときには年上で、だいたい偉くなって現れる。そういう奴に限って、親しげに僕を使おうとするから面倒だ。学習してからは、極力ガキの面倒を見るように言われても、最低限しか接しないように気をつけている。といっても、なかなか成功しないのが辛いところなんだけど。
「まぁよいわ。憲央よ、例の任務について少し顔を貸せ。合わせたい者がいる。」
「御意。あ、ちょうどいい。善!」
ちょうどじじいを見つけたのか、タイミングを見計らっていたのか、善が現れた。近づいてくると、まずは隙の無い挨拶をじじいにしてから、呼びかけた憲央に顔を向けた。
「ちょうどよかったよ。僕はこれからお爺様と席を外すんで、飛鳥をお願い。ハイエナが想像以上に狙ってるんで、気をつけて。それと、そこのてっぺんのミートボール取れる?僕の身長では優雅に取れないんで飛鳥に渡せなかったんだ。できれば、それ以外にももう少しお腹に入れさせた方が良いと思うんだ。どうやら今月に入って、何も口にしてないみたいだから、その点も気をつけて?」
「今月に入って何も?」
「うん、実際は何日食べてないか、本人も覚えてないみたい。」
ギロリと、善に睨まれた。
目ヂカラすごいんだから、そういうのはやめて欲しいよ。
そもそも食べなくったって死にやしない。まだ普通に動けてるんだし、そこそこ食べてるよ。うん、そのはずだ。
「はぁ。とにかく、しばらくお願い。淳さんたちが来たら任せても良いと思うけど。」
「大丈夫だ。今日のノルマは達成している。」
「そう。じゃ、よろしくね。・・・お爺様、お待たせして申し訳ありません。」
「かまわんよ。それにしても、飛鳥よ。いつまでも後ろを向いている時代は終わりそうじゃのぉ。」
「なんだよ、それ。」
「いや、いいんじゃ。儂はのぉ、期待しているんじゃよ、この子達に。ぬしの17だった頃、こやつらがいたらのぉ。いやせんないことか。忘れろ。ホッホッホッ。」
なんか、分からんことを言いたいだけ言って去って行った。あのじじいはいつもそうだ。老人の戯れ言、として聞き流すのが正しい対処法。
そう思いつつ、僕が17歳だった頃、そう、毎日が戦いで、世界中から助っ人として望まれて、それがなんだか嬉しかったあの頃。僕は使命感に溢れ、人より優れていると傲慢に前に立ち、いつの間にか人類の旗印として祭り上げられ・・・
はは、いい気になっていた大馬鹿者だったな。
さぞかし操りやすい木偶だったろう。
僕は自分を嘲笑する。
? !!
僕は目を白黒させた。
急に口の中に異物を感じ、むせかける。
気がつくと、頬を両側から親指と中指で押され、口を強引に開けられていた。そして、その口の中に何かが放り込まれた、ようだった。
たく、なんなんだよ、お前は。
でかい図体なのに、しれっと攻撃?をしかけてくる。
僕が口に何かを入れられてる、と気づいたのを見て。
頭と顎を上下から押してきた。
何?咀嚼させようとしてる?
いやだから、言葉で言えば良いだろ?
非難の目を向けると、相変わらずキツい目で僕を見ていた。
僕が口を閉じたまま、奴を見ているのが気に入らないのか、また、頬を押さえようと手を伸ばしてきたから、思いっきりはたいてとめてやったが。
また、強引にやられてはかなわんと、僕は口の中の者を噛んでみる。別に毒を入れられていたところで、ちょっと、いやかなり苦しむだけだ。僕ら不死者をそういう実験に使う輩もいるしな。
昔、35年くらい前か、世界をとあるウィルスが席巻した。そのとき、某国がワクチンの実験のため、その国の不死者を使いまくった。さすがに多少の非難が起こったけど、そのときに、鼻で笑う輩も少なからずいた。不死者の扱いなんて、そんなもんさ。
が、さすがに善に口に入れられたものは、そんなものとはほど遠かった。
さっき憲央が言ってたミートボールか。
正直、うまい。
「もっと食うか?」
「いや、もういいよ。」
「いや、食え。」
もう一つ、小皿をとって僕に渡してくる。
「だからいいって。」
「また口に放り込まれたいか?」
めんどくせいやつだなぁ。だいたい一皿まるまる口に放り込むってどうよ。
僕は、やつの手から皿をうばって、ついていた爪楊枝で1個ずつ食べた。
「お前は食べないのかよ。」
「俺は、飛鳥と違って、そういうお子様メニューは苦手だ。」
「はぁ?」
「さっきもノリに、オムレツとかマカロニ、唐揚げ、ケーキなんかを食べさせられていただろう。だいたい食事中に甘味とか、訳が分からん。」
「いや、チョイスはあいつだろ。」
「飛鳥がお子様舌なのは知ってる。」
「いやいや、おまえだって食べるだろう。」
「残すのはありえないからなんだって食べるさ。だが、好みは和食だ。確か苦手と聞いている。」
「別に食べるさ。」
「焼き魚や酢の物、香の強い葉を食べないのだろう?」
「だから食べるって。ただ好きじゃないってだけだ。だいたい知らないのか?焦げの苦みは、人が食べたらまずい毒だってシグナルで、酸っぱいは腐ってる、のシグナルだ。そんなもん食べる方が異常なんだよ。」
「フッ、面白い言い訳をするものだ。そういう所は年の功、とおもってやってもいい。が、いかんせん、その舌が暴露しているようなもんだ。あきらめろ。」
「いや、ちょっと待て。だいたい僕はほぼ神戸で育ったんだよ。洋食の町だ。和食に縁遠かったんだよ。その点お前はどこぞの宗派でバリバリの和食で育ったんだろ?けっきょくガキの頃食べてた味がうまいんだよ。離れるほど苦手になる。何歳だろうが関係ない話だ!」
僕は言いながら、なんでこいつとこんな馬鹿な話をしているんだろう、と、考えてる。こんな馬鹿話に一生懸命なんて、いつ以来だろう。くだらない、そういいながらも、ちょっと楽しいと思っている自分。ああくだらない。一番くだらないのはそんなことを考えている自分自身だ。
いつの間にか、いつもは長く苦痛でしかないパーティの時間が、今日は気づくと終わっていたんだ。その馬鹿話には蓮華や淳平が気がつくと混じっていて、まるで普通の友人のように、僕らは笑っていたことに、僕は、気づいていなかった。
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