女性に男性器を足してふたなりなら、男性に女性器を足してふたなりっていうのもアリなんじゃないかと思いついて書き始めました
オメガバースとは違います
ふたなり。女性器と男性器を持つ人間は公的には【陰陽性】と呼ばれるが、殆どの人はそんな小難しい呼び方はせず、ふたなりと呼ぶ。
昔から差別され、数年前だか十数年前だかに陰陽性保護団体みたいなのが組織されたがそんなこと関係なしに皆結構差別してたりしてなかったりしている。もともとゲイとかレズとか差別してたのだから、そういった行為の延長線上といった感覚なのだろう。
そう考えると、ふたなりでない両親に産まれ育てられ公立高校にも通わせてもらっていて、しかもふたなりでない友人が二人もいる俺は、これで結構幸せなのかもしれない。
昼休みになると、いつものように二つ隣のクラスから翔吾がやって来て先に弁当を広げる俺と雄二の間に収まってくる。
翔吾はスラリと背が高く地毛が茶髪で顔も良いが、勉強も運動も人並み程度である。だが、顔は良いので女に困らないクソ野郎だ。
「なあ……」
席に着くなり翔吾は深刻そうな顔で口を開いた。それを見て雄二は顔をしかめる。
「え、ヤダよ」
「そうか……って、いやまだなんも言ってねーじゃん」
「翔吾のことだからどうせまた女絡みだろ」
「彼女持ちは大変そうなことですね」
俺と雄二は箸の先を翔吾に向けながら、机の下で彼の脚を蹴りまくる。
「痛い痛い痛い、脛蹴るのやめろって、あの弁慶の泣き所だぞ」
「あの弁慶の!?」
「あの!?」
「いやだからやめろって!」
ズボンの脛を白くさせられた翔吾は俺達から少し離れた席に逃げた。
「で、なんだよ」
「まあ、彼女の話なんだけど……」
「死ねっ!」
俺の言葉を翔吾はおかしそうに笑う。
「話したっけ? 今の彼女、百合っていうんだけど」
「ぬいぐるみが好きでペット動画よく見てて髪が長くて目が大きくて……後なんだっけ?」
雄二の問いに俺は一瞬考えてから言葉を返す。
「息が臭い」
「臭くねーよ! 息が臭い奴なんて顔見知りにすらなりたくねーよ!」
「じゃあなんなんだよ、深刻そうな顔して」
そう問うと、翔吾はあからさまに俺から視線を外す。あ、これ前にもあったやつだ。
「いやそれが、ふたなりだったんだよ……」
「また?」
「はい終わり、解散。さっさと帰れヤリチン」
「はー? 残念ながら童貞ですがー?」
「自慢できることじゃないでしょ」
「お前なんか童貞の裏切り者だろ、近づくんじゃねーよ」
がたがたと椅子に座ったまま近づいてくる翔吾を足で蹴るが、構わずまた俺達の間にやってきた。
俺達はそれを追い返してやろうと意気込んだが、翔吾がポケットからのど飴を一つずつ出して渡してきたのでおとなしくする。
「ていうか、またデカチン見てビビッて逃げたの?」
「いや、六回目のデートでいい感じになってキスする雰囲気になった途端、『あたし、隠してたけど実は……』ってなんだよ隠してたって! 俺は嘘吐くやつが大っ嫌いなんだよ!」
オブラートに包まれた叫び声ではあるが、本当のところは女のフリをしたふたなりが嫌いなだけだ。
「声デカいぞ」
「わり」
「隠してたってだけで嘘は吐いてないでしょ、知らないけど」
「うっせ」
興奮して半泣きになった翔吾はもそもそと無言でコンビニのパンを食べ始めた。昨日までは彼女の手作り弁当だったので、本当に別れたようだ。
「……彼女から告白してきたんだよ」
「今聞いたけど」
「いやふたなりのことじゃなくて、愛の告白」
「それももう聞いたんだけど」
唐揚げを食べていたので、俺は何も言わず雄二の言葉に頷いておく。
「なに、ふたなり差別でもしてたの?」
「ん!?」
「いやしてないって。明と何年友達やってると思ってんだよ」
「んぐ……あー、十年くらいだっけ?」
「さあ?」
「なんで二人して覚えてないんだよ」
三人でゲラゲラ笑い、その後翔吾が疲れたように息を吐く。
「前の彼女も、その前の彼女もふたなりだったんだ」
「すげーじゃん、モテモテだね」
「ふたなりにな」
「あ? 差別か」
「してねーよ。ふたなりは恋愛対象にならないってだけだから。チンコ生えてたらもう男だろ」
「差別じゃん」
「差別じゃねーって……いや、差別かも。いやでも、好きな女子にチンコ生えてたら嫌だろ。いつケツ掘られるかわかんねーじゃん。俺ホモじゃねーもん」
「相手がふたなりだからホモじゃないよ」
「ケツの穴にチンコ突っ込まれたくないって意味だよ」
とんでもない偏見だが、翔吾のこの言葉はわざわざ聞くまでもなく俺が原因のひとつだろう。人生の半分以上をふたなりの友人と男友達として過ごしているのだから、やはりふたなりとの恋愛について抵抗があるのだろう。
俺はふたなりだから男とでも女とでも、もちろんふたなりとでも結婚出来るし子供を作ることも出来るが……正直よくわからない。心も体も男のつもりだから女子は基本恋愛対象だし、男子は友達としてしか見れず、ふたなりはあまり関わったことがないのでわからない。
「なんでふたなりなんて生まれたんだろ……」
「西暦二一四三年の七月四日に始まった核戦争が原因ですね。ここ、テストにでますよ」
「んっふ!」
翔吾の呟きに世界史の山仲の真似で答えてやると、雄二が鼻からオレンジジュースを噴き出した。
「うわきったねえ!」
「鼻から何出してんだよ!」
「おま……それやめろお! クッソ似てねえんだよ!」
「山本くん、口が悪いですよ」
「あっはぁーぁ!」
俺の雑なモノマネに雄二は変な声を出して崩れ落ち、それを見て俺と翔吾は腹を抱えて笑ってしまった。たまに俺のモノマネで燃料投下していたため、結局昼休みが終わる直前になって慌てて弁当を腹の中に掻き込む羽目になった。
放課後、俺達三人は近くのコンビニのイートインでカップ麺やスナック菓子を前に駄弁っていた。
「今までで一番好みだったのになあ……」
「何回言うんだよ」
「三回目までは数えてたけど、後は数えてない」
「やめるの早すぎ」
「いちいち数えてらんないでしょ」
雄二はバリバリ音を立てながらポテトチップスを噛み砕き、カップ麺の中身を掻き混ぜて冷めるのを待っていた。
「て言うか、翔吾の彼女ふたなり率高くない?」
「それな。何人ふたなりだったん?」
「四人中四人」
「んっふふ」
ラーメンをすすっていたが思わず笑ってしまった。
「おい、笑い事じゃねーだろ!」
「いや、流石に十割は笑うでしょ」
「ふへっ」
また笑ってしまうと、翔吾に肩を殴られた。
「いってえな、飯食ってんだぞ」
「他人の恋路を笑うからだぞ」
「おお怖」
俺が懲りずに笑うと、翔吾はまた溜め息をついてうなだれた。
「はあ……今までで――」
「あーはいはい聞き飽きたから。そんなに未練あるなら寄り戻したら?」
「ズズズ……」
「いやでも、酷いこと言ったし……」
「ズズ……なんて?」
そういう流れだったので俺が聞いてやると、翔吾は困ったように顔をしかめた。ならこの話題引きずるなよ。
「チンコが付いてるなら女じゃねー、って」
「なに当たり前のこと言ってんの?」
「いや明、その彼女は……えっと、なんてったっけ?」
「百合」
「そう、その百合って子は、たぶん女の子に生まれたかったからふたなりってこと隠してたんだよ」
「は? ……あー、そういう」
女の子にチンコがないことはわかってるから、そのことを指摘されるのはなによりも傷付くことなのか。
……よくわからん。
わからんけど、
「じゃあ女の子ってことで良いだろ。どうせ手術でチンコ取れるし、それまでセックスしなきゃ良い話じゃんか」
「いやでも、高校生のうちに童貞卒業したいじゃん?」
は?
「お前ほんとソレばっかだな! 死ね!」
「車に轢かれてチンコ引き千切れろ!」
「雄二!?」
「言い過ぎでは!?」
普段はどこにでもいる善良な少年ぶって目立たないようにしているくせして、実はキレたら一番なにするかわからないのはこいつかもしれない。
「……て言うか、俺がふたなりって聞くと萎えるのアレだよな、明のせいだよな」
「ふぁ? ほれがなんかひたか?」
「食べながら喋らないでよ……」
「わり」
雄二に会釈を返し、カップの縁に割り箸を置く。
「お前ふたなりなのに男みたいじゃん。て言うか実は男だろ」
「国立病院の診断書付き陰陽性様だぞ」
「お前がそんなだから『ふたなり=男』みたいな図式が俺ん中にあるんだよ」
「めっちゃわかる」
「なんだよ、偏見じゃん。俺は俺だし、柚子は柚子だろ」
俺は男や女に生まれたかったなんて思ったことは一度もない。
「柚子……いや、百合な?」
「間違えた。あーつまり、俺が言いたいのは、ふたなりに慣れろってことだよ」
「慣れろって……どうやって?」
「そんなの……アレだろ」
と言うわけで、安直にもネットで出会い系サイトやマッチングアプリを漁り、いい感じのふたなりを何人か見つけた。
「おい、彼女にメールしたのかよ?」
「したよ。心の整理をするから、しばらく時間くださいってやつだろ」
翔吾はスマホのアプリゲームで遊びながら答える。なんでお前が一番真剣じゃないんだよ。
「返事はあったの?」
「長くは待てないかもって。まあ、待たせる気はないけど」
「お前ほんと、ブッ殺すぞ」
「なんで!?」
答える気はない。
「うわ、一クレジットで十文字だって。でもさっきのは百クレジットで五百字だったから、こっちのが安いね」
「もっと安いのないの?」
「クレカ登録で七十二時間チャット無料ってのもあったよ」
「一ヶ月登録解除できなさそう」
「残念、半年」
「クソかよ」
文句は言ったが、これは出会い系の類に対するものなので一番頑張っていた雄二に一番大きなポテトチップスを献上する。
「あと、『すぐヤれるふたなり娘』ってまとめサイトあったよ」
「マジ? 怖……」
「え?」
「雄二お前、絶対そこの常連だろ」
「ホントそれ」
「あ?」
俺は無言でホールドアップし、翔吾は慌てて俺達のグループチャットに貼られたリンクからまとめサイトを開いた。
「あーっと、じゃあこのユウってのに連絡取ってみようかな!」
翔吾の手元を覗いて確認してみると、さっき見たサイトやアプリのリンクがいくつもあった。雄二も同じように覗き込み、「あっ」と声を上げる。
「一番安くて百クレジット五百字のとこじゃん」
「もっと安いのにしろよ」
「いや、顔が好み」
「お前髪が長けりゃなんでもいいのかよ」
「顔だっつってんだろ」
「面食いじゃん」
翔吾はテーブルに勢いよく頭を叩きつけた。
「なに言っても文句言うのな!」
「顔が良いだけでモテるからだろ」
「中身も良いからモテるんだよ」
「ふたなりにだけでしょ?」
「しかも俺のおかげ」
「それ」
「…………」
俺と雄二の言葉に翔吾はテーブルに突っ伏したまま何も言わなくなる。
俺がふたなりということは同学年の生徒なら半数以上が知っている。だから俺と極力関わらないようにする人間がほとんどで、俺に声を掛けてくるのは二人だけの友人と俺がふたなりだと知らない人と聖人田中と教員だけだ。
俺とつるんでるせいで二人には苦しい思いをさせている……と思っていたが、翔吾は差別をしないイケメンとして高校生になってからますます男女問わず人気だし、雄二は東京から引っ越してきたのでそもそも友達がいなかった。
でも翔吾のふたなりに対する偏見って十分差別的だと思うのだが、彼に振られた彼女達はどう思っているのだろうか。
「……ところで、今話しかけんの?」
翔吾は顔を起こして再びスマホの画面を睨みつける。
「なに、恥ずかしいの?」
「食事中にチンコマンコ言ってる俺等だぞ、平気だろ」
「いや、自分から女子に話しかけたことないから、緊張してきた……」
確かに、ヤク切れ起こしたみたいに手が震えていた。かわいそうに、慰めてやろう。
俺は大仰な感じで翔吾の肩に手を置き、そのしかめっ面を無視して優しく言葉をかけてやる。
「そいつふたなりだぞ」
「死ね」
1月31日 一部改稿、行間を開けました
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