まどうの子!

とおる
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4話 謁見! くるみの正式契約

公開日時: 2021年10月25日(月) 21:42
更新日時: 2022年1月26日(水) 23:01
文字数:4,343

 魔法族として初の仕事を終えた次の日。特別な昨日とは裏腹に、普通の高校生活二日目が当然始まった。


「くるみちゃん、今日は眠そうだね」


 昼休み、麻紀がお弁当の包みを開きながらそう言ってきた。


「あぁ、ばれてた? 何か今日は眠くて」


 くるみは昨夜、ほたかの家で眠ったが、疲れは完全に取れていなかった。あまりにたくさんの出来事が起こったせいで、次の日でさえも物事を整理しきれていないのだ。ナトリション一族のことは関係者以外には言ってはいけないルールだとほたかから聞き、くるみは麻紀にももちろん本当のことを言えない。


「あ、今日は部活見学一緒に行こうね!」


 行こう行こう、と言いかけたがシュガーの顔が頭に浮かんだ。


「あぁ、それなんだけど、今日どうしても外せない家の用事ができちゃって……」


「え……、行けないの?」


「うん、ごめんね。明日以降なら一緒に行けると思うから!」


 麻紀は一瞬表情を曇らせたが、すぐに「そっか。じゃあ明日ね!」と持ち直した。


 くるみはせっかくできた友達との約束を断りたくなかったが、契約違反による未知の処罰が下ることを恐れた。




 午後の授業を終え、くるみはスクールバッグ片手に早足で教室を後にする。


「わりぃ、俺掃除当番だから先帰っといて」


 教室を出てすぐの廊下でほたかがほうきを持って立っていた。


「分かった。じゃ、後で」


 くるみはあっさりとした返事をし、その場を去った。


「ほたかぁ、くるみちゃんと何話してたの?」


 ほたかの後ろから、久木葉介くきようすけが話しかけてきた。


「びっくりしたぁ……後ろから話しかけんなよー」


 葉介はほたかが初日に仲良くなった友達の一人だった。


「ね、何話してたの?」


「別に何でもねえよ」


 ほたかが曖昧な反応をするので、葉介はにんまりした。


「お前ー、やっぱりくるみちゃんただの幼馴染じゃないだろぉ?」


 葉介が嬉しそうに前歯を覗かせる。


「ただの幼馴染だって言ってんだろ! ていうかお前、後ろ邪魔だぞ」


 葉介がへらへら笑う後ろで、迷惑そうに葉介を避けようとしている女子生徒がいた。


「あ、ごめんー」


 葉介が道を開けると、女子生徒は一礼すると颯爽と去って行った。


「……今の子、美人だったなー。何かいい匂いしたし」


 葉介は鼻の下を伸ばし、だらしない顔でほたかを見る。


「はいはい。分かったから早く掃除終わらせようぜー」


 ほたかと葉介の近くでは、モップを持った麻紀がいらいらしながら掃き掃除が終わるのを待っていた。




 ほたかが掃除当番をこなす間に、くるみは約束通り、ほたかの家に帰った。


「お邪魔しまーす」


 玄関を入るとリビングの方から峰がやって来た。


「おかえりなさい~。あれ、ほたかと一緒じゃないんだね」


「あぁ、ほたかは掃除当番で遅れて帰ってきます」


「そうなんだ! じゃ、ほたかの部屋でゆっくりしててー」


「はい。あっ、お弁当箱出しますね」


 くるみはスクールバッグから朝、峰に作ってもらった弁当箱を取り出す。


「どう? お口に合ったー?」


「はい! すごい美味しかったです! ご馳走様でした」


 良かった~、と峰はにこにこしながら弁当箱を受け取る。そして去り際に振り返り「ねぇ、くるみちゃん」と改まってくるみの名前を呼んだ。


「玄関入る時さ、お邪魔しますじゃなくて、ただいま、でいいよ」


「あ……分かりました! 次からそうします」


 くるみは肩の力を抜いて階段を上がる。ほたかの部屋ではシュガーとミソが待っていた。




 くるみは回転椅子に腰掛けて、何となく回ってみる。


「ねぇ、ミソ?」


「何でしょう?」


 ミソがベッドの下で顔を上げる。


「一族、って言うけど、ほたか以外の家族はみんな戦えないの?」


「戦えませんよ。弟のりきと殿はあと二年で戦えるようになりますが……」


「やっぱり年齢なんだ」


「えぇ。我々は一族と言っても、戦えるのは十六歳になる前の四月から十八歳の誕生日までですから」


「えっ、それじゃあ私も戦うのは十八歳の誕生日までなんだ!」


「そうですとも。その後は一族の人間と結婚して、一族の子を産み、また繰り返されるのです」


「じゃあ私、ほたかより二か月も多く戦わなきゃいけないのか~」


 そんな話をミソとしているうちに、玄関の戸が開く音が聞こえてきた。




「じゃあ開くわよ」


 ほたかが帰宅し、シュガーはほたかの部屋でポータルを開く。白い壁の方に向かってシュガーが目を閉じると、じわじわと壁が歪み始め、光を放った。モンスターが潜んでいた邪悪なポータルとは違いどこか神々しく、くるみは温かさを感じた。


「よし、行こうぜ!」


 ほたかが勢いよく中に入っていく。くるみと、あとの二匹も続いて入る。壁に入るという不思議な体験に、くるみは心を躍らせた。相変わらずポータルの中は妙な浮遊感と、落下する感覚があった。くるみはあまりその感覚が好きではなかったが、ナトリション王国への好奇心の方が上回っていた。


 ポータルでの移動を終え、くるみが足を着いたのは白い雲のような地面だった。


「わぁぁ!」


 くるみはその絶景に思わず感激の声が漏れた。辺りの地面は全て白く、道の脇に色とりどりの花が咲いている。地面の白は雪原の白より優しく、何層にも重ねた甘い綿菓子が覆い尽くしているようだった。そして花はどれも一番星のように輝いていて、その花の一本道の先には西洋風の大きな城が見えた。城の背後には鮮やかな虹がかかっていて、くるみの瞳を何よりも美しく染めた。


「絵本の世界みたい……」


 くるみが目をきらきらさせていると、ほたかはフッと笑って「行くぞ、くるみ~」と歩き出した。


 道中もくるみは地面を強く踏みしめてみたり、花に近寄ってみたり、無邪気に走り回った。


「ミソ。そういえば、王国に修練場ってとこがあるんだろ?」


 城が近づいてきた所でほたかが尋ねる。


「えぇ、ありますよ」


「今日、早く終わったら帰りそこ寄ってっていい?」


「もちろんですとも。ぜひ一度、剣技の練習をなさって下さい」


「何、何? 魔法の練習ができる所もあるの?」


 くるみが浮かれ気分で質問する。


「あるわよ。あなたも一度行った方がいいわね。もっと確実に魔法を撃てるようにしないと」


 シュガーがつんと答えると、ミソは「頑張って強くなるのですよ」と穏やかに二人の背中を押した。




 城の前の門では、ロイヤルペンギン二匹が鎧を着て立っていた。くるみは思わず「可愛い!」と言いそうになったが、何だか失礼な気もして抑えた。シュガーが事情を説明すると門が開かれ、城内へと入ることができた。赤い絨毯が敷き詰められ、高い天井にはシャンデリア。芸術的なステンドグラスからは外の光が色鮮やかに差し込んでいた。まさに、くるみが想像した通りの豪華で気品溢れる城だった。


「間藤くるみさんですね。お待ちしておりました。ご案内いたします」


 案内役はミーアキャットの女性で、三階の王室までくるみたちを連れて行った。王室に行くまでも他のミーアキャットやリスザルともすれ違い、何やら仕事をしているようだった。そして王室に着くと、人間世界の一般的なものより一回り大きい両開きの扉が自動で開いた。


「契約は王様の前でするのよ。失礼のないようにね」


 シュガーに忠告され、くるみの緊張感が高まった。入って正面、数メートルほど先に既に王が王座に着席していた。人間の姿をしていた。


「王様。またお会いできて光栄です。間藤くるみの正式契約に参りました」


 シュガーが改まった言葉遣いで王に挨拶する。


「シュガー、よく来ましたね。それにミソも」


 ミソが深々と頭を下げる。


 王は中年の男性の姿をしていた。細身だったが、座っていても普通の人間より少し大きいことが窺えた。くるみはてっきり動物が座っていると想像していたので、より一層、体が硬くなった。


「間藤くるみ」


 王は低い声で呼びかけ、くるみは「はい!」と力のこもった返事をした。すると王は笑顔を見せた。


「そんなに緊張しなくてもいい。話は聞いているよ。両親にナトリションの一族であることを知らされていなかったとか?」


「あ、はい、そうなんです。昨日、シュガーと出会うまで何も知らなくて。契約のこともすいません」


 くるみが申し訳なさそうにすると、王は「いいんだよ」と安心させた。


「突然のことで戸惑っているだろうけど、一族としての契約は絶対なんだ。契約書の書面をよく読んで、横にある台でサインしてくれるかな」


 壁際に立っていた白いチンパンジーが二足歩行でやって来て、紙と羽ペンをくるみに渡した。


 ・期間中、ナトリションの一族としてパートナーと協力し誠心誠意働くこと

 ・一族以外のものに一族のことを一切知られないようにすること

 ・一族の人間が将来、子孫を残す場合、必ず一族の人間との間に残すこと


 くるみは契約内容に目を通し、サインを終わらせた。チンパンジーにそれらを返すと、王がゆっくり拍手した。


「君は今日から正式にナトリションの魔法族として迎え入れられた。おめでとう」


「あ、あの」


 くるみが自信なさげに王に声をかける。


「私の両親は、どこにいるんでしょうか」


 王は深く頷くと、慈愛に溢れた表情で答えた。


「そのことは気の毒だったね。過去にもそんな例があった。大抵はモンスターによる魔空間への幽閉だね。後で一階にある歴史書庫に行ってみるといい。何かヒントがあるかもしれない」


 王室の扉が開いたのはその時だった。


「王様! 大変です!」


 リスザルの男が切迫した様子でやって来た。


「修練場に闇のポータルが現れ、モンスターが侵入しています! 現在、修練場ではたまたま居合わせた武闘族の女性が一人で対応しています! 至急、応援を!」


 王は「これはまずい」と立ち上がった。


「間藤くるみ、桐上ほたか。そしてシュガー、ミソよ。今、王国で戦える人間は君たちだけだ。私たちも避難指示と応援要請を出す。今すぐ修練場に向かってくれ」


「いきなり大仕事じゃん! 行こうぜ」


 ほたかはやる気に満ちた表情でくるみに声をかけた。


「修練場はこちらです!」


 案内役のミーアキャットが修練場へとくるみたちを導く。一階に下り、トピアリーが並ぶ楽園のような中庭を抜ける。中庭を出る門をくぐると、湖に浮かぶ石造りの古い砦が現れた。砦に向かう跳ね橋から、避難する動物たちが数匹、くるみたちの横を走って通り過ぎていった。砦が近づくと、モンスターと人間が戦闘していると思われる物騒な音がくるみたちの耳に入った。砦の敷地に入ると、空中に浮かぶ無数のポータルが見えた。リスザルの報告通り、女性が複数のモンスターに囲まれながら激しい戦闘を続けていた。モンスターは人間の背丈より小さいものもいれば、中には遥かに大きいものもおり、明らかに苦戦を強いられているようだった。


「おーい! 応援に来たぞー!」


 ほたかは叫んだが、女性は振り向く余裕もない。


「ん? あの人って……」


 ほたかは近づくにつれ、見覚えのあるその女性の顔に目を細めた。

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