まどうの子!

とおる
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2話 消えた両親の謎

公開日時: 2021年10月14日(木) 21:34
更新日時: 2021年11月10日(水) 02:22
文字数:4,067

「お前、一族の人間だったのかよ」


 ほたかは剣を置き、腰の抜けたくるみに手を貸し立たせた。


「何、何のこと?」


 くるみには分からないことだらけだった。


「はぁ? ナトリションの一族! お前、変身してるじゃん」


 ほたかの変身は解かれ、モンスターを斬った剣は消滅した。くるみは見慣れたほたかの制服姿に少し安心した。 


「あぁ、よく分かんない。さっき初めて変身して……」


 静かになった家の階段を下りる。


「変身の練習とかしなかったのかよ。もう八日も経ってんのに」


「八日……」


 くるみの頭は追いつかなかった。階下ではシュガーと、隣に犬がいた。


「ご無事でしたかな」


 白い長毛の、まるでモップのようなその犬は、しわがれた声で二人を心配した。


「い、犬まで喋ってる!」


 くるみにとってシュガーが喋ったときほどの衝撃はなかったが、特別な出来事に変わりはなかった。


「俺のパートナーだよ! 名前はミソ!」


「ミソ……」


「この子、れっきとした魔法族なのになぁ~んにも知らないの。まだ契約にすら来てないの!」


 シュガーがつんと言い放つ。


「まじかよ! お前早く行かないと罰則受けるぞ……」


「だから私、何も知らないんだって!」


 なぜか責められているような状況に、くるみは反論した。


「まあまあ、知らないということであれば説明してあげればよいだけの話」


 ミソが冷静に場を鎮める。


「てかお前いつまで変身してんだよ……」


 くるみはまだ衣装のままだった。


「これ、どうやって元に戻すの?」


 ほたかがため息をつく。


「元の姿を頭でイメージして、元に戻りたいって思えばいいだけ」


 くるみが元のブレザー姿を頭に思い浮かべると、赤い光が分解され変身が解けた。胸元のブローチもぴかりと光ると、跡形もなく消えた。


「そういえばあなた、魔法の杖はどうしたの?」


 シュガーが思い出してくるみに尋ねる。


「あっ、二階に置いてきちゃった」


「魔法の杖は肌身離さず持ってて。すごく大事なものだから」


 くるみが焦って取りに行こうとするので、シュガーは制止した。


「今の変身解除で一緒に消えたから大丈夫よ」


 ほたかがやれやれと、玄関先を指さす。


「あれ、お前のだろ」


 くるみが見ると、道端に放ってきたスクールバッグが何事もなく置かれていた。


「あっ、私の鞄! ほたかが拾ってくれたの? ありがとう……」


「来る途中にな! そんなストラップつけてるやつ、お前くらいしかいないだろ」


 くるみのバッグには中学の修学旅行で買った、たこ焼きのストラップがつけられていた。くるみは急にたこ焼きストラップが恥ずかしくなると同時に、私がこのストラップつけてるの知ってたんだ……、と口には出さなかったが意外な観察眼に驚いた。


「ねぇ、それはそうとさ」


 くるみはふと、玄関にある二足の靴を見つめる。


「私のママとパパ、どこにいるの……?」


 夕日はほとんど沈んでしまい、家の中にできた夜の影が重く感じられた。


「ミソ、あれほんとにモンスターなんだよな?」


 ほたかが突然不安げな表情になって尋ねる。


「ええ、間違いなく、やつらの反応でしたとも」


 ミソがゆっくり頷く。


「あなたが斬ったのはモンスターよ。くるみの親御さんに化けたね」


 シュガーもほたかにフォローを入れる。


「じゃあ、本物は? 朝まで普通のママとパパだったのに……」


 くるみは家族写真に近づいて、ぼんやり両親の笑顔を見つめる。


「モンスターに何かしらされたのは間違いないだろうけど、たぶんどっかにいるだろ」


「たぶんって……」


 ほたかが廊下の明かりをつけた。家に温かみが戻る。


「斬ったとき、やつらの身体は消滅しましたかな?」


 ミソが尋ねる。


「あぁ。下半身はすぐ消えた。でも上半身が残って、たぶん完全に倒せてない。逃げられた」


「もしほたか殿が斬ったのが人間であれば、やつらの魂は消滅しても身体は全て残るはず。やつらは身も心も全てモンスターだったわけですな。くるみ殿のご両親はきっとどこかにいるはずです」


「そうよ! きっと魔空間にでも閉じ込められてるんだわ」


 シュガーがまた新しい言葉を使うので、くるみは混乱した。


「まくうかん?」


「お前、ちょっと勉強した方がいいぜ……」


 ほたかが玄関に置いてあった自分のスクールバッグを持ち上げる。


「今日はうち来いよ」


「えっ、お邪魔していいの?」


 くるみが申し訳なさそうに尋ねる。


「昔はたまに来てただろ。ていうか、あんな怖い目に遭ってこの家に一人で一晩過ごせんのかよ」


「うーん……」


「モンスターが戻ってきてもおかしくないわ。私がいるだけじゃあまり力になれないし。今日は他の場所で過ごすべきよ」


 シュガーも外泊に賛成する。


「泊まりの準備してこいよ。ここで待ってるから」




 くるみは準備を済まし家を後にする。ほたか、シュガー、ミソと共に住宅街を歩く。


「ねぇ、犬と猫が両サイドについてきてるってすごい変じゃない? 怪しくない?」


 くるみがシュガーとミソを交互に見る。


「心配しないで。私たちは普通の人間には見えてないから」


 シュガーは尻尾を高く上げて歩いている。


「えっ、私たちにしか見えてないの!?」


 くるみは新事実に驚愕する。


「ナトリションの一族にしか見えてねーよ」


 ほたかもぶっきらぼうに答える。


「私って、普通の人間じゃないんだ……」


 声を落とすくるみに、ミソは「ホッ、ホッ、ホッ」と笑った。


「そうですとも。選ばれし一族の血を引く特別な存在なのですよ」


「へ、へぇ~……」


 くるみは自分の身の上を知っていくことが、少し怖くなるのだった。




 ほたかの家はほど近く、ほたかの両親は事情を知ると驚きながらも快くくるみを迎え入れた。くるみは桐上一家と共にダイニングテーブルを囲って夕食を食べることになった。


「まさかくるみちゃんが一族の人間なんてねぇ~」


 ほたかの母・みねが興味津々にくるみを眺める。


「あはは……。私も今日知ったんですけどね……」


「親はなぜ黙ってたんだ」


 ほたかの父・たけるが低い声でつぶやく。


「……黙ってたんでしょうか」


 くるみは考える素振りをみせたが、もちろん見当もつかない。


「親は一族の人間じゃなかったとか……」


 ほたかの弟・りきとが静かに言う。


「でも血の繋がりがある限り、親も契約して子供の頃は戦ってたはずだろ?」


 ほたかがハンバーグを食べながら投げかける。

 

「まあまあ、一族だったかどうかはいずれ分かるわよ! それよりご両親がどこにいってしまったか考えましょう」


 峰が話の方向性を修正する。


「朝までいつも通り接してたんだろ? 靴もあったし、お前を置いてどっか行った可能性は低いよな」


 ほたかはトマトを頬張りながら考察する。


「家の中でモンスターが発生して、魔空間に閉じ込められている可能性が高いと私はみています」


 シュガーがくるみの膝の上に飛び乗ってきた。


「やっぱりただの失踪事件って訳じゃなさそうねー」


 難解な状況に峰は頭を抱える。


「その、魔空間って一体どんなものなんですか?」


 くるみが質問する。


「魔空間はね、モンスターたちの住処ってとこね。この現実世界とポータルで繋がってて、普通一族以外は入れないし、見えることもないの。でも一般の人でもモンスターの力で取り込まれてしまうこともあるみたいよ」


 峰がありったけの知識で解説する。


「中で、中に入って普通の人は無事でいられるんですか!?」


 くるみは前のめりになる。


「モンスターが危害を加えない限りは何ともないはずよ。昔もそういうことがあったの。その時も無傷で助け出せたしね」


「経験あるんですか!? その時のことぜひ教えて欲しいです!」


 くるみはさらに質問を続けようとしたが、ミソがテーブルの下で咳払いをした。


「皆さんお話し中すいませんが、近くに魔空間へのポータルが現れたようです」


「みたいね。私も感じるわ」


 ミソの言葉にシュガーがすぐさま反応する。


「大変! ほたか!」


 峰は驚き、ほたかと顔を合わす。


「分かってるよ! くるみ、お前どうすんの?」


「え?」


 シュガーがくるみの膝を降りる。


「ポータルの中にモンスターがいるの。この地域のモンスターを倒すのがあなたの使命よ!」


「ねぇ、シュガーちゃん? くるみちゃん、今日は色々と大変だし休ませてあげちゃダメなの? 低級のモンスターならほたかとミソだけでも大丈夫だろうし」


 峰がくるみの身を案じてシュガーに提案する。


「うーん……契約上、モンスターが現れた時に何もしないのはまずいんですが――」


「行きます!」


 シュガーは迷ったが、くるみはすぐに答えを出した。


「くるみちゃん大丈夫なの!?」


 峰は心配したが、くるみの意思は固かった。


「その魔空間っていう所にママとパパがいるかもしれないですし、いなくても一度どんなものか見ておきたいので!」


「よく言ったわくるみ! ほたか君の後ろをしっかりついていくのよ!」


 くるみの意気込みに、シュガーが尻尾を高くして震わせる。


「お前、足引っ張んなよ!」


 ほたかはくるみに忠告したが、顔はどこかにやついていた。


「ほたか」


 ずっと黙って食事をしていた尊が口を開いた。


「お前がしっかり守るんだぞ」


 ほたかは父の言葉に「おう」と素っ気なく返事をし、気を引き締め直した。




 くるみはほたかとシュガー、そしてミソと共に夜の街を小走りに進む。食事の途中だったため腹が重かったが、くるみは気にする暇もなくほたかの後ろを行く。くるみの頭の中は両親のことでいっぱいだった。


「この辺ですな」


 三分ほど走った所でミソが止まり、鼻をひくつかせる。場所は近所の公園辺りだった。


「あれよ! あの木の下!」


 シュガーが察知し、呼びかける。くるみとほたかが見に行くと、ブランコ近くの桜の木の下に、禍々しい黒紫色の光を放つ空間のひずみがあった。


「あれがポータル……」


 くるみにも確かにそれは見えた。その闇の光は、周辺の桜の木やブランコさえも歪んでいるかのように見えさせる。


「よし! 入ったらすぐに変身するぞ!」


 ほたかが指示する。


 くるみは魔空間へと繋がるポータルに恐怖を感じたが、ほたかの勇ましい背中を見ると少し安心できた。ママとパパはきっとこの中にいる、と強い気持ちでポータルへと飛び込む。


「絶対、見つけ出してみせる!」


 二人と二匹は、未知の世界へと足を踏み入れるのだった。


 

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