まどうの子!

とおる
とおる

3話 対決! 緑の魔空間

公開日時: 2021年10月19日(火) 09:32
更新日時: 2022年1月26日(水) 23:00
文字数:4,780

「うわぁぁぁぁぁぁ」


 ポータルに入ると、独特の浮遊感と共に下に落ちた。まるで急降下するエレベーターのようだった。


 しかしその浮遊感も一瞬で終わり、やがて視界が明るくなった。まず見えたのは緑の地面で、あれよあれよという間に魔空間へと降り立った。くるみは地面に少し柔らかさを感じて驚いた。


「こ、ここが魔空間!?」


 くるみは興味津々に、ほたかは警戒して四方八方を眺めた。


「随分綺麗なところね」


 シュガーは目の前に広がる自然と、木々を睨みつけた。


「ほんと、綺麗……」


 くるみが見上げると、木々の間から晴れ渡った空が覗いていた。


「俺が前に行ったとことは大違いだな……」


 ほたかはあまりに澄んだ空気に困惑していた。


「皆さん、油断は厳禁ですよ。見てくれに騙されないように」


 ミソはモンスターの臭いを探る。


「そうよ。ここはあくまで魔空間。モンスターたちが見せる幻の世界の一部よ」


 シュガーも二人に注意を促す。


「この空間のどこかに、モンスターが潜んでるんだね……」


 くるみが耳を澄ましてみると、木々の葉がこすれ合う音が聞こえ、遠くでは鳥の鳴き声もした。もう既にモンスターは近くで自分たちを見ているかもしれない。そう思うとくるみは背筋が伸びた。


「臭いますな。近くにいるようです」


 普段は垂れているミソの耳が、ぱたぱたと上がる。


「ん?」


 くるみの目の前を青々とした葉が落ちていった。


「どうかしたの、くるみ」


 シュガーが尋ねる。


「いや、何か大きな葉っぱが落ちて来て――」


 くるみが見上げて「あっ!」と声を出す。


「上に何かいるよ!」


 くるみの呼びかけに全員がくるみの指さす方を見上げる。見上げた先、十メートルほどの木の枝にそれはいた。それは葉でできた顔や腕、胴体を持つモンスターだった。モンスターの身体は葉と同じように薄かったが、大きさはくるみの背丈ほどある。モンスターは見つかるや否やシュルシュルと音を立てながら、瞬く間にくるみたちの前に舞い降りてきた。


「二人とも、変身よ!」


 シュガーの呼びかけにくるみとほたかは顔を見合わせてうなずく。シュガーの前にまた赤い炎のブローチが現れ、くるみの手に渡った。


「プロミネンス!」


 私服が衣装に変わり、くるみの、両親を探そうとする強い意志はより魔法の杖を輝かせた。


 ミソの前には黄金に輝く雷のブローチが現れた。ほたかがブローチを力強く受け取る。


「グランドプラズマ!」


 ほたかの手から輝く雷光が溢れ出し、シャンパンゴールドが眩しい上下の衣装と稲妻走る大きな剣が生成された。


「その剣、かっこいいね」


 放電する剣がくるみをちらちらと照らす。


「いいだろ。お前、後ろにしっかり隠れとけよ!」


 ほたかはそう言うと、モンスターに向かって猪突猛進に走り出す。細身の金のヘッドバンドが放電し、ほたかの黒髪が青白く光る。雷の力を得て、ほたかは通常よりも速く走ることができた。


「おらぁぁぁ!」


 ほたかがモンスターに斬りかかる。しかし相手は身軽で、ほたかの渾身の斬撃は簡単に避けられてしまった。


「クソッ」


 息つく暇もなく二回、三回とほたかは斬りつけた。


「ケケケケケ」


 やはり攻撃は当たらず、モンスターは不敵に笑っている。


「ほたか殿! やつの動きをよく見るのです。必ず隙があるはずです!」


 ミソが後方からアドバイスする。ほたかは一度攻撃をやめ、三歩ほど素早く後退した。モンスターには足がなく、足元に風をまとって移動していた。動きは滑らかで、回転するコマがゆらゆらと地面に弧を描いているようだった。弧を描くように動くせいか、モンスターは制止していてもわずかに左右に揺れる。


 ほたかが攻撃の機会を窺い、またモンスターの真正面へと突撃する。


「クルルルルル」


 何度来ても同じだと言わんばかりに、モンスターは足元の風力を強めて、攻撃回避の準備を始める。しかしほたかは正面から斬りかかるつもりはなかった。まもなく剣を振りかざすであろうタイミングで、ほたかはモンスターの右側に逸れた。正面からの攻撃を避けようとしていたモンスターは意表を突かれ、自分の左真横にやって来たほたかから距離を取ろうと反対方向へと素早く風を切ろうとする。


「そこだ!」


 ほたかは反対方向に移動しようとしたモンスターの動きを見逃さない。帯電した右足をばねに踏み込み、飛ぶ。体を捻らし、剣を一気に振りかぶる。雷エネルギーによる跳躍で、次に着地する左足はもう、モンスターの背後だった。モンスターにとってはあまりに一瞬の出来事で、攻撃を避けるための風の向きがまだ全く調整できていない。


「おりゃぁぁああ!」


 ほたかは左足を軸に半回転し、後ろからモンスターを横に両断した。


「ギィエエエエエエエ」


 モンスターの甲高い叫び声が林の中をこだまする。


「す、すごい!」


 遠巻きで見ていたくるみは、ほたかの立ち回りの上手さに驚嘆した。


「どうだ……!」


 ほたかが少し息を切らせながら、両断されたモンスターの葉のつなぎ目を眺める。


「グガガガガガ」


 真っ二つに切り裂かれた葉は地面に落ちずにまた修復が始まっていた。


「クッソ!」


 裂かれた葉が元にくっつこうとするので、ほたかはまたモンスターにとどめを刺そうと斬りかかる。その背後の殺気に気づいてか、モンスターはシュルシュルと音を立てながら宙に舞った。まるで小さなヘリコプターが飛び立つような強風で、地面の落ち葉や砂塵も舞った。


「ケケケケケ」


 モンスターはほたかの剣も届かないような位置へと舞い上がり、破れた葉も完全に元通りとなった。


「ほたか殿、一度離れるのです!」


 ミソが状況を見て判断を下す。ほたかが離れようとすると、モンスターは葉でできた腕を開き、風と共に鋭い緑の木の葉を大量に発射した。強風が運ぶ木の葉はほたかに向かって真っすぐ飛んできた。


「ぐわぁぁぁ!」


 ほたかは剣で顔を隠したが、その剣を持つ腕が切り傷でいっぱいになった。木の葉はその縁が硬くギサギザしていたため、まるで刃のごとく露出した地肌を傷つけたのだ。もし目にでも突撃してくればひとたまりもない。


「ほたか!」


 ダメージを受けるほたかを心配するくるみ。


「まずいわね。剣が届かない位置は不利すぎる」


 シュガーは何か手立てはないか思案する。くるみが右手に持った杖を見つめる。そして自分の無力さを痛感し、拳に力が入った。


「あぁぁぁぁぁ!」


 ほたかはまだしぶとい攻撃を受け続けていて、皮膚をえぐられている。


「くるみ!」


 シュガーが呼びかける。


「うん。やってみる、しかないんだよね……」


 シュガーが声をかけた意図を察して、杖を胸の高さまで持ち上げる。自信はなかった。足も震える。しかし目の前でやられているほたかを黙っては見ていられない。呼吸を整え、徐々に敵の背後へと近づいていく。


「気をつけて……」


 シュガーが固唾を呑んで見守る。家で撃った飛距離二、三メートルの火球を、今度は上に発射しなければならない。仮にモンスターに届いて当たったとしてもダメージを与えられるかも分からない。反撃を受ければ、ほたかより軽装のくるみは擦り傷では済まないかもしれない。しかし、ほたかに集中する攻撃を一瞬でも止められれば、とくるみは両手で杖を持ち集中する。


「グルル?」


 モンスターが気配を察してくるみの方へ振り返る。


「フレイム!!!」


 もっと近づいて確実に当てる予定だったが、気づかれては仕方がなかった。空中の標的まで三メートル以上は開いてしまっていた。ルビーが燃え盛る。輝きが熱球を生み出し、モンスターめがけて放たれる。大きさこそ小さかったが、家で放った時より勢いがあった。


「ギィエエエエエエエ」


 放たれた魔法弾は速度を上げながら宙に浮かぶモンスターに命中した。浮遊するために使われていた足元の小さなつむじ風が追い風となり、モンスターを包むように燃え盛った。葉でできた身体に引火し焦げ始めた。やがて弱ったのか、みるみるうちに地面へと落ちてきた。


「お前すげぇじゃん!」


 傷だらけのほたかが目を輝かせる。モンスターは虫の息だったが、まだぺらぺらとうごめいている。


「あとは任せろ!」


 ほたかが持ち直して深呼吸する。剣が雷光で溢れ、蓄電される。辺りの草木が青白く照らされるほどの発光をしながら素早くモンスターに接近する。


「ブルージェット!」


 剣を頭上から一気に振り下ろす。溜まった電気が堰を切るが如く放出され、目にも留まらぬ電撃が一直線にモンスターに激突した。モンスターは黒焦げになり、死を感じる隙も与えられないまま即死した。電撃は灰を舞わせながらさらに一メートルほど直進し、木にぶつかって消滅した。




 モンスターがいなくなると、魔空間は溶けるようにその姿を消し去った。くるみたちの視界が暗くなり、次に明るくなる時には公園の桜の木の下にいた。


「帰ってきたの……?」


 青空の林が突然夜の公園の景色に変わり、くるみは何が現実か分からなくなりそうだった。


「ふぅ、何とかやっつけたな」


 ほたかが変身を解き、額の汗を拭う。


「二人共、お見事! 無事に魔空間の敵を倒しましたな」


 ミソが尻尾を振って二人を称賛した。


「まさかくるみの攻撃が通るとはねー」


 シュガーが意地の悪い顔でくるみを見る。


「すごいでしょ! フレイム、できてたでしょ!?」


「葉っぱと風のモンスターだったし、相性も良かったのかもね」


「ホッ、ホッ、ホッ。シュガー殿も素直に褒めてあげればいいものを」


 ミソの毛がふわふわと夜風になびく。


「フフッ。よくできました」


 シュガーはにっこり、くるみを称えた。




 二人と二匹は花びらの散った夜道をゆっくり歩く。くるみは今日一日、自分に起こったことがまだ現実でないような気がしていた。これは長い、長い夢で、また明日から昨日までの普通の日々が戻ってくるんじゃないだろうか。そんな心持ちだった。また幼馴染とこうして隣を歩ける。愉快な動物の仲間がいる。嘘みたいでわくわくもする。しかし、心には寂しい穴が空いている。この夢が覚めないまま、ハッピーエンドを迎えますように。くるみはいつもより儚げに見える三日月を、複雑な気持ちで眺めた。


「そういえば、ほたかの傷」


 ほたかの半袖シャツから見える腕は、魔空間にいた時より傷が浅くなっていた。


「あー、もうそろそろ治るぜ」


「何で!? 早くない!?」


「魔法で受けた傷は治るのが早いの。軽い傷なら十分もあれば綺麗になるわ」


 シュガーの説明に、くるみはほたかがなぜあんなに強気に突進できるのか少し納得した。


「それはそうと! 明日は学校が終わったら、ナトリション王国に行くわよ!」


 シュガーがきっぱり、二人に告げる。


「あっ、何か契約に行くんだっけ?」


「そうよ! それでなくとも既に規則を破ってるんだから!」


 くるみは朝のシュガーの話を思い出して苦笑いした。


「何か、処罰があるんだっけ?」


「話は通してあるから、明日行けば大丈夫よ」


「あぁ、そうなんだ。良かった。……で、その王国ってどうやって行くの?」


「王国へ繋がるポータルがあるの。ほたか君の家でポータルを開こうと思ってるから、ほたか君もすぐ帰ってきてね」


 ほたかは「えぇ~俺も~?」と面倒臭そうに眉をひそめた。


「王様は私やミソよりも色々なことに詳しいでしょうから、くるみの親御さんの件もついでに聞いてみるといいわ」


 くるみは王国のことも契約も、まだまだ想像のつかないことばかりだったが、胸にある謎を追求するためならどんな新しいことも受け入れていける気がした。


「よし、明日も頑張ろっと」


「ところでお前さ……」


 くるみが意気込んだ所に、ほたかが半笑いで話しかけてきた。


「お前、いつまで変身してんの?」


「あぁ!」


 くるみは変身も解かずに、杖を持って街を歩いていた。


「お前ドジすぎっ。普通気づくだろ!」


 ほたかがげらげら笑い、シュガーもつられて笑った。「そういえば……」とミソも気づいて微笑んだ。


「何で教えてくれないの~!」


 くるみは赤くなりながら変身を解くのだった。

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