「雨を呼ぶ装置」のプロトタイプが完成した直後の話だ。
「陛下。ソル王国のセレーノ殿より手紙が届いております。捺印から本人確認はできています」
「ふむ、セレーノからの手紙か。これで4通目だな」
セレーノ直筆の手紙がデラッザに届くのは1度や2度ではないが、その内容は全て「ピオッジャをソル王国の元に返して欲しい」というものだった。無論、彼の雨男としての能力を買っての事だろう。
情報収取を行ってはいるがそこで寄せられるのはソル王国では5ヶ月ほど晴れの日が続き慢性的な水、特に農業用水が深刻なレベルにまで不足しているという事だ。
「ふーむ。ここまで言われたら応えないわけにはいかないな。とりあえず交渉のテーブルを作ってくれないか?」
「陛下、となると交渉次第ではピオッジャ殿を手放すことになるのでは……」
「『お帰り願う』という結論はすでに出ている。横柄な態度に出るわけにもいかんからな」
国王はそう言って「表向きの交渉の場」を作るよう配下に指示した。
2週間後……ピオッジャも参加することになったソル王国とデラッザによる首脳会談が行われた。会談の内容はもちろん、ピオッジャに関することだ。
「ピオッジャ……オレが悪かったよ。お前の事を追い出したオレが悪かった。許してくれ。戻ってきてくれないか?
もちろんタダでとは言わない。お前は月に50000サールをもらってるらしいな。その3倍……いや5倍だそう」
ほとほと困り果てているのか、ソル王国の一同は国王も参謀も交渉事としてはずいぶんと珍しく自分たちの悩みを真正面から打ち明けてきた。
「『セレーノ殿』……自分だけの都合で人様を国外退去処分にしておいて、いざ困ったらまた来てくれ。なんてずいぶんと「虫がいい話」とは思わないのですか?
あなたの身勝手に振り回される私の立場にもなってくださいよ。困るんですよそう言う事は。あなたはご存じですか? 「吐いた唾は呑めぬ」という言葉を?」
「くっ……!!」
苦虫をかみ潰したような顔でセレーノはピオッジャをにらみつけるように殺気のこもった眼で見つめる。
「……今年で10歳になるオレの娘がいる。そいつをお前の嫁として出してもいい」
「お断りしますね。あなたはご存じでないでしょうから言いますが、私は既にデラッザ王家に婿入りすることが決まってますので、ソル王国王家のつながりは特に求めてはいませんよ。
それに今年で10歳となると今は9歳ですか……そんな幼い娘さんを20歳近く年の離れた男の嫁に行かせるなんて、ずいぶんと酷な事をしますね。お気は確かですか?
しかもその話を受けるとなると私は『セレーノ殿』の義理の息子になってしまうじゃないですか。毎朝義理の父親としてあなたの顔を見るのは精神的にきつくて勤まりそうにないですね」
「……!!」
セレーノは相手からの返答に歯が割れるのではないか、と思う位強くギリリと口をかみ締める。
「セレーノ殿、ピオッジャの言う通り彼は既にデラッザ王家に婿入りすることが決まっているから、重婚させるわけにはいかん。ご了承願えますかな?」
デラッザ国王が追い打ちだ。
「ピオッジャ、なら何が望みだ? 何が欲しい? どんなものでもいい。どんな願いでもソル王国の力の及ぶ限りかなえてやろう」
「そんなこと言われても困りますな。それに応えたらあなたに「貸し」を作ることになるじゃないですか。嫌ですよそんなの。どうかお引き取りを。
あなたと交渉するには既にあまりにも大きくて、到底解消しきれない大きな貸し借りがありますので。
それにさっきからあなたは『自分の』事ばかり話していますよね? 少しは相手の立場になって考えることはできないのですか?」
ダメ押しが突き刺さる。
結局今回の交渉は決裂。ピオッジャを獲得することはできなかった。もちろんセレーノはこのまま引き下がるつもりは無かった。
【次回予告】
「貧すれば鈍する」とは言うが追い詰められたらなりふり構っていられなくなる。それはセレーノもそうで、もはや体裁を繕う余裕も無くなってくる。
第9話 「拉致」
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