「ほぉ、クリタケの煮つけか。ちょうどいいや、晩飯はコイツと野菜のスープにでもするか」
季節は秋……キノコが良く採れる季節だ。市場には旬のキノコが数多く出回っている。
「明日からテント生活か。どうしてこうなっちまったんだろうな」
フォルトゥーナの兄はそうぼやく。
賢者と別れ、人員を募集するもお眼鏡にかなう人材は来ない。収入も激減して貧乏暮らし真っただ中を1人で冒険者活動を行っていたのだ。
宿に備え付けのかまどを借りて夕食を自炊して食べ、眠りについたフォルトゥーナの兄。その身に異変が起こる。
グゴギュルルル……
急に腹に激しい痛みが走り、彼は飛び起きる。時刻は真夜中、草木も眠る時間帯だ。
「!? な、何だ!? と、とにかくヤバい!」
彼はトイレに駆け込むと下痢便サウンドを鳴らしながらしばらくの間こもった。
猛毒キノコ「ニガクリタケ」
食用キノコであるクリタケにそっくりで、さらには同じ木から生えることもある。そのためクリタケと「見た目で」判別するのは極めて難しい「猛毒の」キノコだ。
その毒性は量にもよるが人間1人を殺すには十分な程で、誤って食べてしまうと激しい下痢やおう吐、さらには痙攣が起こりやがて意識を失い死んでしまうという。
ただ、ニガクリタケはその名の通り「かなり苦い」味で、普通はそれで判別することも可能なのだが、煮つけにされるなどして煮汁の味がしみ込んだらその判断は難しくなる。
今回彼は「クリタケ」と間違えられて煮つけにされ流通してしまった「ニガクリタケ」を買って食べてしまったのだ。
「!? な、何だ!? 身体が……」
次いで襲ったのは舌のしびれと体の痙攣……彼は直感で死を悟る。
(まずい! このままでは本当に死んでしまうかもしれん!)
便器から立ち上がるが、そのまま意識を失い倒れてしまい、2度と目覚めることは無かった。もちろん今は真夜中、誰もが眠りについている時。彼に気づくものなどいなかった。
翌朝……朝1でトイレに向かった宿屋の客が死体を見つけたことから宿屋開業以来の大騒ぎが始まって、何人もの兵士が早朝からやってきて事件の捜査が始まった。
「下痢におう吐、それに彼は昨夜キノコの煮つけらしきものを食べていたという他の客からの証言、となると……クリタケと間違って流通したニガクリタケを食べたという線が濃いな」
兵士たちが死人が出た事件を捜査していた。彼らは昨日の市場のごく一部に「煮つけにされたニガクリタケ」が「クリタケの煮つけ」と間違えられて流通してしまった事は既に把握していた。
おそらく、そこから流れてしまったニガクリタケを誤って食べて死んでしまったのだろう。というのが彼らがたどりついた事件の真相だ。
「兵士さん、もしかして殺人事件じゃないですよね!? そんなことになったらもう商売ができなくなってしまうんですけど!」
「奥さん、安心してください。事件性は薄くて今のところは「不幸な事故」という線が濃いですね」
「そ、そうですか。良かった」
その後の捜査で煮つけにされたニガクリタケを間違って売っていた店で彼は問題の商品を買っていた事が判明し、改めて「彼はクリタケと誤ってニガクリタケを食べて死んだ」という結論が出された。
彼は旅人だったのもあってか墓地の隅にある無縁人の墓にひっそりと埋葬されたという。
【次回予告】
順調に旅を続けるフォルトゥーナ。そこへ「客」が来る。
最終話 「合流」
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