「……というのは冗談なので、そんなにドン引かないで欲しいかな」
苦笑いを浮かべながら麻沙美先輩は言うが、正直言って信用ならない。
「ほ、本当に冗談、ですよね?」
「本当だとも。流石の私も、そこまで節操なくはないさ……」
疑われたのがショックだったのか、トホホといった感じで肩を落とす麻沙美先輩。
それを見て、流石に杞憂だったかと警戒を解く。
「それで、本当はどこで待つつもりだったんですか?」
「え? いや、屋上だけど」
「……麻沙美先輩を信じた僕が馬鹿でした」
「いやいやいや! さっきのは冗談だって言ったじゃないか!」
「でも、やっぱり屋上に行くって……」
「だから! 別にいかがわしい意味は無いんだよ! 純粋に屋上で待とうよと誘っているだけで!」
麻沙美先輩の必死の弁解っぷりからして、恐らく嘘は言っていないのだと思う。
しかし……、
「そうだとしても、あまり人目につかない所はちょっと……」
「本当に信用されてないね!?」
そんなことを言われても、信用しろと言う方が無理な話である。
なにせ今朝、実際に騙されて襲われそうになったばかりなのだから……
「あの、とりあえず図書室なんかでどうでしょうか?」
「……図書室か。それは良いね。そうしようか!」
意外なことに快諾されてしまった。
麻沙美先輩には少々息が詰まるような場所かも知れないと思ったが、そうでもなかったのだろうか?
……一応念の為、先輩になるべく早く来てもらうようメールをしておこう。
…………………………
…………………
…………
「ふっふっふ、私を甘く見たね、藤馬君」
「……そうですね。最初から信用はしてませんでしたが、もう少し疑うべきでした」
麻沙美先輩が快諾した時点で、僕はもう少し慎重になるべきだったのだろう。
「一応聞いておきますが、なんであの図書委員の方はこんなことに協力してくれたんですか?」
「それは、彼女が私のファンクラブの一員だからだよ。私のお願いなら、快く聞き入れてくれるのさ」
ファンクラブ!? そんなの存在しているの!?
「一年生の藤馬君が知らないのも無理はないが、私はこう見えて女子から人気があるんだよ?」
それはクラスメート達の反応からなんとなく察していた。
つい先程図書委委員に向けられた強烈な敵意も、それが関係しているのだろう。
ちなみに、今僕達がいるこの場所は図書準備室である。
なんでこんな場所に来てしまったかと言うと、「実は今日は珍しく、図書準備室が解放されているんだ。見に行ってみないかい?」というあからさまな嘘に騙されたからである。
いや、内容的には僕もおかしいとは思ったのだけど、普通図書委員がそんな行為を許すはずないしと思い油断したのであった。
(まさか、あの図書委員が麻沙美先輩の手先だったとは……)
そんなの、予想できるハズがなかった。
「さてさて、またしても二人っきりになれたワケだが、朝の続きでもするかい?」
「しませんよ!!!」
「おっと、大きな声を出すのはやめた方がいい。きっと困ったことになるよ?」
くっ……、これでは本当に朝と同じ状況じゃないか!
なんとか脱出方法を探してみるも、出口は先輩の背後にしかないようである。
逃げるには、結局目の前の先輩をどうにかするしかなかった。
「まあ、そう警戒しないでも良いよ。今のも冗談だしね」
「……信用できません」
「それは残念。でも本当だよ? 私は純粋に、ここの本を見せたかっただけだからさ」
そう言って、麻沙美先輩は手近な本棚から一冊本を取り出す。
「ホラ、これなんかもそうだけど、この部屋には普段図書室に置いていないような本もあってね。寄贈された漫画なんかもあるんだよ」
見せられた本は、確かに僕でも知っているようなタイトルの漫画であった。
「これ、見ての通りの野球漫画なんだけど、藤馬君は読んだことあるかな?」
「……いえ。でも、昔アニメでは見たことがありますね」
「それは良かった! じゃあ、伊万里を待っている間、これでも読んで時間を潰そうじゃあないか!」
そういうことであれば、確かに問題ない気もする。
正直、漫画自体には凄く興味があるし。
「……わかりました。変なことをしないのであれば、僕は問題ありません」
「オーケー! じゃあ、そんなに時間もないことだし、私が選りすぐりの神巻をチョイスしてあげるよ!」
「ありがとうございます」
……この時僕はなんとなく違和感を感じたのだが、漫画への興味が先行し過ぎてそれを気のせいだと振り払ってしまっていた。
そのせいで、またしてもピンチになるとも知らずに……
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