先週の映画館デートで僕は、危うく社会的にマズいことになるところであった。
しかしそれと同時に、ある種の悟りのようなモノを得ることもできた。
(攻撃は最大の防御……。これこそが、先輩の攻めに耐えられるようになるための鍵だ……)
限界寸前だった僕を救ったのは、先輩への反撃だった。
あそこで僕が動いたからこそ、道は開けたのである。
やはりこの道の先にこそ、未来はあると僕は確信した……!
……そんなこんなで僕がやって来たのは、駅前の大きな本屋さんであった。
目的はマッサージに関する書籍の購入である。
(そもそも、マッサージの時だって、不慮の事故さえなければ何も問題なかったんだ。だから、マッサージのテクニックを磨くこと自体は間違っていないはず……)
どんな物事でも、大抵の場合は欠点を補うより良点を伸ばす方が成功しやすいものだ。
僕はどうやら指圧の才能があるようだし、このままフィンガーテクニックを磨くことを重視したほうがいいだろう。
(指圧の本……、指圧の本……、あった! っていうか、結構沢山あるな……)
マッサージに関する書籍はもの凄く沢山存在する。
特に指圧はマッサージでも基本となる部分であるため、かなり種類が多い。
(一体どれがいいんだろうか……)
簡単なマッサージの本は既に読みこんでいるため、僕が今欲しているのはより専門的な内容のものだ。
これだけあるのだから、絶対にあるはずだけど……
「マッサージなら、これなんかオススメよ?」
「っ!?」
不意に後ろから声をかけられ、僕はその場で跳び上がってしまう。
振り返ってみると、そこには伊万里先輩のお母さまである小鞠さんが立っていた。
「こ、小鞠さん!? どうしてこんな所に!?」
「私はお料理の本を買いに来たの。そしたら、藤馬君を見かけたから、声をかけたのよ」
そう言って微笑む小鞠さんは、相変わらず一児の母とは思えない程美しかった。
「はい。これどうぞ」
その美しさに僕が見惚れていると、小鞠さんが一冊の本を差し出してくる。
「これは……?」
「だから、オススメの本よ? マッサージの勉強がしたいんでしょ?」
「は、はい」
手渡された本は、少しぶ厚めの文庫本サイズの本だった。
開いて軽く目を通してみると、色々な指圧方法やツボなど、僕が欲しい情報が網羅されているようである。
「凄いです、これ。僕が欲しかったのはまさにこういう本で……。でもなんで、僕が探してる本がわかったんですか?」
「それはね、伊万里から藤馬君のマッサージがすーーーーーーっごく気持ちよかったって聞いたから、もしかしたらと思ってね」
い、伊万里先輩!? あの日のこと、小鞠さんに話しちゃったの!?
い、いや、落ち着け……、まだ全てを話したとは……
「あの子ったら、ブラを外されたくらいではしゃいじゃって……」
はい、全部話してましたーーーーー!
「……いえ、その節は、大変申し訳なかったというか」
「いいのよ。そのくらい。それより、その本を買うんだったら、同じ本を持っているから貸してあげましょうか?」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当よ」
本屋でこんな話をするのはマナー違反な気がしないでもないが、本当に貸してくれるのであれば僕としてはもの凄い助かる。
何せこの手の本って地味にお高いから、高校生の財布にはちょっと厳しかったりするのだ。
「私も夫にマッサージすることがあってね。実はそれなりに自信があったりするの。……そうだ、せっかくだしウチにいらっしゃいよ。本を貸すついでに、色々とレクチャーしてあげる♪」
レ、レクチャー……、だと……
はっきり言って、嫌な予感しかしないぞ……
「い、いえ、今日は伊万里先輩もいないようですし、その……」
伊万里先輩は今日、クラスの友達と遊びに行くとのことで不在のハズである。
彼女の不在中にその家に尋ねるのって、なんだがとても悪いことのような気がしてならない。
「あら、だから丁度いいんじゃない。余計な邪魔が入らなくて」
ニコリと妖艶に微笑む小鞠さん。
あ、ダメだこれ。逃げられないヤツだ……
「さあ、そうと決まれば早速行きましょうか♪」
「ちょ、小鞠さん? お料理の本は?」
「それは別の日でもいいから。さっ♪ さっ♪」
僕の背中を押してくる小鞠さんは心の底から楽しそうだった。
(……駄目だ。あんな顔見せられたら、もう断れないよ)
相変わらず、押しに弱い僕であった……
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