「ルミ。この洞窟は、どの辺りからエルフのトラップが仕掛けられているんだ?」
「第一階層は大丈夫なはずだよ。ルミも全てを知っている訳じゃないんだけど、奥に行けば行くほど強力なトラップだって聞いたよー」
綺麗な六角柱を眺めながらルミに洞窟の事を聞いてみると、暫くは入っても大丈夫だという答えが返って来たので、少しだけ中へ入ってみる。
六角柱がずっと奥まで続くのだが、足元はごつごつとした岩がむき出しになっていて、少し歩き難い。
暫く歩いて、流石に外の光が射し込まなくなってきたので、魔法の灯りを点ける。
「ライティング……あれ? 発動しない?」
(おーい、アオイ。ふざけてないで、魔法を発動させてくれよ)
『……ヘンリーさん。マズいです』
(何が?)
『いえ、この洞窟ですが、おそらく一部の魔法が使えないのではないかと』
一部の魔法が使えないといのは、どういう事だ?
その答えをアオイから聞くより先に、ルミが口を開く。
「もー、お兄ちゃんったら、何をしているのー? ちゃんと光の精霊を呼ばないからだよ。……あ、あれ? 光の精霊ウィル・オー・ウィスプが来てくれない!?」
「えー、お兄さんもルミちゃんも、何してるの? 私が明るくしてあげるよ。まぁ暗い場所でいろんな事が出来るから、個人的には闇も嫌いじゃないんだけど……トーチ! あ、あら? 神聖魔法が発動しない?」
周囲を明るくする俺(アオイ)の元素魔法にして、ルミの精霊魔法でもあるライティングと、マーガレットの使った神聖魔法による聖なる火を生み出す魔法――トーチも不発に終わってしまった。
これがアオイの言っていた、一部の魔法が使えないっていう事なのか?
『ヘンリーさん。何でも良いので、土の魔法を使って貰えますか?』
「……アース・ウォール」
アオイの依頼通り、魔導書に載っていた土の精霊魔法を使用すると、俺のイメージした通りに土の壁が生まれた。
つまり、正しく発動した。これは……
『えぇ、この洞窟は土の元素を用いた魔法しか使用出来ないみたいですね』
(何だって? どうしてだ?)
『おそらくですが、聖銀が採れるという洞窟です。おそらく、洞窟全体に聖銀と近しい真銀の原石が含まれているのでしょう。ですから洞窟内に存在する土――おそらく闇も存在するかと思いますが――しか発動しないのかと』
(真銀に囲まれているから? だけど、魔法訓練室では真銀の壁に囲まれていても、火の魔法や召喚魔法が使えたぞ?)
『あれは、真銀を含んだ鋼を材料としているだけです。純度の高い真銀の原石は、魔法をほぼ無効化しますよ』
そういえば、初めて魔法訓練場でアオイが魔法を使った時は、高出力の魔法で真銀の壁を吹き飛ばしたっけ。
あの時は、アオイが壁に使われている真銀の純度が高いと思って、高出力にしてしまったという事か。
まぁそれでも、魔法訓練室だなんて名前が付けられているのだから、魔法を封じる部屋にしてしまっては意味が無いし、純度が高い訳が無いんだけどさ。
『うぅ……ヘンリーさんが昔の話をほじくり返して、私を苛めます……』
(いや、別に苛めて……って、この話はもう良いから)
一先ずアオイとの脳内会議を終えた俺は、薄暗い中で皆を見渡し、
「今の実験で確かになったが、おそらくこの洞窟内では、土系統の魔法しか使えないらしい。魔法で灯りを生み出したり、傷を治したりも出来ないみたいだから、一旦街へ戻って、松明や薬なんかの準備をしよう」
一時撤退する旨を伝えた。
「す、凄い。大昔の御先祖様って、洞窟全体に魔法を封じるトラップなんて作ったんだ」
ルミが何やら感心しているが、アオイの説では自然に魔法を封じる効果があったのではないかという話だ。
どちらが正しいかは分からないが、どちらにせよ、俺たちは洞窟内で魔法が使えないという事実に変わりが無い。
そうだ、一応試してみるか。
「ワープ・ドア」
本来ならば、すぐさま目の前に扉が現れるのだが、現れない。
「ディメンション・ポケット」
これも、目の前に空間の亀裂のような物が生まれるのだが、現れない。
つまり、物凄く便利な瞬間移動と空間収納が使えない中で、洞窟を探索しなければならないという事だ。
「なるほど。空間収納魔法が使えないのは辛いな」
「そうだね。貴方のあの魔法は凄く便利だもんね。流石に洞窟の入口でなら使えるのかい?」
「多分ね。とりあえず、一旦洞窟の入口まで戻ろうか」
トボトボと歩きながら、どうしたものかと考えていると、何故かルミだけが瞳をキラキラさせて話し掛けてきた。
「お、お兄ちゃん! 空間収納魔法まで使えるの!?」
「え? あ、うん」
「……ねぇ、お兄ちゃーん。ルミねー、その魔法を教えて欲しいなー。出来れば、瞬間移動の魔法もー。というか、時空魔法全部ー。ねぇ、教えてー」
「いや、悪いがそれは無理だ」
「えぇー。ルミ、悪い事なんかに使わないよー? 純粋に時空魔法っていうものに興味があるだけなんだー。ねぇねぇ、お願ーい。お兄ちゃーん」
ルミが時空魔法を教えてくれと甘えてくるが、教えられないものは教えられない。
だって、俺だってどうやって使うのか分からないし。
時空魔法はアオイの力で使えている訳であって、俺の力じゃないからな。
「お嬢ちゃん。子供には難しくて理解出来ないから、諦めたらどうだい?」
「うーん。猫さんには難しくても、ルミには大丈夫だと思うんだー。何といっても、私は猫さんたちの十倍勉強する時間があるからねー」
「ほら、やっぱりお婆さんじゃない」
「ルミはお婆さんじゃないもん! まだまだピッチピチだもん!」
「え? なぁに? ビッチですって?」
「それは猫さんの事でしょ! ルミは未だ……別に良いでしょっ!」
放っておいたら、ルミとアタランテが意味不明な口論を始めてしまった。
それ自体も良くないのだが、一番の問題はルミが俺の右腕に。アタランテが俺の左腕に抱きつきながら口論している事だ。
つい力が入ってしまうのか、アタランテの胸で俺の腕が押しつぶされ……あ、鼻血出そう。
「ストップ。とりあえず、洞窟の入口へ戻って来たから、街へ買い出しに行こう。ルミはエルフの村まで送るから、待機していてくれ。準備が整ったら、また来るから」
「送る……って、時空魔法で!? わーい! ルミ、一度あのドアをくぐってみたかったんだー! お兄ちゃん、お願いしまーす!」
変な事に感動するルミをエルフの村へ送り届けると、アタランテとマーガレットをエリーの家に。
エリーとジェーンと合流して洞窟探索の準備を進めて欲しいと依頼した後、俺はフローレンス様へ現状報告をするために一人で王城へ向かう事にした。
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